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第1部 科学と非科学/2 教室にニセ科学

「水からの伝言」を“反面教師”にして「科学とは何か?」を講義する田崎晴明教授。スクリーンに映っているのは、同書で紹介されている氷の結晶=東京都豊島区の学習院大で2007年1月18日、西川拓撮影
「水からの伝言」を“反面教師”にして「科学とは何か?」を講義する田崎晴明教授。スクリーンに映っているのは、同書で紹介されている氷の結晶=東京都豊島区の学習院大で2007年1月18日、西川拓撮影

 <社会の中へ>

 ◇「水に『ありがとう』できれいな結晶に」 疑問感じず安易に拡大

 関東地方の理科教師(52)は昨年秋、中1の教え子から提出された夏休みの自由研究を前に考え込んだ。

 カイワレ大根の成長が、人間の言葉の影響を受けるかどうかを調べた観察記録だ。二つの容器にほぼ同数の種をまき、同じ条件で育てる。「ありがとう」と声をかけた容器と「ばか」と声をかけた容器で、育ち方に差が出るかどうかを、生徒は2週間にわたって詳しく観察していた。

 「とうとう僕の目の前にも来たか、という気持ちでした」。教師が思い浮かべたのは、「水からの伝言」という99年に出版された写真集だった。

 写真集は「ありがとう」「平和」という言葉やクラシック音楽を「聞かせた」「見せた」水は美しい氷の結晶を作るが、「ばかやろう」やハードロックでは結晶が乱れたり結晶にならない、と主張。人の生き方や言葉のよしあしを水が教えてくれると説き、これを教材に授業をする教師も出ていた。

 生徒の観察記録は、発芽率や伸び具合を測定せず、外見を生徒なりに判断していた。観察記録の写真ではどちらのカイワレも同じように不均一に写っていたが、生徒は「『ばか』と言い続けたら、育ち方が不均一になった。言葉が成長に影響すると分かって驚いた」と結論づけた。

 「疑問を検証しようという意欲は評価したいが……」と教師。最後のページに「面白い実験研究です。ただ、言葉が物体に影響を及ぼすことはありません」と書き込んだ。

   ◇   ◇

 「水からの伝言」を提唱したのは、「独自の視点」から水を研究する江本勝氏。国際波動友の会代表、代替医療学博士、といった肩書も持つ。

 学校現場には、TOSS(教育技術法則化運動)という教師サークルで紹介され広まった。「感動した」とテレビで発言する芸能人が現れ、01年3月の参議院文教科学委員会では、松あきら議員(公明)が肯定的に引用している。現在はTOSSのホームページからは削除されているが、「きれいな言葉を使いましょう」と置き換えられて、小学校の道徳や総合学習の授業で教えられた。

 菊池誠・大阪大教授(統計物理学)は「水が言葉の意味に影響を受けることはあり得ない」と断言。「言葉の意味は使われる場面によって変わるし、結晶の美醜で物事の善悪を判断する点もおかしい。道徳的にいい話とも思わない」と写真集の内容を批判する。

 東京都内の母親(41)は4年前、長男(当時小3)がこの授業を受けたことを保護者会で知った。

 「とてもいいのでお母さんたちにも見てほしい」と担任教師が見せたビデオに驚いた。子どもが手をつないで水に「お水さんありがとう」と声をかけている様子に、ただならぬものを感じた。

 自宅で2日間考え、担任に手紙を出した。大学時代、理系だったという担任は「子どもが汚い言葉を平気で使うのを何とかしたいと思った」と弁明した。「同僚にも使わないよう伝える」と約束したが、学校ではその後も教えられた。

 「理科ではなく道徳ならいい、という話ではない。非科学的なことでも信じなさいというのは、悪徳商法にひっかかる人間を量産するようなもの」と母親は憤る。

 同級生の親たちが、疑問を持たないことも意外だった。「おとぎ話では動物が人間の言葉をしゃべるわよ」「水に言葉が分からないって証明できるの? 科学には解明されていないことも多い」と言う人もいた。「『おかしい』と思う私がおかしいのかと孤独でした」と母親は振り返る。

   ◇   ◇

 1月中旬、東京都豊島区の学習院大で「水からの伝言」を題材にした授業があった。文系学部の1、2年生が多い「現代科学」。理学部の田崎晴明教授(理論物理学)が「水からの伝言」の内容を紹介し、「じゃあ『shine』と書いた紙を張ったら、どうなるか」と問いかけた。

 「『シャイン(輝く)』とも『死ね』とも読める。ちょっと考えてみれば、おかしいと分かる。こんな話を信じてはだめです」

 田崎教授は、雪の結晶形が主に気温と過飽和度(水蒸気量)で決まることを解明した故・中谷宇吉郎博士の業績を説明し、「長い年月をかけて人間が自然を理解しようと努力した結果、確からしいと残ったのが今の科学」と強調した。

 田崎教授は昨年11月、「『水からの伝言』を信じないでください」というホームページを開いた。同年3月には、田崎教授や菊池教授ら物理学者の有志が日本物理学会の大会で「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」というシンポジウムを開いて「水からの伝言」について議論し、「科学者は傍観してはいけない」と呼びかけた。

 「どんな言葉がよく、どんな言葉が悪いかは人間が一生懸命考えるべき心の問題であり、科学を装って水に教えてもらう話ではない」と田崎教授はいう。

 なぜ科学を装う必要があるのか。ファンタジーではいけないのか。取材班は江本氏に取材を申し込んだが、「多忙」を理由に断られた。「近々出版する著書で疑問に応えたい」という。【元村有希子、西川拓】

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毎日新聞 2007年2月7日 東京朝刊

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