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Business Media 誠
連載
2008年03月19日 12時42分 更新

神尾寿の時事日想:

単なるパクリなのか? ドコモの「仮処分申請」

酷似した携帯をソフトバンクモバイルと東芝が売り出したとして、製造・販売の差し止めを求める仮処分を申し立てたNTTドコモと東芝。“そっくり携帯”に待ったをかけたいドコモと富士通だが、これが通ればユーザーの不利益につながるはずだ。

 3月17日、NTTドコモと富士通が、東芝が開発し、ソフトバンクモバイルが販売している“かんたん携帯”「821T」の製造・販売等の差し止めを求める仮処分命令の申し立てを、東京地方裁判所に行ったと発表した。これはドコモが販売する富士通製の「らくらくホンシリーズ」と、ソフトバンクモバイルが販売する東芝製の「821T」が酷似していることに端を発している。

 ドコモのらくらくホンといえば、シルバー層向け携帯電話の代名詞ともいえる存在であり、地味ながら「累計1200万台を達成するヒット商品」(富士通 モバイルフォン事業本部副部長の大谷信雄氏)である。

“詰めがあまい”ドコモの主張

 「両方ともらくらくホンだとは思わないだろうか、というのが発端。3つのショートカットキーや十字型のカーソルキーなどが酷似している」(NTTドコモ 執行役員 プロダクト&サービス本部 プロダクト部長の永田清人氏)

 記者会見で、ドコモ側は繰り返し主張した。特にドコモと富士通が似通っていると主張するのが、先代のFOMAらくらくホン IIIとソフトバンクモバイルの821Tだ。確かにシンボリックな部分である3のショートカットボタン、十字型カーソルキーから受ける印象は“兄弟機”といわれても違和感はない。また、操作メニューを3項目に簡略化した表示手法なども両機はそっくりだ。

 「問題は個々の部分ではなく、それらの“組み合わせ”が酷似しているということ。(デザインやUIが)“どういう印象をお客さんに与えているか”だと思っている」(永田氏)

 しかし、携帯電話に限らず多くの機器が、ターゲット層にとって使いやすいUIを考えていけば、基本的な操作体系やデザインが似通うことはよくあることだ。UIにはトレンドがあり、急速に普遍化していく。例えば、クルマの運転席で考えれば、ハンドル・アクセル・ブレーキといった古典的操作体系が普遍化しているのはもちろん、ハンドル横の補助的なシフトスイッチ「パドルシフト」や、エンジンの始動・停止を行う「イグニッションボタン」の位置や操作体系、BMWのiDriveに端を発した「マルチメディアコントローラー」など、目新しいUIも1〜2年程度で広がり普遍化してしまう。ユーザーが受け入れたUIのトレンドは、メーカーの垣根を越えて一気に伝播するのだ。さらに個々のデバイスやソフトウェアには特許権や意匠権があっても、UIの“組み合わせ”や“操作体系そのもの”が係争の火種になることはまずない。なぜなら“似通ったUIが広まる”ことはユーザーにとってメリットが大きく、それが共通のリテラシーとして普遍化すれば、その分野を切り引いた先発メーカーにとっても有利だからだ。

 だが、ドコモはあくまで「らくらくホンのUIは競争領域にあるもの。普遍的な(UIにあたる)ものではない」(永田氏)と強調している。しかし、今回のケースでは、ドコモ・富士通側の論拠は弱く感じられる。

 まず、今回の仮処分命令の申し立てに関して、ドコモ及び富士通は「特許権や意匠権など登録された権利に基づく請求ではない」(ドコモ法務部)としている。なぜ、登録していなかったのか、という記者の質問に関してドコモ側が返答に窮する場面もあった。Appleの「iPhone」ではタッチパネルなどハードウェアやソフトウェアに複数の特許が登録されており、同製品の売りものであるUIの“新規性”や“ノウハウ”を保護している。ドコモが「らくらくホンのUIは競争領域」だと主張するのならば、それを保護する権利的な予防線が張られているべきであり、仮処分命令の申し立てもそれに基づく明確かつ公明正大な主張であるべきだ。それができないとすれば、ドコモと富士通の不手際と言えるのではないだろうか。

