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第1部 科学と非科学/4 効果未確認の「マイナスイオン」

自ら開発した電位治療器「Miエナジー」について説明する堀口昇氏。手にしたパッドからマイナスイオンが放出されるという=香川県坂出市の医療機器メーカー「セルミ医療器」で須田桃子撮影
自ら開発した電位治療器「Miエナジー」について説明する堀口昇氏。手にしたパッドからマイナスイオンが放出されるという=香川県坂出市の医療機器メーカー「セルミ医療器」で須田桃子撮影

 <社会の中へ>

 ◇大手が便乗、ブームに拍車

 「マイナスイオンの第一人者」が四国にいるという。香川県坂出市の「環境・還元イオン医学研究所」の堀口昇会長(70)を訪ねた。堀口氏は鍼灸師(しんきゅうし)出身。約35年前からマイナスイオンの研究に取り組み、92年にはフィリピンで医学博士号を取得。自ら学会を設立して効果をアピールする。

 マイナスイオンは「リフレッシュ効果がある」「血液をサラサラにする」などと言われ、99年ごろブームになった。明確な定義はないが、大気中を漂う帯電した気体分子や原子などに水分子がくっついたものとされる場合が多い。だが、科学者の多くは、その「効能」に懐疑的だ。

 堀口氏は研究所で、自ら開発したマイナスイオン発生装置の仕組みを説明した。軽石の粉末が詰まったプラスチック製の小箱。電圧をかけると「軽石の中で電子が激しい運動を起こし、コードの先の極板から空気中に出る際、水分子などと結合してマイナスイオンになる」という。

 「これは地球内部と同じ現象を再現している」と堀口氏。納得しない記者に「いろんな科学者がここへ来たが、原理が分かった人は一人もいない」とほほえむ。この仕組みを使った治療器「Miエナジー」は1台136万5000円。約7000台を売り上げた。

 研究所の向かいには、堀口氏が理事長を務める医院があり、治療器が使われている。肩こり、不眠症、便秘などにきく「電位治療器」として認められ健康保険の対象。患者負担は1回(15分)あたり350円だという。堀口氏は医師免許は持たないが、「皮膚を通して体内にマイナスイオンが持つ電子が取り込まれ、細胞内を弱アルカリ性にして健康な体を作る」と効能を説明する。

   ◇   ◇

 大手家電メーカーは01年ごろから「マイナスイオン商品」を相次いで販売、ブームに便乗した。空気清浄機、エアコン、掃除機、ドライヤー。新しい付加価値として、マイナスイオンは市場拡大や売り上げ増という「恩恵」をもたらした。

 マイナスイオン商法に批判的な安井至・国連大学副学長(環境科学)は「完全な第三者が学術的な興味を持って追試をし、効果を認めない限り科学とはいえない。大手メーカーのマイナスイオン研究は、どれもそのハードルを越えておらず、その意味で技術は未確立だ」と指摘する。

 実際、メーカー各社の「マイナスイオン」は、定義も発生させる仕組みも、効果の検証もバラバラだ。

 松下電器産業(大阪府門真市)の広報担当者は「集じん効率向上など、家電に搭載した効果・効能は実証済み」とした上で「最盛期には『マイナスイオン付きでないものは家電じゃない』と言われた。今は痛しかゆしのところがある」と打ち明けた。

 02年にマイナスイオン発生器搭載のパソコンを発売した日立製作所(東京都千代田区)は「『リフレッシュ効果がある』とPRしたが、その実証性が薄いままブームに乗った。研究開発型企業としての責任感が欠如していた。反省している」(広報部)と振り返る。

 堀口氏と共同でマイナスイオン発生システムを開発した東芝キヤリア(東京都港区)は「今はもうやっていない」と取材を拒んだ。

 国民生活センターは03年9月、マイナスイオン商品について「消費者の期待通りの効果があるか分からない」との調査結果を発表。東京都は06年11月、マイナスイオン効果をうたった一部の布団や装身具などの「効果・性能に関する表示は客観的な根拠に基づくとは認められない」との否定的な報告書をまとめたが、マイナスイオンはあらゆる健康グッズに定着したようにみえる。

 「社内に専門家を抱えながら、実態の分からないマイナスイオンのブームに便乗した大手メーカーの責任は重い」と安井さんは批判する。【須田桃子、元村有希子】

 ◇法の規制に限界も

 科学的に実証されていない健康効果を、あの手この手で売り込むビジネスが横行している。

 警視庁は05年秋、健康食品のアガリクスで「がんが消えた」などと薬効をうたった健康食品販売会社を薬事法違反で摘発した。薬事法は、医薬品や医療機器の有効性、安全性を保つための法律。アガリクスはキノコの一種で、免疫を高める効果が動物で確かめられているが、人間への効果は実証されておらず、薬効をうたうことは薬事法違反にあたる。

 05年の摘発では「これを飲んでがんを治した」といった体験談を集めた書籍(バイブル本)の出版業者も逮捕された。通常、出版物は「表現の自由」が保証されるが、警視庁はこの本を「誇大広告」とみなした。

 「製造者、販売会社、出版社がグルになり、架空の体験談を集めたバイブル本を宣伝する。ご利益のある話と一見科学的なデータに読者がだまされ、被害が広がる」。アガリクス製造会社で働いた研究者(37)は振り返る。こうしたケースでは「監修・医学博士」「特許取得」といった言葉が権威付けに使われるが、効果を裏付ける根拠にはならない。

 一方で、宣伝文句に気を配って薬事法に抵触しなければ、売る行為自体は規制されず、科学的根拠に乏しい商品が広がることになる。

 堀口氏がかかわる医療機器メーカー「セルミ医療器」は4年前、薬事法違反で業務停止処分を受けた。未承認の医療機器を製造・頒布したからだ。その2カ月後、ほぼ同じ機能で名前を変えて承認を受けたのが「Miエナジー」だ。

 「マイナスイオン治療器」ではなく「電位治療器」として承認を受けた。厚生労働省監視指導・麻薬対策課は「未承認の効能(マイナスイオン効果)をうたって販売しているとすれば、薬事法違反の可能性が極めて高い」とみる。

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毎日新聞 2007年2月21日 東京朝刊

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