「第3の診療報酬体系を」 (特集・第1回)

【特集・第1回】 2008年度診療報酬改定(1)
赤穂市民病院院長・邉見(へんみ)公雄さん(全国公私病院連盟副会長)


 今年4月、治療や検査などで医療機関が受け取る診療報酬が改定される。今回の診療報酬改定では、医師不足が深刻化している産科や小児科などの病院勤務医の負担軽減策に約1,500億円が充てられたが、「不十分だ」との声もある。地域医療の崩壊が叫ばれる中、診療報酬改定を審議する中央社会保険医療協議会(中医協)の診療側委員として、地方病院の苦悩や救急医療の現状などを訴えてきた赤穂市民病院院長の邉見公雄さん(全国公私病院連盟副会長)に話を聞いた。(新井裕充)


――今回の診療報酬改定について、感想をお聞かせください。
 入院基本料や手術料などで引き上げがありましたが、日本病院団体協議会が声明を出したように「安心も満足もしていない」といったところです。前回の改定は変更点が多かったので、反省もあったのでしょう。前回の後始末という面と、次回の改定に向けた方針を示す意味があります。そういう意味で、次回の改定は激変の可能性が大きい。DPC(包括支払方式)や初・再診料、入院基本料の見直しなどが大きなポイントになるでしょう。

――次回の診療報酬改定に向けて、改善点はありますか。
 中医協の今までの議論は現場から離れた意見が多かったと思います。診療所中心、外来医療中心、内科系中心ですので、約30の職種のチーム医療を行っている病院医療や入院医療、手術や救急が取り上げられる機会が少なかったのです。われわれ病院代表が出て行くのが遅すぎました。今後、診療報酬は薬などのモノ代の評価から技術の評価へ、そしてシステムの評価へと移らなければいけません。

――「システムの評価」とは。
 医療は安全保障です。例えば、伝染病や災害に備えて人や設備を配置しておくのと同じように、いざという時のための備えにお金をかけるべきです。これは防衛費も同じです。そういう意味で日本はすべて遅れています。囲碁で言えばもう終盤で、打つ場所がないところで局地的な議論をしている。こっちの黒を白にすると、あちらの白を黒にしなければならない。こういう中では新しい政策は出てきません。「時、既に遅し」という感じもします。

――どうしたら良いでしょう。
 一度、碁盤をひっくり返して第一手から打ちたい。しかし、そうすると「1点10円は高過ぎるので7点にしよう」という意見が診療報酬の支払側から出てきそうです。そうなると、国民皆保険が崩れてしまう恐れがある。フリーアクセスを絶対に守った上で、DPC(包括支払方式)でも出来高払いでもない“第3の診療報酬体系”を構築する必要があります。

■ 第3の診療報酬体系
――「第3の診療報酬体系」とは、どのような内容でしょうか。
 たくさんレントゲンを撮ったから評価するという方法ではなく、「医師の技術」と「システム」を重視すべきです。医師の技術を評価するためにアウトカム評価(成績評価)が必要です。しかし、算定要件などに組み込むと患者選別の恐れがあるので、要件で縛るような「減点方式」は反対です。技術を評価してプラスにする目的でアウトカム評価を導入することは賛成です。

――「システム」とは、どのような内容でしょうか。
 国民が、いつでもどこでも必要なときに医療を受けることができる体制で、フリーアクセスを絶対に守ることが必要です。さらに、平等性の確保も必要です。山奥のように交通手段が乏しい地域で、フリーアクセスが絵に描いた餅にならないようにする必要があります。行き過ぎた集約化はやめて、「フリーアクセスの空洞化」を防がなければいけません。

――大きな拠点病院を地域にドンと建てて、そこでトリアージしては駄目でしょうか。
 うまくいけばいいのですが、現実的には難しいでしょう。救急は1〜2時間以内で送れないと車内で赤ちゃんが産まれてしまいます。例えば兵庫県豊岡市の但馬空港の場合、冬の間は霧と雪でほとんど飛べないので、年間100日ぐらいは動きません。国内にはさまざまな地域がありますので、安易に集約化の方向にかじを切ることは問題です。

