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第1部・科学と非科学 私の提言/下 左巻健男・同志社女子大教授

左巻健男・同志社女子大現代社会学部教授=東京都千代田区で2007年3月5日、森田剛史撮影
左巻健男・同志社女子大現代社会学部教授=東京都千代田区で2007年3月5日、森田剛史撮影

 <社会の中へ>

 ◇理科に生活の視点を--左巻健男・同志社女子大現代社会学部教授

 「ありがとう」と書いた紙を見せた水がきれいな氷の結晶になる、という「水からの伝言」はニセ科学の典型だが、これがなぜ多くの小学校で教えられたのかを考えてみたい。

 ニセ科学というのは巧妙で、分かりやすいストーリーと一見科学的な根拠を示す。「水からの伝言」も量子力学を持ち出して「言葉にも波動がある」と説明したり、素人には撮れない結晶の写真を補強材料に使った。教師は日々の学級指導などに忙しく、教材研究にかける余裕がない。そこで、自分も理解できて分かりやすいこの話を信じてしまったのではないか。親までが信じて、写真集はベストセラーになった。

 こうした現象の根底にあるのは科学リテラシー(科学を理解し判断する素養)の欠如だ。それは理科教育の問題でもある。

 日本の理科教育は戦後、時計の振り子のように両極端に振れてきた。終戦直後は暮らしに身近なテーマを横断的に学ぶ「生活単元学習」が導入されたが、学力低下の批判にさらされ、テーマごとに学んでいく「系統学習」に切り替わった。

 ところが「系統学習」は80年代以降のゆとり教育で詰め込み主義と批判され、「全員が分かることしか教えない」方針に変わった。残ったのは断片的な知識の寄せ集めだ。これでは自然を理解する力や科学的な判断力は育たない。例えば小4では、満月や三日月など月の満ち欠けを三つほど教えるが、その仕組みは教えない。次に天文を学ぶのは中3だ。

 科学を学ぶことは山登りのようなものだ。少々苦労しても頂上まで登れば、今まで見てきた断片的なシーンが全体として見渡せる。ところが今の理科教育は「大変だから」と登山をやめて、ふもとをあわただしく散策するだけ。部分同士のつながりが分からないから暗記することになり、もっとも大切な「理解と納得」ができない。

 理科学習指導要領の大胆な改革を提言したい。現在のような干からびた内容ではなく、系統性も大切にしながら、学んだことが生活とどうつながっているか理解できる内容に見直すのだ。

 イギリスでは国民の科学リテラシー低下の反省に立って「21世紀の科学」という取り組みが始まっている。義務教育の最終学年で科学の基本法則を教えていたのを、「科学的知識をもとに判断できる市民を育てる」という視点で大幅に見直した。例えば物理では、運動力学ではなく放射性物質について学ぶ。生活と電気の関係に始まり、放射性物質の種類や原子核崩壊、地球温暖化、自然界の放射能とそのリスク、原子力発電をどう考えるか--まで広範囲に教師と生徒が探究する。

 つまり、社会と切断された科学では人をひきつけられない。イギリスの取り組みではマニュアルなどないから、授業の内容は多様で高度になる。だからこそ、教師の資質が問われる。

 日本では、特に小学校教師志望者は文系が多く、高校までの理科も十分学んでいない。大学でも少し理科を学べば免許が取れる。養成制度の充実も必須だ。

 国語や算数と違って、理科は「役に立たない」と思われている。知的な面白さも含めて、理科教育を生き生きと教える仕組みづくりを今すぐ始めなければならない。【聞き手・元村有希子】

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 ■人物略歴

 ◇さまき・たけお

 49年生まれ。東京学芸大大学院修士課程修了。東京大附属中・高教諭などを経て04年から現職。専門は理科教育。ニセ科学などを批判する「水はなんにも知らないよ」(ディスカヴァー携書)を2月に出版した。

毎日新聞 2007年3月21日 東京朝刊

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