勿論、図書館島のアレとは比ぶべくもない。
だがここが個人の私邸……それも別荘であると言う事を考えれば、壁の中央を這うように埋め尽くしたこの本の群れは圧巻だった。
この様子に、図書館組の面々の顔は、傍目にも喜びに満ち溢れている。
そんな一同へと、呟く様に詠春は口を開いた。 「彼が最後に訪れた、その時のままにしてあります」 「ふん…
紅潮した顔を、それでも不貞腐れたように歪ませて、エヴァは嬉しそうに吐き捨てた。
「なぁ、愛衣ちゃん」 「なんですか?」 「高音ちゃん、どうしちゃったんだ?」 横島をして苦笑でそう尋ねたくなるほど、高音の様子は不審だった。
「ああ…」 愛衣にも、舞い上がっている彼女の気持ちは判る。
「この家は、サウザンドマスターと呼ばれた英雄のお家ですから」 「ふぅん… あのガキんちょの親父って、そんなに有名なヤツなんだ?」 「当然です!」
突然 口を挟んできた高音に、横島は思わず仰け反る。
「いいですか、横島さん。 サウザンドマスターと言えば…」
「お姉様、落ち着いて」 詰め寄って説明を始めたのを、横島と愛衣とで諌める。 「え… あ、私とした事が…」 二人のみならず、周囲から奇異の視線を向けられていると気付いて、さすがに高音は頬を赤らめ沈黙した。 離れた所から、「へぇ、ネギ君のお父さんって有名人なんだ」とか、呟きが聞こえる。
尤も、ハルナはすぐに本棚の並びの方に意識を戻したが。
「…落ち着いたか?」 「えぇ… お騒がせしました」 ぺこりと頭を下げると、彼女は二人を連れ部屋の中を眺める様に歩き出した。
今度は小声……側に居る二人だけに聞こえるくらいの……で話を始める。
詠春とて同じく生ける英雄なのだが、剣士としての側面の方が強いからか、ナギへほどの憧れは無いらしい。
そんな言葉を聞いた横島は、しかし気のない表情を浮かべる。 「ふ〜ん…」 「なんです、その気の無い声は?」 「いや、んな事 言われたってなぁ…」 あの子供の父親となれば、いいおっさんだろう。 『立派な』なんて形容詞にも興味は無いし、それが男となれば、もう本当にどうでもいい事だ。
カチンときたらしい高音の視線から目を逸らすと、ちょっと外に出てるわ、と言って彼はその場からそそくさと退散した。
「このか、刹那君、こっちへ… 明日菜君も」 2階から手摺り越しに詠春の声が掛かる。 「あなたたちにも、色々話しておいた方がいいでしょう」 その言葉に、ハルナもプライベートに関る事だろうと、意識を読んでいた本へと戻した。 さすがにそこまで踏み込むほど傍若無人ではない。
朝倉は相変わらずソファへだらりと転がっている。 まぁ、彼女も彼女で色々と思う所が有るらしい。 らしからぬほど大人しくしている。 高音と愛衣は、先程からの何処か観光地にでもいるような様子で、中をふらふらと眺めて歩いていて周囲に気を留めてる節は無い。 残った面子を見るとなしに眺めて、夕映は内心で頷いた。 「のどか、私はちょっと花を摘みに行ってくるです」 「うん、わかった」 やはり上を気にし続けたままの のどかにそう言い置くと、部屋の入り口へと歩き出した。
部屋を出ると、トイレの前を通り過ぎそのまま外へ出る。 「横島さん」 捜していた男は、ぽつんと置かれたベンチの上で、のほほんと日光浴をしていた。 「ん? どした、夕映ちゃん?」 「ちょっと、今、お時間 宜しいですか?」 その言葉に、横島はちょいちょいと手招きを返す。
ぽかぽかの日差しが暖かい。
「んで?」 口を開き掛けては閉じるを繰り返す少女に、仕方なく横島が口火を切った。 「その、ですね…
夕映は、一番気にかかっていた事をストレートに口にした。 それに、一晩経って落ち着いたようだし、と横島もまた端的に答える。 「石にされた上で、お腹の辺りを砕かれて真っ二つ」 それには、さすがにビクっと身を竦めた。 そうして、ぺたぺたとお腹の辺りを撫ぜ周す。 朝、お風呂に入った時に見た限り、傷の一つも無かった。 既に、朝食も昼食も取っているが、そちらでの不具合も今のところ感じていない。
「ちゃんと治ってるよな?」 「…えぇ」 その生返事に、横島は苦笑した。
夕映は夕映で、そんな事まで出来るのかと、そんな驚きにも思考が止まり掛けていた。 横島がネギを治したと聞いているし、昨夜の言葉もあるから、自分も彼が治しただろう事。
それくらいの事は簡単に判る。
「ところで、なんで夕映ちゃんがあんな事になってたんだ?
