高く晴れ渡った空を見上げ、煙草を燻らせる。 千草の身柄の取り扱いを巡って、あっと言う間に派閥間の折衝が始まってしまったのだ。
細い目で見詰める京の町は、何事もなくそこにある。 アレが解放されていたら、果たしてどうなっただろう。
盟友の子と娘のクラスメートたち、なにより既知の女傑エヴァンジェリンが居るのだ。 そして。
魔法を駆使して尚 達成の容易ならざる事を、ああも無造作にやってのけた異種へと改めて思考を走らせる。
と、一瞬巻き起こった風が、紫煙を一筋の紐へと変えた。
腕にした時計を眺め、少し早過ぎたかと近衛詠春は独りごちた。
それは姦しく、またバラエティ豊かな一団だった。 10を越える人数の中、男は僅かに二人。
女性の大半は、同じ制服を纏った傍目に歳もバラバラな少女たち。
もう二人、高校生くらいと中学生くらいの少女が共に居た。
「くくく…」 「なにを緩んだ顔してるんです」 一体何の集まりなのか不明な百花繚乱の中、ヤボったい少年が、しかし一員としてその中に居るのだ。 集まる嫉妬の視線は、それなりに横島の自尊心をくすぐっていた。
その上… 「いや、高音ちゃんみたいな美少女とのお出掛けだからな」 「な…」 揶揄うなと眦を上げる。 慣れない率直な誉め言葉に頬を赤らめながらだから、そんな様子も常と違って可愛らしい。
「しかも、いくら中学生とは言え、こうも美少女だらけだ。 これを喜ばんでナニを喜べと?」 …と言う事が大きい。 未来の美少女予備軍に悪い評価は与えたくないのだ。
「おぉ、お兄さん、目が高いね」 ひょいっと二人の話に口をはさんだのは朝倉だ。
「まぁな。 これだけ艶やかだと、手は出せんにしてもこれはこれで素晴らしい」 「ってネギくんも?」 「ヤローなんぞ、今は視界に入らんっ」 ぎゅっと拳を握った腕を曲げて、力説した。 すぐ側で空気扱いされたネギが、どう言っていいか判らない苦笑を浮かべる。
「なるほどねぇ。
昨夜だって、と、口に出さずに尋ねた。 あのキス2連発は、しっかりとメディアにも残してある。
「いやいや、子供に手を出すようじゃ人としていかんだろう」 ちょっとの動揺の後、返されたそんな言葉に、朝倉はにんまりと笑顔を浮かべた。
木乃香にしてみれば、昨夜のキスはそれなりの好意もあった上での行動だ。 子供ではない男性への、文字通りの口付けなのだから。
そんな彼女の様子に、結局付かず離れずの距離を保ってついて来た刹那が、こめかみをひきつかせて横島を睨み付ける。 エヴァにとっては、単に珍しいおもちゃを自分のモノにしようとしただけの事。
苛立つように横島を無視して、周囲へと視線を走らせたエヴァを、茶々丸は微笑ましげに見遣っている。 高音と愛衣は、あの彼をしてソコまで躾た母親に畏敬の念と、どうせなら無軌道な行動全般を規制して欲しかったと言う憾み言とを抱いていた。
それだけに二人は思うのだ。
まぁ、横島にそれが出来るくらいなら、そもそも彼女たちがお目付役になる事も無かったのだが。 「くぅ〜 これよ、これ」 僅かな遣り取りが引き出した空気に、ハルナは喜び悶えて、やってのけた朝倉を親指立てて誉め称えた。 早速スケブに何やら書き出した辺り、色々と刺激を受けたのだろう。
慣れてる3−A勢はともかく、横島たちはドン退きだった。 「あぁ、そうそう…」 怪しく眼鏡を光らせハルナが自分の世界に突入したのを見て、朝倉は横島たちに小声で話しかける。 「なんです?」 内緒話だと理解して、高音も声を潜めて聞き返した。 「パル……あっちの逝っちゃってる眼鏡だけど。 ここに居る面子の中で、あの娘だけ一般人だから」 その答に ぎょっとして、未だ異世界に居る少女へと高音は視線を向けた。 この場の顔触れのほとんどは昨夜もいたから。 噂の子供先生の担当クラスだから、こんなにも魔法生徒が集められていたのかと変な感心と納得をしていて、一般人が混ざっていると言う可能性に全く気付いていなかったのである。
「バレないようにしないと、って事ですね?」 「そそ。
苦笑でのその言葉に、高音と横で話を聞いていた愛衣とが、ビシっと顔を引き攣らせた。 「したら、そこのハルナちゃんにバレたら、みんなオコジョ確定だな。 俺は無関係やのに…」 「私もそうなんないように動くけど、そっちも注意ヨロシク」 ボヤく横島に、笑いかけてパチリとウィンク。
