現在位置:asahi.com>社説 社説2008年03月18日(火曜日)付 イラク戦争5年―大失敗をどう克服するかイラク戦争が始まって5年がたとうというのに、この歴史的な大失敗をまだ正当化しようとする人々がいる。 ブッシュ米大統領は1月の一般教書演説でこう述べた。 「大規模なテロは減った。イラクにはまだ多くの課題があるが、和解が始まっている。イラク人の未来は彼ら自身の手中にある」 昨春以降、約3万人の米軍部隊が増派されて、イラク国内でのテロ事件などが減少している。そんな統計が米政府から明らかにされている。 ●イラクの死者15万人 だが、それをもってこの戦争が好転してきた、やはり米国のイラク攻撃は誤りではなかった、と言うのは無理がある。 米軍兵士の死者は約4千人。イラク市民の死者は昨年6月までに15万人に達したはず、と世界保健機関(WHO)が推計結果を発表した。いま、それが何人に増えていることだろう。 「家を出発して1時間後には涙が止まった。ビルや家々は崩れ、煙が立ちこめている。……そんな光景を見て、自分はまだ運が良かったと気づいた」 イラク人少女の英文ブログ「バグダッド・バーニング(燃えるバグダッド)」にこんな一節がある。彼女は昨年、家族とともにシリアに避難した。首都を脱出した時の思いをつづったものだ。 命からがらイラクを後にした難民は200万人を超える。国内の避難民がさらに200万人いる。 こうした人々にとって、ブッシュ大統領の演説は、まるで違う惑星の出来事に聞こえたのではないか。 米軍は治安回復のために危険なかけに出た。反米的な地域のスンニ派に武器と資金を与え、国際テロ組織のアルカイダ系勢力と戦わせる方式を編み出したのだ。米軍の犠牲は最小限にできるし、事情に通じた地元の住民なら攻撃も効果的だろう。 ●「敵」を間違えた しかし、それで一時的に治安が回復したとしても、その武器は将来の宗派対立に使われ、犠牲者を生んでいくのではないか。現地事情に詳しい専門家の間ではそう懸念する声が高まっている。 失敗はイラク国内だけではない。9・11同時テロ直後にイスラム原理主義のタリバーン政権を倒したアフガニスタン。イラクに足をとられているうちにタリバーンが勢いを取り戻し、治安情勢が逆戻りしつつある。 それと連動するように隣のパキスタンの政情がおかしくなり、ブット元首相の暗殺まで起きた。米国の「テロとの戦い」を支えたムシャラフ大統領は、退陣寸前の窮地に立たされている。 パレスチナ和平はさらに混迷を深め、トルコ軍はイラク北部のクルド人地域を攻撃した。イランの議会選挙では反米保守強硬派のアフマディネジャド大統領系が圧勝した。 もともと危機の種の多い地域ではあった。だからこそ慎重に対応しなければならなかったのに、イラク攻撃以来の5年間でいまや手におえなくなっているのが実情ではないのか。反米機運は中東全域で勢いを増している。 かつてブッシュ氏が掲げた開戦理由はすでに幻だ。「大量破壊兵器」は偽りだったし、「中東の民主化」のお題目は色あせ、ほとんど語られなくなった。 米国でブッシュ氏の人気はさんざんだ。戦争に部隊を派遣した国々でも、総選挙や支持率の低下で政権から追われた首脳は少なくない。 ここまで傷口を広げてしまった最大の理由は、米国が「敵」を間違えたことではなかったか。本来ならアラブ・イスラム世界の支持を得つつ、国際テロ組織アルカイダを孤立させ、追いつめなければならなかった。 なのに、アルカイダとは関係のなかった旧フセイン体制を相手に、説得力を欠く戦争を起こしたことで、国際社会を分裂させ、穏健なイスラム教徒まで敵に回してしまった。 ●米国の消耗が心配だ イラク戦争に反対した独仏も含め、国際社会には苦い思いが残る。部隊は送らなくても、米国との同盟重視でブッシュ流「テロとの戦い」にさまざまな形で参画した国は少なくない。戦線は際限なく広がり、国連も力を発揮できなかった。戦争を支持した日本にもその責任の一端があるはずだ。 この混迷をただすのに特効薬はありそうにない。米軍の大部隊が駐留したままでは反米テロはおさまらない。だが、現地が安定しないままでの撤退は、内戦の引き金になりかねない。文字通りのジレンマである。 心配なのは、イラクの収拾が長引くほどに米国自身が消耗していくことだ。軍事力だけではない。経済力や外交力、ソフトパワーを含めて、世界を引っ張る米国の指導力が失われていく。北朝鮮の核問題を抱える日本にとっても、唯一の同盟国である米国の衰えは好ましくない。 米国は、この大失敗から立ち直り、抜け出す道を見つけなければならない。今秋の大統領選挙での論戦がそのきっかけになることを期待したい。それには「敵」を間違えた誤りを直視し、何を本当の標的とすべきなのか、もう一度とらえ直すことから始めるべきだ。 国際社会も、国際テロを封じ込めるために各国が協調できる仕組みを再構築しなければならない。容易なことではないが、アラブ・イスラム世界に広がる米国や西側世界への敵意と不信を解く努力が必要だ。日本もそのために何が貢献できるか、真剣に考えたい。
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