直線上に配置
  隣接する二つの駅
                          
    鹿児島本線で門司方面から行くと、博多につく三つ手前に香椎(かしい)
  という小さな駅がある。この駅をおりて山の方に行くと、もとの官幣大社
  香椎宮(かしいのみや)、海の方に行くと博多湾を見渡す海岸に出る。
  前面には「海の中道(なかみち)」が帯のように伸びて、その端に志賀島
  (しかのしま)の山が海に浮び、その左の方には残(のこ)の島がかすむ
  眺望のきれいなところである。

 これは、松本清張の小説『点と線』の一節である。平成11年2月末、福岡へ出張に行くことになった私は、旅程を立てようと時刻表の索引地図に見入っていた。すると、博多の少し東にある香椎という駅名が、偶然にも目に入ってきた。聞き覚えのあるこの駅名が、『点と線』で殺人現場となった場所だと、すぐに思い出した。どうせなら、この機会にその小説に描かれた地を訪ねてみたいと思った。小説が書かれたのは昭和32年であるから、その頃とはすっかりと変貌を遂げているかもしれないが、それは時間(とき)の流れだから仕方のないことだろう。もとより香椎へはまだ足を踏み入れたことがないので、とにかく行ってみることにした。

JR 博多駅

 福岡での仕事は月曜日からだったので、その前日の日曜日朝早く羽田を飛び発ち、香椎へ向かった。福岡空港から地下鉄で博多へ出て、博多駅からJR鹿児島本線の下り電車に乗り10分ほどで香椎駅に着いた。JR香椎駅から小説に出てくる鳥飼刑事になったつもりで西鉄香椎駅の方へ歩いてみたが、思ったよりも近かったので少し拍子抜けした。というのは、小説では距離500m、歩いて6、7分と書かれていたのに、ゆっくり歩いても2分ほどしかかからなかったからである。距離も200mくらいである。後で調べてわかったが、駅は当時と同じ位置にあり移動していないということなので、どうやら、このあたりは小説では事実を正確に描いていないと言えよう。もっとも500mであれ、200mであれ、筋書きが変わってしまうわけではなく、あくまでも小説なのだから、このことにこだわることはないのだろう。あるいは、徹底した取材で知られた清張さんのことであるから、これには隠された意味があるのかもしれない。

JR 香椎駅



西鉄 香椎駅

 更に西鉄香椎駅から商店街を西へ抜けて、海岸を目指した。こちらは小説では「歩いて10分ばかり」とあるが、実際には15分ほどかかった。しかし、これは現在では高速道路が通じ、高架の下の迂回路を潜り抜けなければならなくなったためである。当然ながら昭和32年当時には、九州はもちろん本州にもまだ高速道路はなかった。

 こうして、『点と線』の舞台に来て、二つの香椎駅を結ぶ商店街、遥か残の島、志賀島を望める浜などを歩いた。当時のことを知らないわたしも昔の面影を思い浮かべることができ、より一層小説の深みが感じられるようになった。時間(とき)の流れを感じつつも、心は42年前にタイムスリップしたひとときを満喫できた。

香椎浜

 ところで、JR香椎駅と西鉄香椎駅はわずか200mとはいえ、連絡しない別々の駅である。これが高尾駅(東京都八王子市、JR中央線/京王線)や鎌倉駅(神奈川県鎌倉市、JR横須賀線/江の島電鉄)のような同一構内駅だったら、果たして『点と線』の殺人の舞台は香椎であっただろうか。二組の男女が別々の路線を経由し、異なる最寄り駅で降りて香椎の浜に入ったから、ストーリーが成り立っている。このことからすると、二つの駅の離れた位置関係が、名作『点と線』を生み出したと言っても過言ではあるまい。

 東京都清瀬市にある秋津駅(西武池袋線)と同東村山市にある新秋津駅(JR武蔵野線)も、やはり連絡しない隣接駅である。直線距離にすれば300mほどであるが、両駅を結ぶ実存する道路の距離は500m弱である。その道路の両側には商店が軒を連ね、商店街を形成している。二つの駅の乗降客が絶えず行き来し、どの商店も賑わいを見せ、それが町に活気をみなぎらせている。

 数年前、台風でJR武蔵野線の新秋津駅以南が寸断された時、二つの駅を最短距離で結ぶ連絡路建設の話が持ち上がった。しかし、結局、地元商店街などの反対で実現しなかった。たとえ、わたしが両駅の利用者の立場にあったとしても、連絡路が建設されなかったことは良かったと思う。連絡路ができれば、利用者の毎日の通勤時間が5分ないし10分短縮されただろうが、その反面、商店街への人の行き来が滞り、やがて町の活気が消え失せていくことになったかもしれないからだ。

 各地で進められている町の再開発で、生活する人々の利便が尊重されるのはもっともであるが、やはり昔からあるものの良さをも残すように配慮してほしいものだ。人の居住性に主眼を置きつつも、趣や歴史といった観点にも着目した町づくりが望ましい。そして、文学に限らず、名作の舞台は、何らかの形で残されていくことを期待したい。
                                                                             (99.3)

  (参考・福岡市内の駅について)

  JR 香椎駅:福岡県福岡市東区香椎駅前1丁目。明治23(1890)年開業。
            昭和63(1988)年、香椎線に香椎神宮駅が開業するまでは、
            香椎宮の下車駅であった。現在では市街地化が進み福岡
            東の副都心の玄関としての顔を持つ。駅舎は平成8(1996)
            年に各種のテナントが入った「フレスタ香椎」という4階建て
            の駅ビルに立て替えられた。
         
  西鉄 香椎駅:福岡県福岡市東区香椎駅前2丁目。昭和28(1953)年
            開業。JRの香椎駅に比べると、ひっそりとしていて、昔な
            がらの駅という感じがする。それでも、朝夕は通勤・通学
            客でごったがえす。

  JR 博多駅:福岡県福岡市博多区博多駅中央街。明治22(1889)年開業。
            昭和38(1963)年までは現在よりも600m海寄りにあった。福岡
            市内にあるJRの駅の中で最大規模の駅。JR九州の特急列車
           網の要であり、山陽新幹線の終点でもある。県庁所在地名と
            同じ名前のJR駅が県内に無いというのは沖縄と福岡の二つだ
            け。ただし、西鉄には「西鉄福岡(天神)」という駅があるし、
            JR九州にも「南福岡」の駅がある。ちなみに正真正銘の
            「福岡駅」は北陸本線の富山県内にある。
 
  西鉄 福岡駅:福岡県福岡市中央区天神2丁目。大正13(1924)年開業。
            昭和35(1960)年に高架駅に。平成7(1995)年夏、500m南下
            して現在の位置に。駅ビルのソラリアステージビル、ソラリア
           ターミナルビルは平成11(1999)年春に完成。
西鉄 福岡駅


直線上に配置


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