騒がしくなった一行を横目に、夕映は昨夜の失礼な言葉を思い返し僅かな羞恥に身を捩りながら、今朝の のどかとの会話を反芻していた。
のどかが落ち着くのを待って、部屋の外へ出た。
昨日の夕方にもここには入っている。 だが、改めて見るとなんとも豪勢なお風呂だ。 こんな朝から入れるのも、まるでホテルのソレの様だった。
桧張りだろう湯船の入り口から最も遠い端の方に歩み寄る。
柔らかく湯煙が舞う。
その光が、ついでの様に水面下の自分たちの身体を浮かび上がらせた。
だが、その凹凸の薄い子供の様なスタイルは、彼女の、いや彼女たちのコンプレックスの一つだった。 多過ぎるのである、3−Aにはナイスバディの持ち主が。
まじまじと見てしまった自分の身体に、思わず溜め息を吐く。 「もうちょっとくら…い…?」 「どうしたの、ゆえ?」 「い、いえ、なんでもないです。 気の所為です。
首をブルブルっと振って、やおら夕映はそう尋ね掛けた。 「うん、あのね…」 そう言って、のどかが話し出した内容。 それは、ある程度の非常識を想定していた夕映にも、口をポカンと開かせる態のソレだった。 ──秘匿されているが魔法使いは実在し、担任の子供先生も魔法使いだ。 まぁ、それはいい。 こんな不可思議な事件に、既に捲き込まれたのだ。 却って納得がいく。 ネギの事も、あの白い少年の言動から予想の範囲内だった。 ──本人にも秘密にされていたらしいが、親友の木乃香は関西の魔法使いたちを束ねるトップの娘だった。 そして、魔法使いの内部抗争の流れで、その絶大な魔力故に生贄にされ掛かった。 もうなんだかなぁ、と思い始めるが、魔法使いと言う異能者も やはり人だったと言う事なのだろう。 集団が作られれば、そう言う膿も吹き出て来るものだ。 それは歴史が証明している。 ──木乃香を取り戻しに行った先でたくさんの鬼が現れて、ネギたちや武道四天王が活躍した。 なんでそうなったか、聞き返して力が抜ける。
──途中、空からエヴァが現れて、物凄い魔法であっと言う間に鬼たちを蹴散らした。 それで昨夜 彼女も居たのか、と、そろそろ現実逃避に入る。
──最後に白い少年が反撃に出て、エヴァが撃退したもののネギが石化された。 「えっ? せ、先生は無事なんですか?!」 昨夜、あの責任感の強い少年は、あの場に居なかった。
そんな夕映へ、のどかは微笑んで答える。 「大丈夫だよ、ゆえ。
横島はのどかを認識しているが、出逢った時に意識の無かった彼女にしてみれば、彼は見知らぬ人でしかない。
──そうして戻ってきたら、木乃香のお父さんから夕映が絶望的状態だと聞いた。 「だから、ゆえが無事で、ホントに安心して、私…」 「あああああ、な、泣かないで下さい、のどか…」 思い返したのだろう、ぶり返して涙ぐむ彼女を夕映は慌てて宥めた。 そうしながらも、あの場に居た誰かからも話を聞かなくてはと頭の隅で考える。
あの場に居た顔触れの中だと、木乃香はあまり詳しくないだろうから除外するとして、朝倉かエヴァ。
とにかく、その辺の誰かと行動を共に出来れば、と考えた所で、のどかに話し掛けられた。 「でも、ゆえもひどいな。 私たちにまで魔法使いだって事、内緒にしてたなんて…
「…はい?」 思わず固まる。 「ねぇねぇ、ゆえ。
「なななな、なんですか、ソレは〜?!」 ザバっと湯を散らして立ち上がる。 ここに来て尚、夕映への誤解は全く晴れていなかった。
「やあ、皆さん」 手を上げて詠春は声を掛けた。 やって来たのはネギと娘の木乃香。 それに昨夜あの場に居合わせた娘のクラスメートの内の6人。 それに加えて、エヴァンジェリンとその一行。 総計13名と1匹。
「お待たせしました、長さん」 ぺこりと挨拶するネギの、その父親の傍若無人っぷりとの違いに苦笑しつつ、彼は手を振って鷹揚に応える。 「お父様、煙草アカンゆうたやん」 「あぁ、すまんすまん」 やけに素早い動きで、木乃香が詠春の手から煙草を取り上げた。 彼女の動きを制止すべきだったかと、思い悩むように視線を行ったり来たりさせる刹那のアタフタした様子がなんとも可愛らしい。 普段とのギャップもあるから尚更に。
そんな親娘の遣り取りを一頻り見た後、横島が口を開いた。 「そんで、その目的地ってここから遠いんすか?」 「…?!
