京都産業大学法科大学院2年生の松永勝彦さん。
30歳の今も弁護士を目指し、勉強漬けの日々を送っています。
<松永勝彦さん>
「30歳以降となると再就職とか、仮に挫折したとしたら、当然難しくなるという面があって、勇気がいりました」
実は松永さんは、3年前まで兵庫県警の警察官でした。
交番勤務をしているうち、弁護士の仕事に魅力を感じ、警察官をやめましたが、「安定した生活」を捨てるほどの決意を後押ししたのは、国の司法改革でした。
国は6年前、「国民に身近な司法を」と弁護士の大幅増員を決めました。
去年の合格者は20年前の4倍。2年後以降は年間3,000人にする予定で、以前より広き門となりました。
さらに、法科大学院を修了すれば、合格率およそ70パーセントとまでいわれていたのです。
<松永勝彦さん>
「私自身もともと教育学部の出身なので、まったくの他学部だったんですけど、新司法試験の改革時期で、合格枠も増えて、幸い他学部からも積極的にとってくれるという政策だったので、是非是非目指していこうかと」
松永さんは勉強に専念するため、妻と2人の子どもを兵庫県の家に残し、一人暮らしをしています。
夕食はだいたいがコンビニ弁当。たったひとりの食事です。
<松永勝彦さん>
「寂しいですね。“絶対通らないとまずい”という、いい意味のプレッシャーがある」
家族の生活は妻の収入に頼り、借りた奨学金は500万円を超えました。
共同シャワーに共同トイレの6畳一間。
家賃1万7,000円の激安物件ともなれば、部屋の外の廊下には、鳥が巣まで作る始末です。
<松永勝彦さん>
「何より妻を楽にしてあげたいというのはあります。とにかく経済的にも苦労をかけているんだろうと思うので」
まさに「人生の賭け」に出た松永さん。
しかし、よりどころだった弁護士増員について、国は突然方針転換を打ち出したのです。
<鳩山邦夫法相・08年1月25日の会見>
「やはり3,000人では多すぎるのではないかという観点で、見直すべきと」
国が打ち出したは司法試験合格者数の見直し。
理由は弁護士増員の影響で起きた新人弁護士の就職難です。
今年は弁護士登録2,200人に対し、事務所からの求人は現在1,400人しかありません。(日弁連調べ)
さらに、合格者の知識不足も指摘され始めているためです。
<鳩山邦夫法相>
「そりゃ門戸を広げて、誰にもなりやすいようにしようという考えは、完全に誤っています。日本はそもそも持っている文明が和をなす文明であって、訴訟文化ではない」
これまで国の改革に歩調をあわせてきた弁護士会も、会員の弁護士からの反発が強く、見直しを主張しはじめました。
<次期日弁連会長・宮崎誠弁護士>
「数年前に思い描いていた法的ニーズやさまざまなシステムが、予想と違っている面も出てきているのではないか」
そもそも法科大学院は司法改革の目玉のはずでした。
修了すれば、司法試験の受験資格が得られますが、費用は、500万円から1,000万円ほどかかります。
さらに当初、70パーセントといわれた合格率も、フタをあけて見れば50パーセント以下(’06年…48パーセント、’07…40パーセント)、もともと法律の知識がなくスタートした人は、32.3パーセントしか合格できていません。
このため、ここに来ての合格者数の見直しは、制度を信じた受験生をさらに追い詰めています。
<松永勝彦さん>
「見直しの時期がいつかは来るだろうとは思っていたが、正直“早いな”という実感」
動揺は怒りにもかわっています。
<大道一馬さん>
「六法だけでも6,000円。学費も全部含めたら650万〜700万円かかってる」
関西大学の大道一馬さん(25)も同じです。
4年前、薬剤師の道を捨て、法科大学院に入学しました。
家族で受験の話は、あまりしませんが、ときには愚痴をこぼします。
<母親>
「大変な道やったねー」
<大道一馬さん>
「(合格率)7割じゃなかったら入らなかった。そりゃ入るわけないやん。誰が20パーセントで入るねん」
<父>
「そりゃそやな」
<大道一馬さん>
「20パーセント台やったら、そりゃ入らん」
<母・のり子さん>
「この子がどういう風に道を開けていくのか、先のことを考えるとちょっと不安」
3年間、法律漬けの大道さん。
度重なる情報と現実のギャップにイライラが増しています。
<大道一馬さん>
「“聞いてないよ”“話が違うじゃないか」と僕のみならずみんな思ったと思う。口悪いかも知れないが“国家的な詐欺だ”という人もいる」
危機感を募らせているのは受験生だけではありません。
多額の投資をした大学側です。
大阪学院大学は、既存の建物ながら、3フロア・2,500平方メートルを全面改装し、最新設備を整えました。
仕事を続けながら、夜間でも授業を受けられることが最大のウリです。
校内には、法廷での雰囲気を味わえるよう、模擬法廷も備えています。
<大阪学院大学・南川諦弘課長>
「奈良地裁の法廷と同じサイズで作っています。お金はかかってますね」
(Q.投資分の回収はできている?)
「できてません。できる訳がないと思います。エンドレスに回収は難しいと思います」
(Q.それでも法科大学院をやるメリットは?)
「大学のイメージのため」
法科大学院を備え、一人でも多くの司法試験合格者を生み出せば、イメージアップにつながると、各大学は採算度外視で投資しています。
今回の見直しで、学生の獲得競争が激しくなり、経営に深刻なダメージを与える恐れがあるといいます。
<大阪学院大学・南川諦弘課長>
「(学生が)どこの法科大学院に進学するかを考えた時、どれだけの合格者を出しているかというのをまず見る。中低位校(合格者が少ない)と言われるところは、合格定員が減らされれば、志願者が集まらないということで、つぶれていくと」
かねてから改革の行く末が危ぶまれていた司法改革。
これほど早くほころびが出て来た背景には、ある誤算があったといいます。
<日本弁護士連合会・村上文男副会長>
「“企業”がたくさんの弁護士を雇うんじゃないかと期待していた。最近アンケートを採ると、企業は“ほとんど雇わない”ということになったんですよ。“それは違うでしょ”と。前からニーズがどれだけあるか、国が調べてくれればよかったんですが、そんなことなしに、3,000人というのが打ち出されたと私たちは理解しています」
時代に適した法曹を目指し、戦後始めて改革された司法制度。
しかし、見込みの甘さが生んだ地盤のゆるさが、早くも表面化しています。
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