二〇〇九年から始まる裁判員制度に備え、最高検は東京、大阪などの主要地検で試行してきた取り調べの一部録音・録画について「自白の任意性立証に有効」との検証結果をまとめるとともに、今年四月以降、実施対象を大幅に拡大するとの指針を公表した。
来年三月末まで一年間、全国の地検や支部で実施する。これまでは裁判員裁判の対象事件の一部だけで試行してきたが、捜査段階の供述の任意性が問題にならない完全黙秘や全面否認などを除き、ほぼすべての事件で実施することになる。
しかし、録音・録画の目的は「任意性の効率的な立証」であり、範囲は従来通り「取り調べの機能を損なわず、検察官が適切と認める部分」に限定した。日弁連などが求めている開始から終了まですべての過程の「可視化」には、あらためて反対の方針を示した。
容疑者との信頼関係が築けなくなり、真相解明が困難になるとの理由だ。主要地検で試行した事例の96%で担当検察官が任意性立証の証拠価値を認める一方、全面可視化には検察官の88%が反対するといった調査結果がベースにある。
日弁連は、現行の方式では検察が都合のよい部分だけを録音・録画することになり、冤罪(えんざい)の解消につながらないとして、全面可視化を求めている。任意性立証の証拠にしたい検察と、取り調べ全体の透明性確保をめざす日弁連では目的が違っており、議論がかみ合っていない。
やりとりが公になるなら、供述の矛盾点や不合理な点を厳しく問うことがためらわれるといった検察の主張は分からないではない。だが、鹿児島県議選の違反事件や富山県の強姦(ごうかん)冤罪事件などで、現実に密室での取り調べが自白強要の温床になったと指摘されている。
山陽新聞社などが加盟する日本世論調査会が今月初めに行った調査では、72%が裁判員に消極的で、大きな理由が「重要な判断をする自信がない」だった。85%が取り調べの録音・録画を進めるよう求めてもいる。
裁判員制度をスムーズに運営し、警察や検察に対する信頼を高める観点から、やはり取り調べの全面可視化を実現する方向で検討すべきであろう。
もう一年間、しかも全国レベルで録音・録画の試行ができるということでもある。柔軟に考え、検察が懸念する問題点が本当に出てくるかどうか、実際に取り調べの全過程を録音・録画してみて検証するといったことも必要ではないか。
日本人収集家が所蔵する鎌倉時代の仏師・運慶の作とみられる「木造大日如来坐像」が、ニューヨークで競売にかけられ海外流出の危機にさらされた。渡海紀三朗文部科学相は、文化財保護の在り方を検討していく考えを示した。
仏像は、ヒノキ製で高さ六六・一センチ。金で彩色されている。数年前に東京国立博物館が鑑定し、表情や彫り方などから運慶作の可能性が高いと判断された。入札価格は大きく上昇し、千二百八十万ドル(約十二億五千万円)の超高値で日本人顧客から依頼を受けたという大手百貨店の三越が落札した。
競売をめぐっては、仏像があったとされる栃木県足利市を中心に、流出防止を訴える声が高まっていた。心配された事態は回避できたものの、国宝級の貴重な文化財がいつ日本から消えていくか分からない危うさを、あらためて実感させた。
渡海文科相は具体的な検討対象に、輸出規制の在り方や前例がない文化財の競売への国の参加などを挙げる。早急な問題点の洗い出しと対策を求めたい。
中でも欠陥との指摘があるのが、国宝を含む重要文化財以外は輸出を制限していない文化財保護制度だ。今回のケースでは、文化庁が所有者に重文指定への調査や買い取りを申し入れたが、合意に至らず競売を黙認せざるを得なかった。以前から予測された事態なのに制度を改善しなかったのはなぜか。
幕末から明治時代にかけて、あるいは戦後の混乱期に貴重な美術品などが海外へ流出した苦い経験がある。先人が手掛け、残した貴重な財産は可能な限り国内に残して公開できるようにすべきであろう。指定外への対策とともに、投機の対象でなく文化財を守る意識の醸成を図っていくことが欠かせない。
(2008年3月23日掲載)