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2008年03月21日(金曜日)付

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米金融危機―公的資金の注入は不可避

 米国の金融危機が深まり、動揺が続いている。世界的な株安、ドル安がいつまで続くのか。世界が不況期に入るのか。深いモヤがたちこめている。

 米国で大手証券ベアー・スターンズが大手銀行JPモルガン・チェースに1株2ドルという破格の安値で救済買収されることになり、深刻さが浮き彫りになった。数日後、連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利を大幅に引き下げた。昨秋からの下げ幅は3%にもなる。

 しかし、この危機は、金利を引き下げるだけでは解決しない。根っこには、住宅バブルが崩壊し、少なからぬ銀行や証券会社が資本不足に陥っている問題があるからだ。そこを改善しない限り、金融機能の麻痺(まひ)は続く。資本を増強する銀行の自助努力では追いつかず、いずれは政府が公的資金を注入して、資本不足を解消することになるだろう。

 ブッシュ政権が公的資金に踏み切らない背景には、バブルに踊った金融機関の経営者は高い報酬を得たのに、それを放置して金融機関を救済することへの世論の反発を恐れている面もあろう。日本の金融危機で公的資金が遅れたのも「銀行特殊論」への反発が一因だった。

 同時に、公的資金でバブルを温存し、将来もっと大きなバブルを発生させることのないよう注意する必要もある。

 とはいえ、もし大手の金融機関が破綻(はたん)したら世界の金融市場が大混乱に陥るので、当局は事前に防止せざるを得ない。ベアー・スターンズの救済では、FRBが異例の特別融資へ踏み切った。すでに連銀資金という公的な資金が、危機回避に使われ始めたといえよう。

 次の焦点は、税金による公的資金を米政府がいつ、どんな方法で出すかだ。10年ほど前に起きた日本での金融危機では、政府や日銀が試行錯誤で数次にわたって公的資金を出したが、不況から脱出するまでには長い時間がかかった。米国でも多くの曲折が予想される。

 バブルによる住宅価格の上昇幅からみると、下落幅はまだ小さい。バブル崩壊は初期段階にあると厳しめに見るべきだろう。米国からの寒風が今後も吹き続けると覚悟しなければなるまい。

 日本の景気について、政府は「踊り場」に入ったと下方修正した。経済のかじ取りは難しさを増している。

 そんな中で、世界第2位の経済のかじ取り役である日銀総裁の空席は、異常といわざるを得ない。

 大量のマネーが国境を越えて自在に動く今、中央銀行のトップ同士は緊密に連絡を取り合い、金融市場の混乱が起きたら瞬時に対処しなければならない。

 世界的なインフレ懸念も台頭しつつあるから、各国が協調して利下げをすることが望ましいとは限らない。それだけに難しい判断を迫られる。

 動揺する世界経済を前に、日本がいまなすべきこと。それは、次の日銀総裁を一日も早く決めることである。

「踏み字」判決―古い捜査と決別の時だ

 「違法であり、常軌を逸したものというほかない」

 鹿児島県議選の選挙違反捜査で起きた「踏み字」と呼ばれる取り調べ方法が、福岡地裁でこう断罪された。

 被告である鹿児島県警の元警部補は、特別公務員暴行陵虐罪で懲役10カ月執行猶予3年の判決を言い渡された。

 「踏み字」は、元警部補がホテル経営の男性を任意で取り調べていた時に起きた。黙秘していた男性の口を開かせようとして、孫や父親の名前とともに「早く正直なじいちゃんになってください」などと書いた紙を置き、足首をつかんで無理やり踏ませた。

 男性は、家族への尊敬や情愛を踏みにじらされたような屈辱感を味わい、人格そのものも否定されるような精神的苦痛を被った。このように判決が厳しく批判したのは当然だ。

 取調官が容疑者に暴行を加えたり、精神的、肉体的に辱めたりすると、7年以下の懲役か禁固の刑を受ける。これまで適用されたのは暴力のケースがほとんどだ。取り調べられる側の精神的な苦痛を重く見た今回の判決の意味は大きい。

 もちろん、鹿児島県警の問題は「踏み字」だけではない。「踏み字」を強要された男性は結局、起訴されなかった。一方、起訴された12人はすべて無罪となった。なんとしても自白を迫って起訴に持ち込むという強引な捜査そのものが批判されたのだ。

 自白頼りの捜査は、ほかの警察でも依然として残っており、警察全体の問題だ。そこで、警察庁は「取り調べ適正化指針」をまとめた。警察内の捜査部門以外の部署が取り調べを監視することなどを盛り込んでいる。

 取り調べの改善は一筋縄では行かないだろう。マニュアル通りにやらせれば、うまくいくというものではない。相手によって取り調べ方法を変えなければならないだろうし、押したり引いたりすることも必要だろう。

 だが、少なくとも、相手の心情を踏みにじったり、侮辱したりする方法では、真実は引き出せない。うその自白によって冤罪を招くことにもなりかねない。

 私たちはこれまで社説で、今回のような事件を繰り返さないためには、取り調べの全過程を録音・録画する制度の導入が欠かせない、と指摘してきた。

 渋っていた警察庁が検察に続き、取り調べの一部の録音・録画の試行に踏み切ることを決めたのは一歩前進だ。

 市民が裁判官とともに裁く裁判員制度では、裁判員の負担を軽くするため集中審理となる。被告が「無理やり自白させられた」と否認に転じた場合、今までのように自白調書が信用できるか、長々と審理するわけにはいかない。そんなときに、取り調べ録画は判断材料にもなる。

 裁判員開始まであと1年。旧来の捜査手法と決別して新たな方法をつくり出すために、残された時間はあまりない。

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