逆に横島としては、ソレが気になっていた。 ちょっとやそっとの魔法じゃ、あの『お守り』を抜けるとは思えない。
だと言うのに、アレ、だ。 「はい、助かったです。
改めてありがとうございます、と頭を下げる彼女に、横島は不審げに首を向ける。
「アレが無ければ、あの少年を足留めするなんて、私には無理でした」 「はいぃ?」 続けて夕映の口からぽつぽつと語られた状況は、横島の想定の斜め上だった。
その結果としてのあの惨状なのだ。 「それやったヤツって、倒せてないんだよな?」 「聞く限りだと、その様ですが」 少なくとものどかに聞いた限りでは、そうだ。 その返事に横島は愕然となった。 一般的な意味で頭の悪い彼にだって判る。
それは、彼女が完全に足を踏み込んでしまって、最早 引き返せなくなっていると言う事だ。 そんな横島の様子を、夕映は不思議そうに首を傾げて見遣る。
そんな噛み合わない空気に包まれた二人に、玄関から声が掛けられた。
「へぇ、どれどれ?
ネギを押し退け、そう言って明日菜は写真立てに手を伸ばした。
「この人やって。
言いながら指し示されたのは、中央に並んだどこか悪ガキめいた表情の少年。 「15の時が20年前って言うと、今35かぁ…」 年齢はともかく、悪いけどあまり趣味じゃないなぁ、と明日菜は口の中で呟いた。
もう一度ちらりと眺めて、6人の中の一人に目が止まる。 「あれ…」 写真からも窺える渋さ。 けど、それだけじゃない。
が、それは果せなかった。 「あら?
そう言って、木乃香の手が先に掴み取ったからだ。 「近衛木乃香?」
彼女の様子に、エヴァと明日菜は不審げに尋ね掛けた。
二人の問い掛けを無視して、木乃香は柵の向こうへと顔を覗かせた。 「なぁなぁ〜 横島さ〜ん、愛衣ちゃ〜ん」 「どうしたんですか、このかお姉様〜?」 下から、すぐに愛衣が答える。 彼女の木乃香の呼び方に、ハルナが邪な笑みを口の端に乗せた。
そんな空気に気付かないのか、木乃香は更に言葉を続ける。 「ちょう二人して、こっち来て欲しいんよ」 「判りましたぁ。 呼んで来ますから、ちょっと待ってて下さいね」 そう言って踵を返すと、愛衣はそのまま外に向かう。 「おい、高音・D・グッドマン」 「はい、なんです?」 続けて上から掛かったエヴァの声に、首を傾げつつ高音は2階を見上げた。 「お前も来るといい」 その為に来たのだろうとばかりに、言葉に反してその声音は命じる様な響き。
すぐに上がってきた3人を、木乃香の言葉が出迎えた。 「なぁなぁ、横島さん、愛衣ちゃん。
そう言って見せられた写真の中。 「げっ、ホントだ。
親指を立てて曰う彼に、愛衣は苦笑しつつも写真を凝視する。
「へぇ〜 あの人、こう言う男の人が好みなんですね」 そう言いながら彼女が見ているのはナギだ。 筋肉兄貴なラカンやおじさんのガトー、血色の悪いマニア向けな詠春相手だと、ちと生々し過ぎるし美しくない。
「ん? なんやのん、それ?」 「あぁ、木乃香ちゃんはあん時 眠らされちゃってたから知らないか。
さぶいぼたてて、そう教える。
「もしや、図書館島の…」 その様子を見ていて、何処で会った相手なのかに、同席していた刹那は気が付いた。
それに反応したのはエヴァだ。 「どう言う事だ? 横島、説明しろ」 「いや、前にさぁ、図書館島へ木乃香ちゃんに連れてって貰った事があんだけど。
『顔のいい』。 『悪戯好きの』。 『変質者』。
エヴァならずとも、この6人を知っている者なら、それが誰を指しているかなぞ明白だ。 「こいつか?」 勢い込んで、ナギの右に立つ男を指差す。 「へぇ。 エヴァちゃんも、あいつの事 知ってんだ?