 さらにドコモと富士通は「今回の不正競争防止法でやっているのは、与えるイメージの話」(永田氏)だとしている。しかし、その一方で、「お客様から(両機を混同したという)問い合わせやクレーム、店頭での混乱などが確認されたわけではない」(永田氏)という。商品イメージの酷似が不正競争にあたるとするならば、ソフトバンクモバイルの821T発表直後に申し立てをするか、そうでなければ実際に起きた消費者・店頭での混乱を論拠に申し立てをすべきではないか。今回の仮処分命令の申し立てについては、そのタイミングも含めて、違和感と詰めのあまさを感じる。

821Tを「単なるパクリ」と言えるのだろうか

 むろん、ドコモと富士通の姿勢や法的手続きに疑問があるとしても、らくらくホンと821Tが“似ている”のは事実である。821Tはらくらくホンをモチーフとして作られており、開発チームにはかつて富士通でらくらくホン開発に携わった開発者も在籍していた。これはソフトバンクモバイルが、記者会見などで明かしていて、周知の事実である。いわば、らくらくホンを引用し改良したのが821Tで、基本的な操作体系が酷似しているのは当然といえる。

 だが、実際に使ってみると、821Tにはらくらくホンを単純に真似ただけでなく、独自のアイディアで改良した部分が随所にある。押しやすさを追求したドーム型のボタンや、らくらくホンよりも絞り込まれた機能、さらにFlashコンテンツによるチュートリアルなどは、本家と異なるオリジナルの部分だ。キーの数も、らくらくホンより少なくなるよう厳選されている。このような差異性や独自改良点に目を向ければ、ドコモが繰り返し主張する「酷似」という表現は少し大げさだ。外観が似た類似の商品ではあるが、821Tには本家らくらくホンを超えようという努力の跡が随所にある。これは“単なるパクリ”とは思えない、というのが筆者の正直な感想である。

ドコモの主張が通れば業界には悪影響!?

 冒頭でも述べたとおり、らくらくホンシリーズはドコモと富士通にとって重要なドル箱だ。その競合製品が登場し、それが「らくらくホンをモチーフに改良した」類似商品となれば、製造・販売を差し止めたいという心情は分かる。だが、今回のドコモ・富士通の主張はかなり乱暴であり、携帯電話業界の技術革新やユーザーの利益を鑑みると、むしろマイナスの方が多い。

 特に問題なのは、ドコモ・富士通側が不正競争にあたるとする“ファウルライン”を明示せず、特許権や意匠権といった明確な権利にも基づいていないことだ。「全体の印象が酷似している」「消費者が混同して選ぶかもしれない」という曖昧な主張が通れば、ほかのキャリアやメーカーの製品を分析し、その上に独自改良を積み上げるということができなくなる。後発メーカーからすれば、地雷原を歩かされるようなものだ。疑心暗鬼が技術革新を萎縮させる可能性は大いにある。

 また、ドコモと富士通が主張する「外観上の酷似」がダメとなれば、今後のUI改良において余計な要素を絞り込む“マイナスのデザイン”が取りにくくなる。いみじくも今回の一件で分かったとおり、シンプルで使いやすいUIは、その理想型に近づけるほど外観上の特徴が似てしまうのだ。今回のドコモ・富士通の主張が認められるのならば、今後のUI開発において他社との外観上の酷似を避けるためだけに、余計な要素の追加や操作体系の変更をしなければならなくなる。係争を避けるために、本来の使いやすさとは外れる形にUIをデザインしなければならなくなるとすれば、それはユーザーの不利益になる。

 筆者が残念なのは、ドコモと富士通に市場の活性化やユーザーの利益を考える度量がなかったことだ。らくらくホンは紛れもなくシルバー向け市場のデファクトスタンダード(事実上の標準)であり、それが認められたからこそ、同機をモチーフにして改良が加えられた821Tが登場した。それをこの分野における「認知と賞賛」だと受け止めて、後発メーカー以上によい製品で勝負するという“本家の気概”をなぜ持てないのか。

 特にドコモは日本の携帯電話業界を牽引する企業として、市場全体の技術革新に大きな責任がある。そのドコモが「イメージが酷似している」という曖昧さの残る論拠で法的手段に訴えて、今後の技術革新や市場の活性化に水を差すのは得策ではない。特にUIは、互いに模倣しつつ切磋琢磨し、ユーザーにとってよいものを築いていくべき領域だ。ドコモは中長期的な視野に立ち、ユーザーの利益と業界の発展を考えた行動を取ってほしいと思う。

[神尾寿,Business Media 誠]

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