ケチになるのも仕方ない?〜『牛丼一杯の儲けは9円』
坂口孝則著(評:朝山実)
幻冬舎新書、720円(税別)
2時間00分
いつも豆を買う焙煎コーヒーの店の袋が、アルミパックから透明のものになった。
「替えたんですね、袋」
豆が透けて見える袋も洒落ていた。なにげなく言ったワタシの言葉に、マスターは悪さを見つけられた子供のように頭をかいた。アルミパックと透明のものとでは、単価にして1円の開きがあるらしい。
「うちもねぇ、前のがいいのはわかっているんですけどね」
豆の仕入れ値が高騰したぶんを販売価格にスライドさせるわけにもいかず、苦肉の策らしい。1円ではあるが、1000袋まとまれば1000円の差額。必要不可欠なものだけにバカにはできない。ほかにも、配送の箱が20円安いところを探しあてたとか、マスターがコストダウンのあれこれについて話しはじめたらとまらなくなってしまった。
前置きはこのくらいにして、本題だ。牛肉にタマネギ、タレにご飯。お茶・割り箸・紅生姜などを合わせた牛丼チェーンの、一杯あたりの原価は〆て175.4円。それにバイトの人件費、家賃、光熱費などの諸経費を合わせ、牛丼一杯を便宜上350円として引き算してみると、儲けは、9.5円の試算になる。
本書のタイトルはここから生まれることになるわけだが、具体的に松屋の2007年度決算の営業利益率2.63%を350円に掛け算すると、一杯あたり9.2円の利益となる。同じく吉野家の3.51%で計算してみると、12.3円の利益。店にはほかのサイドメニューも揃っていることから、おおまかなシミュレーションとしては牛丼一杯の利益は9円前後と推量されるという。
一杯売って利益は、9円。たったこれだけなのかと驚くか、そんなもんだろうなと納得するか。
ほかにも、3万円のブランドもののバッグ1個を売ったとして百貨店の利益は600円にしかならないとか。口紅の製造原価は10%以下。宣伝と販売に要するコストが大きく、5000円のものでも350円の利益しかあげられないなど、商品1個に占める利益と仕入れとの関係を検証してみせる。
ここから「仕入れによって、儲ける」という論も生まれてくることになる。
花形は販売からバイヤーへ
たとえば1店舗で、1日500杯を販売する牛丼チェーン店の仕入れを本部が一括ですると、原価を1円下げるだけでも利益は大幅に変わる。
「儲かっている企業には、それぞれ多様な仕入れの工夫があり、儲かっていない企業の仕入れはどこも似通っている」とは、著者がトルストイの小説の一節を模した言葉だ。
これまで企業の花形は販売の側にあった。マーケティングの戦略を説いた本などは一般の人にも読まれてきた。一方で、仕入れを担当するバイヤーは陰に置かれてきた感がある。
しかし、どっこい企業の心臓部を担うのは自分たちなのだという自負が、著者たちバイヤーにはある。モノが売れない時代になれば尚のこと。だからこそ、本書も生まれた。
バイヤーは日夜どんな工夫をしているのか。熾烈な値引き合戦を展開する家電量販店を例にあげている。
販売価格30万円の大型テレビの卸価格を仮に23万円とする。人件費・光熱費などの諸経費が販売価格の20%で6万円。残った1万円が利益となる。30万円に、ヤマダ電機やビックカメラの2007年3月期決算の営業利益率を掛け合わせると、ほぼ1万円近くの数字になる。
〈どうやら、家電量販店の店員と交渉するときによく出てくる「これがギリギリですよ」という逃げ口上はあながち嘘ではない気がしてきます。(中略)では、家電量販店はどのようにして、お客さんから取れない状況で利益を増やそうとしているのでしょうか?〉
答えは、もちろん仕入れにある。ひとつは、仕入れ先に値引きさせる。そのための交渉術がバイヤーの腕の見せ所であろうが、伝聞止まりで、突っ込んだ手練手管のやりとりまでは明かされていないのはすこし残念なところだ。
かわりに、こんな裏技が。
〈それは、500台しか売れないとわかっていても、値引きしてくれるなら1000台仕入れるのです〉
500台なら20万円のテレビを、1000台まとめて仕入れることで、18万円にする。では、余分の500台はどうするか?