インターネット上で国境を超えて流通、複製される児童ポルノ。国際社会が規制を強める中、日本でも「児童買春・児童ポルノ禁止法」の改正に向け与野党が動き出した。改正を巡る動きを追った。【磯崎由美、堀井恵里子、坂本高志】
「幼いころおじさんに虐待され、写真を撮られました。あの写真がどこかにある以上、私には結婚も出産もできません」「(現状を)変える力のある人がいるなら、どうか助けてください」……。
今月11日、東京・永田町。法改正の署名活動を始めた日本ユニセフ協会の会見で、協会大使のアグネス・チャンさんは被害者が寄せた体験を読み上げ、訴えた。「子どもの一生を奪うような写真を持ってはいけない」
警察庁によると、07年の児童ポルノ検挙件数は567件。被害児童は304人で06年より20%増え、うち6人は未就学児だ。背景にはパソコンやカメラ付き携帯電話の普及がある。画像の多くは買春や盗撮など犯罪の際に撮影、複製され、インターネットや電子メールなどでマニアからマニアへと渡っている。
画像の陳列や交換は、現行法でも処罰対象だ。ネット上の違法・有害情報の通報を受けるインターネット・ホットラインセンター(東京都港区)の吉川誠司副センター長は「それでも需要(単純所持)が認められている限り、供給(陳列・提供)は止まらない」と指摘する。
児童ポルノの公然陳列に関するセンターへの昨年の通報は1609件。誰かがサイトに児童ポルノを掲載しても掲載場所を提供するサーバーの管理者には削除義務がない。だが単純所持が違法となれば、管理者が児童ポルノと知りながら放置すると法律違反になる。
ネット業界も規制強化に期待する。ユニセフの活動に賛同するヤフー(港区)の別所直哉法務部長は「違法な情報はチェックしているが、企業だけでできることには限界がある。単純所持の処罰化は、児童ポルノ拡散の抑止力になる」と話す。
◇捜査権乱用で議論
児童買春・児童ポルノ禁止法は改正3年後の昨夏、見直すことになっていた。だが衆参両院のねじれの中で優先順位が後退した。
急展開の契機は2月6日。米大使館(東京都港区)に自民党の谷垣禎一政調会長や民主党の枝野幸男元政調会長らが招かれ、国務省担当者から「単純所持を禁じていないのはG8(主要8カ国)で日本とロシアだけ」と規制強化を要望された。7月に北海道洞爺湖サミットを控え、谷垣氏の指示で自民党内の論議が始まった。
単純所持禁止は議論のたびに見送られてきた。法改正には民主党内などにある「捜査権の乱用につながる」との懸念に応える手段を設けられるかが鍵となる。枝野氏は「日本の捜査は自白偏重。(一方的に画像を送られるなど)所持の認識がない例まで処罰されかねない。ただ流通・製造を抑える工夫はしたい。自ら意図して提供を受けた場合に限り罪に問うことは考えられる」と話す。民主党も近く検討チームを作る。
もう一つの課題はアニメやコミック、ゲームなどの規制だ。
米国とカナダでは05年、日本製アニメの単純所持で有罪判決が出た。しかし、自民党内には「表現の自由との兼ね合いが難しい」「被害児童が実在しない」などと慎重論が根強い。
昨年末にプロジェクトチーム(PT)を発足させた公明党は、アニメなどが大量販売される東京・秋葉原を視察した。
座長の丸谷佳織衆院議員は「表現物についても議論を深めたい」と話している。
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◇日本も「単純所持」処罰を--シーファー米駐日大使
米国はなぜ日本に法改正を求めるのか。トーマス・シーファー駐日大使に聞いた。
児童ポルノを見ることと子どもへの性犯罪には明確な関係がみられる。我が国の調査で、インターネットで画像を入手し有罪になった人の85%が実際に未成年者を性的虐待したことがあるとの調査結果が報告されている。
米国では単純所持の禁止対象にマンガやアニメも含めている。実在する子どもが撮影された画像とは違うが、子どもの育成上役立つと思えないうえ、犯罪行為に向かう刺激を与えると考えるからだ。
インターネットは素晴らしい発明だが、児童ポルノの問題では社会の暗部で犯罪行為をする人々がつながり、市場が拡大した。日本で単純所持が違法でないため、日本の警察当局が国際的な捜査に参加できず、世界的に拡散する児童ポルノの摘発に支障が出ている。
単純所持の禁止に反対する人たちは「捜査権の乱用を招くから」という。確かに合理的な懸念だ。どんな法律であれ、乱用されては困る。だが同時に忘れてはならないのは、こうしている間にも子どもがポルノのために搾取され、虐待されている事実だ。国会議員には、捜査権の乱用を防ぐために法律でどんな文言を使えばいいのかを考えてほしい。
被害者の恐怖を想像できるだろうか。児童ポルノは被害者にとって決して消えない犯罪だ。子どもが虐待、搾取されることを希望する人はいないだろう。これは日本だけの問題ではない。国際社会が一丸となり、撲滅のために声を上げなければならない。
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■ことば
◇児童ポルノ
99年5月に成立した「児童買春・児童ポルノ禁止法」は、18歳未満の▽性交や性交類似行為▽衣服の全部または一部を着けない姿--などを写し、性欲を刺激する写真や電磁的記録などと定める。実在する子どもの権利擁護が目的で、表現物は対象外。
毎日新聞 2008年3月22日 東京朝刊