日銀総裁・副総裁: 私の提案
林 文夫
2008年3月14日
私は時論は書かないことにしているが,ここ数日の日銀総裁指名騒動のあまりのお粗末さに促されて,思いつくままの感想を公にします。
- 武藤氏の総裁昇格には私も反対。@東大法学部卒,財務省(大蔵省)人で,マーケットの機微を理解し金融政策の影響について筋道がたった議論ができる人は,私の知る限りほぼ皆無だ(例外あり,以下を参照)。私は武藤氏を個人的には知らないが,経歴を見る限り,彼も例外でない。A5年前の彼の日銀副総裁就任も,私は反対だった。日銀を,財務省の天下り先にすべきではない。B彼は,欧米の中央銀行総裁に比べて,低学歴であり,英語力がきわめて劣る。FED議長のバーナンキは経済学Ph.D(前任のグリーンスパンも同様)。FEDの理事,地区連銀総裁にも経済学Ph.D
がずらりと並ぶ。英国銀行のキング総裁も経済学Ph.D。武藤氏は国際会議で彼らに相手にされないだろう。韓国も中国も,現在の中央銀行総裁は,国際会議で英語でスピーチができる。従来型のドメスティックなエリートでは,日銀の総裁は務まらない。
- 日経の社説は,武藤氏の昇格に肯定的だが,その根拠は私には理解できない。財務省に恫喝されるような弱みでもあるのかと勘ぐりたくなる。たしかに欧米で過去に財務省出身の人が中央銀行総裁になった例はあるが,日本とは事情が違う。たとえば
ボルカーFED議長は財務省高官(under-secretary)だったが,もともとは政治経済学の修士であり
London School of Economics で経済学を勉強,最初の職は ニューヨーク連銀のエコノミスト。チェースマンハッタン銀行での勤務経験もある。法学部卒業後国家予算の切った張ったの世界で一生を過ごしたわけではない。
- 民主党の仙谷氏が述べた,武藤昇格反対の理由には,あきれた。@不況のときに金利を下げるのは経済学の常識でしょう。A彼は名目金利と実質金利の区別ができていない。こんなとんでもない人が経済政策を担当するようでは,民主党には政権を任せられないと多くの人が思っただろう。
- 武藤氏にとって不本意な結末だろうが,財務省と日銀から庶民では想像もつかない金額(合計1億数千万?)の退職金がもらえる。普通のサラリーマンなら,引退してボランティア活動でもしようという年齢。どうしても働きたいのなら,財務省・日銀で得た知見を生かすため,自分のコンサル会社「武藤俊郎マクロ経済研究所」を設立し,自分自身の努力で顧客を獲得してもらいたい(日銀がだめなら他で天下りして税金で食おうという,恥ずべき行為はしないように)。
- 伊藤隆敏東大教授・白川方明前日銀理事は副総裁としてベストの人事。民主党が伊藤氏を否決したことは残念。「経済諮問会議の民間委員として格差助長政策を進めたからけしからん」という理由は,聞いてあきれた。インフレターゲットを提唱する伊藤氏は,日銀にとっては嫌な人事だったはずで,副総裁として,伊藤氏が白川氏と政策決定会合で論争をするのを私は楽しみにしていた。中原伸之氏が審議委員だったころとは様変わりで,最近の議事要旨は読む気もしない。白川・伊藤が加われば,政策決定会合も活性化したのに。
- 今回のように,総裁・副総裁人事が国会で国民に見える形で議論されることは,非常な進歩。アメリカでは,FED議長や閣僚人事は,上院の承認がいる。大統領の指名した閣僚候補が上院で否決されたことは,過去に何回もある。否決されるたびに,大統領は怒ってみせるが,同時にさっさと候補者の差し替えを行う。
- では,誰に差し替えたらよいか。私の提案。総裁は,黒田東彦アジア開銀総裁。副総裁は(やや日銀寄りに過ぎるきらいはあるが)植田和男東大教授。黒田氏は,東大法卒・大蔵省という汚点を抱えるが,武藤氏と違い,大蔵省では傍流。オックスフォード大学経済学修士であり,大蔵省の役人にはきわめて珍しく,おおむね筋道が立った議論ができる(しかも英語で)。財務官として,外国為替市場と向かい合った経験もある。植田氏は,日銀の政策委員会の審議委員を長年務めたという意味で実務経験もあるし,もちろん経済理論に精通し,バーナンキ議長やキング総裁とも英語で対等に議論ができそう。