糖尿病への正しい理解を呼びかけようと、06年10月から健康面で8部にわたり続けてきたキャンペーン企画「なくそう減らそう糖尿病」。食事、運動療法のあり方や合併症の恐ろしさ、治療中断を防ぐ各地の取り組みなどを紹介してきた。来年度もキャンペーンは継続するが、改めて糖尿病の基礎知識などを紹介する。
■糖尿病Q&A
40歳以上の日本人の3分の1が患者か予備群とされる糖尿病だが、いまだに「ぜいたく病」「中年の病気」などの誤解が根強い。血液検査で高血糖を指摘されたり、糖尿病との診断を受けた際、誤解によって重症化させないためには、どうしたらいいのだろうか。渥美義仁・東京都済生会中央病院副院長のアドバイスのもと、糖尿病との正しい向き合い方についてQ&A形式でまとめた。
◆早期発見、血液検査が不可欠/合併症、適切治療で抑制可能
Q なぜ血糖値が高いといけないの?
A 体内の細胞は栄養として取り入れたブドウ糖を化学的に分解し、エネルギーに変換する。ところが、血中のブドウ糖が増えすぎると、細胞にダメージを与える酸化ストレスも増える。その結果、血管や神経などさまざまな組織に合併症が起きる。
恒常的な高血糖状態だけではなく、最近は食後だけ血糖値が上昇する「食後高血糖」も心筋梗塞(こうそく)など心血管系の病気を起こす原因として注目されている。このため、国際糖尿病連合(IDF)は昨秋、食後2時間後の血糖値を1デシリットルあたり140ミリグラム以下に抑えるよう求める指針をまとめた。
Q 糖尿病は早期発見できるの?
A 糖尿病は「サイレントキラー(静かな殺し屋)」と呼ばれるように、自覚症状がない。このため、定期的な血液検査が早期発見には欠かせない。尿糖検査で異常が出るのは血糖値がかなり高くなってからだからだ。早く気づけば、合併症を防ぐことができる。
血液検査などで異常を指摘された場合、糖尿病の有無確定に有効なのは、ブドウ糖負荷試験だ。75グラムのブドウ糖液を一気に飲み、その後の血糖値やインスリン値を測定する。両親や親族に糖尿病の人がいる場合は、発症率が高いとされるため、特に検査数値への注意が必要だ。
Q 合併症は必ず起きるの?
A 高血糖状態が長期間続くと、合併症が起きる。合併症には目の網膜症、腎障害、末梢(まっしょう)神経や自律神経が障害される神経障害、心筋梗塞や脳梗塞などを起こす動脈硬化症、足の潰瘍(かいよう)や壊疽(えそ)などがある。
いずれも日常生活や命にかかわる深刻なものだ。だが、血糖値を適切に抑えることで、防ぐことができる。
日本糖尿病学会によると、過去1~2カ月の血糖値の平均を示すヘモグロビンA1c(HbA1c)を5・8%未満にすることが最も高い目標だ。また、体重や血圧、血中脂質を適正な数値にすることも必要だ。
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人間の体は、血糖値を厳格に管理しています。食事をすれば一時的に血糖値は上がりますが、2~3時間後には元に戻ります。糖尿病の場合は、この調整がうまくいかなくなっているのです。
健診などで糖尿病と診断された人は、症状がないからといって放っておくのはお勧めできません。医療機関を受診し、食事、運動療法など適切な指導を受けてください。糖尿病の予備群やメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)と言われた場合も再検査で経過を追ったり、保健指導を受けたり、生活習慣を見直す方がいいでしょう。▽家族が糖尿病と診断された経験がある人▽肥満の人▽生活が不規則だったり食事が偏り気味であるなど、生活習慣に自信がない人--は特に注意が必要です。
生活習慣改善の基本は食べる量を控えめにすることと、定期的に運動をすることです。適切な食事の量や献立については、少し勉強して知識を身に着けることも必要です。主治医や糖尿病療養指導士などに相談したり、「糖尿病食事療法のための食品交換表」(日本糖尿病学会編)などを参考にしましょう。運動は、ウオーキングなど週150分以上を目安にしてください。
食事、運動療法で大事なのは、無理のない範囲で取り組むことです。定期的に検診を受け自分の状態を知ると励みになります。
検査値がちょっと悪化したり、体重が戻ったりしても「失敗した」と思わないように。食べることや体を動かすことを楽しみながら、あせらずに続けましょう。
日本糖尿病協会は1961年に設立された団体で、会員は医療関係者と患者や家族、患者以外の一般市民など10万人以上にのぼる。さまざまな立場の人たちが協力し、糖尿病とはどういう病気か、なぜ糖尿病の予防、治療が必要かなど、正しい知識の普及を目指している。
糖尿病は「ぜいたく病」などという偏見が根強い。特に「1型糖尿病」は自己免疫の異常などが原因で、子どものころに発症するケースが多いが、学校生活や就職などの場面で依然として言われなき差別がある。
また、医療体制や家庭の経済状況の格差によって、必ずしも十分な治療を受けられないケースもある。マスコミなどを通じて正しい情報を知ってもらうことで、誰もが安心して治療を続けられる環境を整える必要がある。
私たちは、今年をより多くの人に正しく糖尿病を理解してもらう「元年」にしたいと考えている。国連が定めた第1回の「世界糖尿病デー」のイベントが昨年11月14日、世界中で開催され、国内では東京タワーなど200カ所以上の名所旧跡がイメージカラーの青にライトアップされた。草の根運動的なイベントも多く、今まで無関心だった人にも、世界で糖尿病患者が増え大問題になっているということに気づいてもらえたと思う。
また、4月からメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策を目的とした「特定健診・保健指導」が始まるが、「メタボでなければ病気にならない」という誤解もある。日本人は、やせていても糖尿病を発症する人が少なくない。メタボが注目を浴びる今年だからこそ、糖尿病への理解を深めてもらうため、日本医師会、日本歯科医師会、関連学会などの協力も仰ぎ、啓発運動や患者さんの療養支援に力を入れたい。
未受診や治療中断への対策も重要だ。患者数が急増しているのは、生活習慣などが発症に影響する「2型糖尿病」だ。食事、運動療法がつらいと思い込み、健診で高血糖を指摘されても医療機関を受診せず、腎症など合併症を発症したころに治療を始める患者も少なくない。
治療は決して厳しいわけではない。合併症を発症していない場合、食事の摂取カロリーを抑え、栄養素を適正に配分すれば、何を食べても構わない。揚げ物など高カロリーの食品を過剰に摂取するような不健康な生活を脱し、おいしいものを適量食べ、適度に体を動かすという、長寿につながるような生活に戻すととらえてみてはどうだろうか。
糖尿病を受け入れて健康な生活をすることで、他の病気の予防にもつながるだろう。
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■糖尿病の診断基準
(1)2回以上の検査(別々の日に実施)で血糖値がいずれも「糖尿病型」の場合
(2)次の<1>~<4>のいずれかの場合で血糖値が「糖尿病型」の場合(検査は1回でよい)
<1>のどの渇き、多尿、体重減少など糖尿病の典型的な症状がある
<2>血糖値と同時に測定したヘモグロビンA1cが6.5%以上
<3>糖尿病網膜症がある
<4>過去に「糖尿病型」を示す検査データがある
※糖尿病型は以下のいずれかに該当する場合
・空腹時血糖値126ミリグラム/デシリットル以上
・ブドウ糖負荷試験で2時間後の血糖値200ミリグラム/デシリットル以上
・随時血糖値200ミリグラム/デシリットル以上
毎日新聞 2008年3月25日 東京朝刊