2008年03月21日

エリカ

 まだ作家未満の私だが、運良く最初の本が売れたら、今後も書いていきたいと思っている。
 そんな私には、キャリアの初めから、エージェントがいる。
 これは、欧米では当たり前の存在なのだが、日本ではまだ馴染みの少ない職種だと思う。
 エージェントの仕事は、まず作家の管理。
 エージェントが抱える作家は一人ではないので、多くの作家の現在を把握して、その作家に向いた企画を出版社に繋げたり、間違った方向へ行きそうになった作品を、軌道修正したりする。
 一方、作家の版権管理。
 日本では、ほとんど全ての出版社が良心的なので問題ないが、欧米ではあこぎなところもあるらしい。
 たとえば、確実に売れると見込める企画を、作家の弱みに付け込んで、はした金で買い取るとか。
 そういうとき、エージェントがいれば心強い。
 もっとも、著作権を含む法律的なあれこれに関して言えば、私の場合、著作権に特別詳しい弁護士と顧問契約を結んでいるので、そちらに頼ればいいわけだが。

 この「エージェント」という存在については、いずれ稿を改めて書きたいと思っている。

 ところで私のエージェントだが、女性である。
 苗字は伏せるが、エリカという。
 インドネシア人の父と、日系アメリカ人の母の間に生まれたが、国籍は日本だ。
 関西の某有名大学を出た後、英国に留学して、政治学の修士号を持っている。
 いわば才女だ。
 付き合いはまだ1年にも満たないが、肝胆相照らす、同志である。

 原稿を書いている半年余りの間、煮詰まるとエリカに頼り、ずいぶん助けられた。
 一方エリカもまた、とんでもない時刻に電話をしてきたりする。
 やはり正直、少したどたどしい日本語で話すのだが、慣れるとなんでもない。
 むしろその喋りをからかうと、ひどく怒る。

 先刻、ある会社のある人物から連絡があり、
「当方でも、あなたの書籍の予約販売をしたいが」とのことだったので、
「そういうことであれば」と、エリカの連絡先を伝えた。
 どういう話になったのか、まあ、そのままでよい。
 エージェントだからこそ、そのあたりをうまくハンドリングしてくれるはずだ。

 するとさっき電話が鳴った。
 私の携帯電話の着信音は、こないだまで、Queenの、It's a beautiful dayにしてあったので、鳴るたびに、
「イツアビュリフデ〜イ!」と景気よく歌ったのだが、ちょっと気分を変えたくて、別の歌にした。
 それが鳴った。
 エリカだった。

「ロゴスの予約、まあまあいい調子のようだわ」
「それは何よりだね」
「でも、望みは高く持ってちょうだいね」
「高い低いの基準が判らないよ」
「それはあなたの感覚の問題だわ。X部長から、予約の部数は聞いているわよね」
「いや」
「あたしのメール、ちっとも読んでいないのね。今朝の10時に送ってるわよ」
「おや失礼」

 なるほど、電話を肩に挟んでMacBookを操作すると、そっけないメールが来ている。
《X部長からの伝言──》

「とにかく、あなたに肝心なのは、慢心しないこと。まずはそこよ。それと、パーティーの件」
「うん」
「読んでないわね?」
「すまん」
「いくつか候補を挙げておいたわ。駄目なところもある。現実問題として、そこは諦めて。でも、あなたはまだ見てないけれど、素敵な場所もあるわよ」
「判った、見ておくよ」
「じゃあね」
「それだけかい?」
「それだけよ。そちらからは何かある?」
「いいや、特には」
「……ひとつだけあったわね。明日のZ新聞の取材、場所と時刻は、伝えたわよね」
「判ってる。17時に、あそこのWカフェだな」
「きちんとした恰好で、髭も剃っていらっしゃいな」
「判ってる」
「じゃあ、おやすみ」

 これまで、古今の小説などで読んだエージェント像と、違うような、似ているような。
 まあ、エリカとはそんな女である。
posted by TAKAGISM at 00:08| Comment(2) | 仕事