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福島県立大野病院事件

産婦人科医に禁固1年、罰金10万円を求刑

大野病院事件、業務上過失致死と医師法21条違反で

軸丸 靖子(2008-03-22 00:35)
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 福島県立大野病院産婦人科で2004年12月、帝王切開手術を受けた女性が出血多量で死亡し、執刀した同院産婦人科医の加藤克彦医師が業務上過失致死と医師法21条違反(異状死の届け出義務)に問われた事件で21日、論告求刑があり、検察は「産婦人科医として基礎的な注意義務を怠った執刀医の責任は極めて重い」として、禁固1年、罰金10万円を求刑した。

出廷する加藤克彦医師(左)と弁護団長の平岩敬一弁護士=21日午後1時、福島地裁(撮影:軸丸靖子)
 起訴状などによると、事件は、加藤医師が帝王切開手術で女児を取り上げた後、胎盤を娩出しようとしたがはがれず、クーパー(手術用はさみ)を使うなどして子宮と剥離させたが、出血が止まらず、死亡させたというもの。

 検察は、帝王切開の既往があった女性の癒着胎盤は予見可能だったにも関わらず、加藤医師が十分な医療体制を取らずに手術を行ったこと、癒着が分かった時点で速やかに子宮摘出に移るべきだったのに無理なクーパー使用を続けて大量出血を起こさせたこと――などを医師の過失として起訴。一方の弁護側は、「ミスはなかった」と医師の過失を全面否定し、争っている。

 論告で、検察は、加藤医師がこれまで法廷で行った証言は、警察や検察の取り調べでの任意供述とは変わっており、信用できないと重ねて主張。また、弁護側証人は同事件に抗議声明を出している医学界の意向を強く受けており、中立性や信頼性に欠けることを指摘した。

 その上で、求刑の理由として、

 「(用手剥離の)手指が入らないほど強い癒着胎盤だったのに、クーパーを使って無理な胎盤はく離を10分以上にわたって続け、次々とわき出るような出血を起こさせたのは、医師として基礎的な注意義務違反である」

 「癒着胎盤の無理な剥離には大量出血のリスクがあるので、直ちに子宮摘出すべきというのは産婦人科医として基本的な知識。大量出血を予見する事情は多数存在したのに、回避しなかったのは、被告は医師として安易な判断をしたといえる」

と、加藤医師の判断ミスを断定した。

 さらに、これまでの公判では触れなかったが、加藤医師が廊下で待っていた女性の家族に説明をしていなかったことについても触れ、

 「出産の喜びを期待して廊下で待っていた家族を、手術開始から4時間、何の説明もなく待たせ、いきなり『すみません、亡くなりました』と最悪の現実を突き付けた。それが遺族の厳しい感情を呼び起した」

と、医師の説明不足が患者家族の不安と怒りをあおったと糾弾。

 「被告は、公判が始まって以降、自分の責任を回避するために、クーパー使用にいたった供述を変遷させた。なりふり構わず、事実をねじ曲げようとする被告人の言動からは、遺族に対する真摯な態度はうかがわれず、厳しく追及されるべきである」

と結論付けた。
 
 また、書面審理のみだった医師法21条違反に関しては、

 (1)癒着胎盤自体で妊婦が死亡するわけではなく、被告の過失による失血死なのだから「異状死」にあてはまるのは明らか

 (2)被告は自分の無理な胎盤はく離によって大量出血が起きたことを認識していた。死亡後の検案も自ら行っており、失血が死亡原因であることを認識していた

 (3)被告は手術直後、「クーパーを使ったのが良くなかったのでは」と考えていたが、病院長に過失の有無を問われたときは「ミスはなかった」と答えた。病院長は産婦人科は専門外なため、被告の回答を信用して異状死の届け出はしなくていいと判断した

 (4)医師法21条は憲法38条(自己に不利益な供述は強要されない)に違反するとの意見があるが、過去の最高裁判決に照らして違憲ではない

――などの理由を挙げ、業務上過失致死とともに医師法21条違反も成立すると主張した。

「法廷での被告の証言は信用できない」

 論告で、検察が再三強調したのは、加藤医師がこれまでに法廷で行った証言の任意性の欠如と、警察・検察が取った同被告の供述調書の信頼性だ。

 加藤医師は、法廷でこれまで、警察・検察の取り調べのあいだは「長時間の取り調べで頭がぼーっとしたこともある」「訂正すると取調官が不機嫌になった」「違うところも訂正してもらえなかった」と、供述調書はすべてが事実ではないと主張していた。

 これに対し検察は、「被告は供述調書の読み上げを受け、サインもしている」「取り調べ中に長時間で疲れたなどの不満はなかった」「被告は弁護人との接見も行っており、弁護人から供述に関するアドバイスも受けていた」として、供述調書には任意性が認められると反論。

 特に、公判開始以降、加藤医師が「そうは言っていない」と否定した胎盤剥離の際の描写、『胎盤をはがそうと指3本を入れたが、徐々に入らなくなり指2本に、やがて2本も入らなくなり、指1本も入らなくなった』という表現について(第7回公判参照)、

 「被告は、供述と公判では発言を変遷させている。自己の責任回避のための事実のねじまげで、信頼できない」

と、繰り返し言及し、法廷での証言よりも、取り調べでの供述の方が信頼性が高いとした。


「抗議声明出した団体の会員の証言は任意性に劣る」

 もう1つ、検察が攻めたのは、弁護側が立てた証人の中立性だ。

 弁護側はこれまでの公判で、周産期医療や胎盤病理の専門家にカルテや麻酔記録、胎盤の顕微標本などの鑑定を依頼し、「加藤医師の医療行為は妥当だった」とする証言を得てきた。

 これに対し、検察側は、「この事件に関しては日本産婦人科学会など多数の学会が抗議声明を出している。それらの団体に所属する医師の証言には、一定方向の力が働いている。結果ありきで任意性に劣る」と主張。

 ・大阪府立母子保健総合医療センター検査科の中山雅弘主任部長が行った鑑定について
 「証人は、わずか4時間弱で、子宮片や顕微標本の観察、標本の写真撮影という多くの作業を行っている。撮影した写真をプリントアウトしたものを元にした鑑定では、写真の資料価値は限定的。試料の吟味に十分な時間が持てないまま、結果を優先させた鑑定に過ぎない」

 ・東北大学の岡村州博教授(周産期医学)が行った鑑定について
 「実際の事実関係に即した鑑定結果とはいえない。証言内容はことさらに被告に肩入れする内容で、被告人の過失を否定する立場から書かれている」

 ・宮崎大学医学部産婦人科の池ノ上克教授が行った証言について
 「胎盤はく離をいったん始めたら完遂するという証言だったが、本件がそれに当てはまるかについては明言していない」

などと、証人1人ひとり発言内容を細かく否定した。

  ◇

 医師不足や救急医療の崩壊に拍車をかけたとして全国的な注目を集めた同事件の求刑とあって、この日は27の傍聴席を求めて171人の傍聴希望者が並んだ。検察の論告は160ページにわたり、4人の検察官が順番に5時間がかりで読み上げた。

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