誰が星を盗んだの?

hair line

 「トルコの天文学者」が B612 を発見した話はご存じですよね?【もちろん実話ではありません。Le Petit Prince の世界の話です。】
 天文学者が覗く望遠鏡の先には星が一つあるのに、旧来のガリマール版ではそれが消えてしまっているのはもうご存じのことと思います。この星、いつどこで消えたのでしょう?

 1945年発行のガリマール初版では、もうこの星は消えています。素直に考えれば、ガリマール社が版を起こすときに誤って消してしまったと判断するのが普通でしょう。でも、「そうかな?」と考えさせられる事情もあります。

Der kleine Prinz
 ドイツ語版初版(1950年)の挿絵です。この出版社はガリマール社から版権を買い、翻訳に用いたテキストも挿絵も、ガリマール版を底本としています。夕陽を眺める回数は43回ですし、挿絵もまったくガリマール版そのものです。ただひとつガリマール版にないものは、この「望遠鏡の星」なのです。

Der kleine Prinz
 同じ出版社が後になって出した小型本です。判形が小さいのに挿絵を縮小しない方針を取ったため、星は次のページにずれ込みました。それほどまでにしてこの星を残したのは、この挿絵中での「星」の重要性が判っていたからなのでしょう。この底本ももちろんガリマール版です。

 スイスで発行されたドイツ語版にもこの星は残っています。ドイツで発行された図と本文をそのまま借用したからでしょう。


 さて、そうなると「一体この星はいつどこで消えたのか」が大問題となります。ドイツ語版がガリマール版を底本としたことは間違いありません。それなのに、この星一つだけがガリマール版と異なるのです。Karl Rauch Verlag 社がアメリカ版または英国版を参照して間違いに気づき、星を加えたと考えることも出来ます。でも、それだったら、でたらめといってよい他の間違いや本文中の誤りにはなぜ目を瞑ったのでしょう? ドイツ人らしくありません。

 私は、Karl Rauch Verlag 社が Gallimard 社から供与された(Gallimard 社の)原画には、星があったのだと考えています。ドイツ語版はそれを忠実に再現して作られたのだと思われます。
 それならば、なぜ Gallimard 版には「星」がないのでしょう? 「編集者が削った」 それが私の推測です。
 「ホンモノとニセモノ? 2系列の挿絵」で述べたょうに、ガリマール社はサンテックスが描いた原画を手に入れられず、レイナルヒチコック社の The Little Prince または Le Petit Prince をもとに、挿絵を模写して印刷原版を作りました。この模写職人は救いようがないほどヘタクソでしたが、描かれているものを見落とすほどいいかげんではなかったようです。望遠鏡の先に星があることは、しっかリと見て取り、それをチャンと描き込んだのだと私は信じています。
 ガリマール版はレイナルヒチコック版より横幅が狭かったので、挿絵は縮小するか、一部を切り落とすかしてそれぞれのページ内に押し込みました。「望遠鏡」では星が切り落とされたのです。そう考えないと、ガリマール版そっくりであるドイツ語版に星が復活していることの説明がつきません。Karl Rauch Verlag 社は大層なお金を払って Gallimard 社から翻訳複製権を買ったのですから、「うちで出版した本を差し上げますから、それから写真製版してください」などという馬鹿げたことは起こり得ません。当然それに必要な挿絵原版が供与されます。縮小したり、削ぎ落としたりした印刷原版(鉛製です)ではなく、紙に描いた模写そのものが渡されたはずです。フランス人と違って、厳格で融通の利かないドイツ人は、挿絵を切り落としたりはしませんでした。Gallimard 版では消されてしまった「星」が、ドイツでは復活することになったのです。


 ガリマール社は「誤って」消してしまったのではなく、編集方針として「意図的に」星を消したわけです。
 この「星」が生き残っているのは珍しいのです。ひょっとしたら、星が復活したドイツ語版を見て失敗に気づいたガリマール社が、今度は「星」を消した「原画」を提供したのかも知れません。それ以降、世界中のどの出版社に対しても........。


 以上は私の推測に過ぎません。本当のところはどうなのか、ガリマール社が模写原画を公開してくれなくては、結論が出せません。謎のままです。私はこれを Who-Robbed-of-A-Star? Enygma と呼んでいます。


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