――確かに、今回の改定は大きな病院を優遇しているという声もあります。
 今回、病院勤務医の負担を軽減する対策として産科や小児、救急に配慮した改定になりました。しかし、中小病院にとって「これでは食えない」という内容です。例えば、こども病院のような小児医療の中核病院は国内に30程度しかない。小児や救急のトップランナーに点数が付いていますが、地域医療の中心はセカンドランナーです。財源が全体に行き渡らなかったのは、マイナス0.82%(診療報酬全体の改定率)が効いているからでしょう。

■ 「低医療費政策をやめるべき」
――限られた財源の中では、もはや打つ手はないのでしょうか。
 これは議論を呼ぶかもしれませんが、診療科によって初・再診料の点数を変える必要があるかもしれません。リスクが多くて学生に嫌われる診療科の点数を引き上げてはどうでしょうか。最近の学生に人気があるのは眼科、皮膚・形成、精神科です。これは、訴訟リスクが少なくて開業しやすい診療科です。つまり、ローリスクハイリターンの診療科に人気が集まる。外科医は「24時間365日、ドクターローソン」です。当院の若い医師は「市民病院だから市外からの救急は断ってほしい」と言いますが、私は彼らに「患者さんは自分の親や子どもと同じと思え」と言っています。しかし、それも限界があります。

――救急車を降りて傘を差す患者がいると聞きます。
 「帰りも救急車を呼んでくれ」と言う患者さんもいます。昨年の大みそかには100人以上の救急患者が来ましたが、入院したのはたった2人でした。ほかは軽症です。しかも、待合室で「待ち時間が長い」と怒っている。年明けに医師が私のところに来て、「この国はどうなっているんだ!」と怒っていました。クレームを付ける患者さんが増えている背景には医療に対する不信感があるのではないでしょうか。医療事故に関するマスコミの報道の仕方も問題です。「医療ミス」と大きな見出しを打っておきながら、最終的に病院側が裁判で勝つと小さなベタ記事の扱いです。

――「救急たらい回し」の報道には、医療機関が悪いような論調もあります。
 やむなく救急を断っても、「あの患者さんは大丈夫だろうか」と心配で眠れないのが医師の職業精神です。しかし、最近はこのような「医師の使命感」が機能しなくなっています。「医者もサラリーマン」という考えが、医師と患者の両側にあることが問題です。医師の中には「医者はあまり頑張る必要はない。国民がおでこをぶつけて気がつくまで放っておけばいい」という者もいますが、当院では健康講座や病院祭りなどを開催して地域住民と接する機会を増やしています。互いの顔が見える「開かれた病院」を目指さなければ、これからの自治体病院は生き残れないでしょう。

――医療費抑制の中、患者は良質な医療を求める。医療と経営は両立するのでしょうか。
 国も自治体も経営が傾いているので経営の観点は必要です。コストに見合った政策も必要でしょう。しかし、高齢社会で治りにくい病気の患者が増えています。医学や医療も進歩していますので、医療費は増える方向にあります。医療にも経済原理が必要ならば、経済成長とともに総医療費を増やさなければいけない。外国への経済援助には何百億円も使うのに、日本人の医療にかかるお金を抑制するのはおかしな話です。国は低医療費政策をやめるべきです。

――やはり医療費の総額を増やす必要があります。
 そうです。しかし、そのような国会議員を選んだのは国民です。昨年の参議院選挙では医療も1つの争点でしたが、大臣の発言や年金問題で消えてしまい、国民が医療を考えるチャンスを奪ってしまった。このままでは国民が不幸になってしまいます。国民が他人事ではなく、もっと真剣に医療を考えるべきだと思います。


更新:2008/03/25 13:26     キャリアブレイン

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医療ニュース動画

08/01/25配信

高次脳機能障害に向き合う 医師・ノンフィクションライター山田規畝子

医師の山田規畝子さんは、脳卒中に伴う高次脳機能障害により外科医としての道を絶たれました。しかし医師として[自分にしかできない仕事]も見えてきたようです。