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第1部 科学と非科学/6止 道半ばの地震予知、未科学から脱却へ

電波を使った地震予知研究の観測装置について説明する長尾年恭教授=静岡市清水区内で、須田桃子撮影
電波を使った地震予知研究の観測装置について説明する長尾年恭教授=静岡市清水区内で、須田桃子撮影

 <社会の中へ>

 ◇データ検証で挑む

 富士山を望む廃校の屋上にアンテナがいくつも並ぶ。異なる周波数の電波や放電現象をキャッチする地震予知研究の観測装置だ。データは3キロほど離れた東海大海洋研究所地震予知研究センター(静岡市)に送られる。

 センター長の長尾年恭(としやす)教授(51)=固体地球物理学=は「私たち以外にも、他の研究者や団体が手がけている予知手法の観測装置を設置している」と説明した。電波を使う研究だけを見ても、異なる周波数帯に着目し、異常現象をとらえる方法が幾つか考案されている。「同じ場所と条件で観測していれば、ある方法で異常をとらえたとき他の方法と比較できる。これは科学に必要な手続きです」

 長尾教授は以前、地震が起こる地下の温度構造を調べていた。ギリシャの研究者が「地中を流れる電流の観測で地震予知に成功」との発表(84年)を聞きテーマを変えた。

 95年の阪神大震災でも電磁波異常が事前に観測された。翌年度から国の研究費もついた。長尾教授らは4億4000万円かけ約40カ所に地中の電磁波観測点を設置。マグニチュード(M)5以上の地震では、震源から半径20キロ以内で発生前に電気的な異常が観測されることをほぼ突き止めた。

 だが、東海大への国の支援は5年で打ち切られ、観測点は約10カ所に減った。「観測点の近くで比較的大きな地震が起きなければ価値あるデータは集まらない。10年間は観測しないと成果は出ない」とこぼす。

 国は地震予知研究計画を策定した65年以降、約3000億円の税金を予知研究に投入した。その大半は、東海地方で発生が予測されるM8級の東海地震を中心に、地震が起きる仕組みを地殻の破壊などから力学的に解明する基礎研究に使われた。日本の観測網の精密さは世界一を誇り、今後30~100年単位での「長期発生確率」を算出することで自治体の防災対策も進んだ。しかし避難行動などに直結する「短期予知」(直前予知)は実現していない。

 国の測地学審議会は97年の報告書で「地震予知は将来の課題で実用段階の技術ではない」と、事実上白旗を揚げた。こうした行き詰まり感から、力学的な手法に頼らない「予知」研究が生まれたといえる。しかし多くは長尾教授らのように「非主流」扱いだ。

   ◇   ◇

 元大阪市立大理学部長の弘原海(わだつみ)清さん(74)=構造地質学=は、阪神大震災後、地域住民1500人以上から「動物が異常行動をした」「井戸水が枯れた」「地震雲が出た」といった異常現象(宏観現象)に関する証言を集め、話題を呼んだ。

 弘原海さんは現在、地震予測研究NPOの理事長として、地殻変動の際、大気中に増える放射性物質から変化してできるイオンを24時間態勢で観測。今年1月には有料(個人1年1万5120円)で希望者への情報提供を始めた。放射線医学総合研究所(千葉県)が今年1月に発表した「阪神大震災の直前、大気中の放射性物質濃度が上がった」という観測結果は、弘原海さんらの「イオン増加」説を支持すると話す。

 ただ、観測点は今のところ全国11カ所しかなく、データの蓄積も十分ではない。弘原海さんは「私は地震の専門家ではないが、科学として認められる途上の『未科学』であっても人命を守るためにやらなければと思った」と動機を語る。

 だが、国の支援で地震予知研究に取り組んできた山岡耕春(こうしゅん)・東京大教授(48)=地震学=は、これらの研究の負の影響を心配する。「地震が地殻の破壊で起こる力学現象である以上、予知も力学的な従来の地震学の手法で取り組むのが正攻法。地震の位置と規模については一定の成果も出ている」と説明する。そのうえで「僕たち研究者が社会に研究状況を分かりやすく伝えてこなかった責任もあるが、十分な科学的検証を経ない予知は、社会の見方を間違った方向に持っていく危険がある」と話す。

   ◇   ◇

 弘原海さんが進める計画の観測点の一つを担当する神奈川工科大(神奈川県厚木市)の矢田直之・助教授=熱工学=は、「イオン計測で地震が予知できるかどうかは分からない。今はデータを蓄積する段階」と話す。研究室ではナマズを飼い、地中の電圧変化も観測する。

 研究室の学生が06年4月以降、イオン観測データから、地震の発生を103回予測し、実際に50回起きたという。一方、記者が取材に訪れた2月23日には「午後にM5前後が北日本で」と予測していたが起きなかった。「当たったのは偶然かもしれない。だが、工学部出身の技術者として、人々が求める予知装置を早く作りたい」(矢田助教授)

 可能な限りデータを集め仮説を立て、あらゆる角度から検証する手続きが「科学」だ。地震研究では「予知」という困難な目標を共有する研究者らが、それぞれのやり方で「未科学」からの脱却を目指す。

 「電磁波に着目した予知には将来性がある。だが現時点では課題も多い。今やることは実際に予知することより、あらゆる事例をチェックすること」と、長尾教授は信条を語る。【須田桃子、永山悦子】(第1部おわり。次回から「私の提言」を掲載します)

 ◇火山噴火→前兆の把握は地震より容易

 火山の噴火は現在、「噴火まで数日~数時間前」の精度での予知が可能だ。00年3月の有珠山(北海道)では、予知に基づき近隣自治体に避難指示が出され犠牲者はゼロだった。04年の浅間山(群馬・長野県境)でも爆発的噴火の前に火山情報が発表された。

 地震予知との大きな違いは、観測対象を絞りやすいことだ。火山噴火予知連絡会会長の藤井敏嗣・東京大教授(マグマ学)は「噴火前には地下から高温で大量のマグマが上昇してくるため、地震や地殻変動、ガス噴出などの前兆現象が起きる。これをとらえる観測技術もある。十分な観測網があれば、噴火時期の予知は地震より把握しやすい」と説明。ただ、規模や形態についてはなお研究が必要という。

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毎日新聞 2007年3月7日 東京朝刊

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