【北京・浦松丈二】中国チベット自治区ラサの暴動が各地に広がったことで、中国政府は北京五輪に向け、イスラム系少数民族の分離・独立を抱える新疆ウイグル自治区など他民族に飛び火することを懸念している。
「北京五輪の聖火ランナーとして新疆ウイグル自治区を走ることになったが、五輪を失敗させようとするイスラム過激派から狙われないだろうか」。聖火ランナーに選ばれた中国大手家電の社員が不安をもらした。
昨年11月、新疆ウイグル自治区の地裁で、急進派独立組織「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)メンバー3人が武器を所持していた罪などで死刑判決を言い渡された。中国政府は近年、チベット族よりもウイグル族の動向を警戒してきた。01年9月の米同時多発テロ後、ETIMは中国政府だけでなく米国からも「テロ組織」に認定されており、米国議会など欧米社会に支持基盤を持つチベット族とは事情が異なる。しかし、国際社会が注目する北京五輪が民族の主張をアピールする舞台になることでは同じだろう。
台湾紙「中国時報」などによると、中国公安省は昨年4月に五輪参加者の「背景審査」を厳格に行うよう内部通達を出した。通達は少数民族の独立勢力や気功集団「法輪功」など11類43種に入る人物の大会参加を禁じているという。
しかし、広大な中国全土を継いで走る聖火ランナーや競技施設、交通機関など五輪関連の警備対象は多岐にわたる。今月22日の台湾総統選挙や民主化を求める学生らを武力鎮圧した89年6月4日の天安門事件など注目される記念日もある。
中国国営・新華社通信は17日、ラサ暴動の背景記事で「昨年、欧州を訪問したダライ(ラマ14世)は『08年は鍵となる年だ。五輪はチベット人にとって最後のチャンスとなるかもしれない』とチベット問題と五輪を結び付けるよう呼びかけた」と批判した。中国当局は五輪本番まで内外の「不満分子」との神経戦を強いられそうだ。
◇経済発展で融和手法行き詰まり
中国には55の少数民族が存在しているが、人口は合わせても1億643万人(00年統計)で、全体の8・41%に過ぎない。9割以上を占める漢族との摩擦を回避し、民族融和を進めるため、中国政府は経済発展を最重要課題としてきたが、チベット自治区での暴動は、そうした手法の行き詰まりを示している。
少数民族の居住地は国境地帯が多く、中国政府は国防上の観点から分離・独立運動を厳しく取り締まってきた。天然ガスや希少金属など豊富な資源が埋蔵されていることも少数民族地域を重視する要因とみられる。中国政府は各自治区の実権を握りながら、地域振興と独立運動の取り締まりという「アメとムチ」を使い分けてきた。
積極的な外資導入で経済発展を遂げた沿海部と、少数民族地域の多い内陸部との格差が広がると、中国政府は00年に「西部大開発」戦略を掲げた。
代表的なプロジェクトが、総工費約331億元(約4600億円)を投じた青蔵鉄道(ゴルムド-ラサ)だ。06年7月の開通以来、同自治区は観光ブームに沸いた。その他の振興策も呼び水となり、昨年の域内総生産は342億元と02年から倍増、7年連続で12%の成長率を維持した。
北京で開かれている全国人民代表大会で、同自治区代表団は今月5日、「発展と安定は歴史上で最良の時期」との認識で一致した。翌6日には、89年の暴動で戒厳令を敷いた時の自治区トップだった胡錦濤国家主席が自治区代表団との会合で、「民生を改善し、民族工作を強めて全力で社会の安定を守るように」と呼びかけた。
しかし、経済発展の恩恵は漢族資本に集中し、チベット族は発展から取り残されているとも指摘されている。一部の既得権益者に富が集中する構図は中国全土に共通しているが、少数民族地域では漢族と他の民族との格差拡大につながる。
ラサを中心に進む漢族化へのチベット族の反発も根強い。同じように海外の独立支援組織があるウイグル族も共通する問題に直面しており、両地域にくすぶる不満は独立派を勢いづかせる素地となっている。【成沢健一】
毎日新聞 2008年3月18日 東京朝刊