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【コラム】

中日春秋

2008年3月24日

 英国の作家コナン・ドイルが生んだ名探偵シャーロック・ホームズは『最後の事件』で、滝つぼに転落したかのように姿を消す。歴史小説家を任じていたドイルは、ホームズを葬ったつもりだったと伝えられる

▼だが読者からの強い要望を受け、十年後に『空家の冒険』で復活させる。作品の中では一八九一年から約三年間、不在だったことにしている。この間、ホームズがどこで何をしていたことにするのか。ドイルは考え抜いただろう。出した答えがチベット行きだった

▼この時期、現実のチベットは鎖国政策を取っている。ヨーロッパからは特に神秘的な秘境に見えたらしい。各国の探検隊は変装して潜入を試みたが、見破られては国外退去になっていたという

▼そこにホームズがいたとすれば、超人性を際立たせることができるのである(石濱裕美子編著『チベットを知るための50章』)。さりげなくチベット仏教の最高指導者を連想させる「ラマの長」と会ったことにもしている

▼そのチベットが今、中国政府によって秘境と化したかのようだ。暴動が起きて以来、外国のメディアや調査機関の受け入れを拒むなど、現地の情報を遮断している。起きていることを隠そうとすれば、国際社会から信用を失うことになろう

▼チベットを思わせる秘境を舞台にした小説『失われた地平線』(ジェームズ・ヒルトン著)には、シャングリラと呼ばれる理想郷が出てくる。そこには軍隊も流血もない。あるのは静かに過ぎる時と中庸の原則、そして叡智(えいち)である。現実にあることを願う。

 

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