面白くなさそうなその言葉に、詠春は額を押さえて天井を眺めた。
「ふ、ふふ、ふふふふふ…」 突然上がった、聞いてるだけでも気の弱い人間なら心臓麻痺を起こしそうな、そんな笑い声。
と、不意に顔を上げた。 「詠春?」 「いえ、私も初耳ですよ、そんな話…」 当惑気な様子に真実と見て、エヴァの怒りは遠い麻帆良の地に向かった。 「いつから棲みついていた、アルビレオ・イマ…
髪がうねうねと逆立って、見るからに激怒していると解る。
「な、なんか、俺、マズイ事 言いました?」 「いや…」 こそこそと尋ねられ、詠春は苦笑で返した。
仕方なく気を取り直して、後発組にも説明を始めた。 「あなた方もこちら側ですから、まぁいいでしょう。
「と言う事は、『紅き翼』の?」 「ああ、あなたはご存知ですか。 その最初のメンバーですよ、それが」 その答に、高音はガバっと写真立てを手に取った。
「…あれ?
「アイツも魔法使いなんだろ? なら、なんとでもなんじゃないのか?」 愛衣は時間の経過の前ですらそのままの容姿に首を傾げたが、横島は気にならなかったらしい。 そもそも人間だったとは限らないし、もしそうなら目の前のエヴァの様に不老って事だって有り得るのだ。 神・魔族にも知り合いの多い彼にしてみれば、別に珍しいモノではない。 その様子を目にしつつも、詠春はネギへと顔を向けた。 「まだ少年だったナギと私やその写真の仲間たちは、かつての大戦を闘い抜いた戦友でした。
たとい概略でしかなくとも、実際に父を知る者の言葉は、ネギにとっては砂漠の水にも等しい貴重なモノ。
「以来、私たちは無二の友だったと思います。
「あぁ、スクナの…」 来る途中でネギが聞いた話でも、20年近く前だと詠春は言った。
「しかし…
その言葉に、怒りを露にしていたエヴァもがピクリと止まる。 「彼の最後の足取りを、彼がその後どうなったのかを、知る者は誰も居ません。
組んでいた腕を解くと、顎へと右手を添える。 「失踪の直前にも、彼はナギと会っていたようですし」 「図書館島に居たって言う人がですか?」 さすがに、父の手掛かりになると思えば、ネギは冷静で居られない。
「えぇ。 確実に、とは言えませんが」 その言葉に、ネギは両の拳を握ると目を輝かせる。 「私が知るのはそのくらいです。
そう言って、詠春は小さく頭を下げた。 「頭を上げて下さい、長さん。
ネギもそう頭を下げ返す。 そんな横で、木乃香は横島の袖を引いた。 「なぁなぁ、横島さん、なんや話判った?」 「おう。 もう、全然判らん。
「横島さ〜ん。
堂々と曰う彼に、愛衣がツッコミを入れる。 その様子をどこかつまらなそうに刹那が眺めていた。
一方。 「あの人ってさぁ… そりゃあ、凄いのかも知れないけど…」 明日菜の目から見てすら頭の悪そうな彼に、彼女は思わずそう零していた。 昨夜見たネギへのソレも、後から聞いた夕映を治したという話も、どうにも嘘臭く思われて来る。
そんな彼女の肩の上で、白いオコジョが前脚を振って言を返す。 「いやいや、アスナの姐さん。
カモの知る限り、彼は魔法使いの中に於いてですら普通じゃない。 「まぁ、スゴイわよね、イロイロと」 カレの感慨なぞ理解出来ないから、彼女はそう零して苦笑した。
「…それは言い得て妙ね」 明日菜とカモとの遣り取りを耳にして、疲れた様にぼそりと高音が呟く。 横島がバカな行動に出ないのなら、関係者とは言い難い彼女はここでやる事なぞない。
そんな様々な人間模様を眺めて、不意に思い出した様に詠春はネギへと再び声を掛けた。 「ああ、そうそう…」 そして、すぐ脇の棚をごそごそと漁り、丸められた紙の束を取り出す。 「これを、君に渡しておかなくてはね」 「これは?」 手渡されて、ネギは彼の顔を見上げた。 「ナギがこの部屋で何やら調べていたモノです。
「ありがとうございます」 小さくないソレを大事に抱き締めると、パっと明るくなったネギはもう一度頭を下げた。
【おや、困りましたね。 ともかく続きへ】
ぽすとすくりぷつ 木乃香、アルに会ってますからねぇ、この話ン中じゃ(笑)
そして、エヴァも彼が麻帆良に居ると知ってしまいました。 学園長の未来も、ちょっと暗くなったかも(苦笑) いや、既に色々大変な訳ですが。
しかし、人数が人数だけに、相変わらずロクに喋らないキャラが出るのがなぁ…
orz
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