一瞬の動揺の後、指差した先には木立に続く一本の細い路地。
そんな先導する詠春の横へ、すぐに歩調を合わせて並んだのはエヴァ。
「近衛詠春」 「はい?」 「首尾は?」 ぼかしての問い掛けに、詠春は小さく微笑み縦に首を振った。
「…尤も、これからが苦労しそうですが」 「は、今まで手をこまねいていたツケだ。 自業自得だな」 フンとエヴァはそう切り捨てた。 勿論、詠春なりに苦労して努力して、今の均衡が有る事は彼女とて判っている。
その会話の切れ間を縫う様に、エヴァの反対側に進み出たネギがおずおずと話し掛ける。 「あの…」 「ん? なんでしょう、ネギ先生?」 ちなみに、図書館組……と言うか、ハルナには彼らの話は届いていない。 横島たちや茶々丸が、ネギたちのすぐ後ろを歩いて壁になっている為だ。
「あのお姉さんは、一体何がしたかったんでしょうか…?」 とにもかくにも無事に解決した今。
だが、何故、何がしたかったのかは、やはり気になるのだろう。
その疑問に、軽く顎に手を当て少しだけ思案する。
「もう20年近く前の事です。
「鬼神… ですか?」 「えぇ、身の丈50mを越えようかと言う大鬼神です」 大変じゃないですか、と慌て出すネギに、昔の話ですよ、と微笑み返して詠春は話を続けた。 「その時は、偶々居合わせた私とナギとで、何とか鎮めて封印したのですが…」
父の事となると反射的に動く彼を、その肩に乗ったカモが小声で「まだ話の途中ですぜ、兄貴」と諌めた。 その彼の耳打ちに後ろの方を見遣れば、図書館組の面々が何事かと見詰めて来ていた。 慌てて、ネギは誤魔化し笑いを返して何でもないとアピールする。
そんな彼女を眺めて、カモは舌舐めずりする様な視線を向ける。 やはり
お買い得だよなぁ、と。
思い返す様に空を見上げていた詠春が、頃良しと見て再び口を開いた。 「中々に手間取ったあの時の話は、まぁ今は置いておきましょう。
「そんな事の為に、このかさんを?」 まるで理解出来ないとばかりに、疑問が口を突く。 詠春はその姿を好ましそうに眺めて、自分の判断を是とした。
その気遣いに、エヴァは気に入らなそうにフンと吐き捨てた。
「あのガキについて何か判ったか?」 「現在も調査中、です…」 歯切れの悪さは、いっかなロクな情報が集まらないからだ。
「今のところ判っている事と言えば、フェイト・アーウェルンクスと名乗っていた事くらいです。
「だろうな。 アレは裏の、更に裏の存在だろう」 実際に斬るまで、エヴァですら実体ではない事に気付かなかったのだ。
二人の話に、なんで魔法を悪い事に使おうとするんだろうと、ネギは一人胸を痛めていた。 そんな彼に、もう一度 微笑ましげな視線を向けると、話を変えるように詠春は少し大きめの声を出した。 「見えてきましたよ。
指差し示すその先、木々の切れ間に建物が見える。 「あの3階建ての小さな建物がそうです」 銀に輝くドーム状の天文台を最上階に備えた、周囲を塀と樹木に囲まれたほっそりした建物。 どこが小さいっつーんじゃ、との横島のボヤキを無視して、一行はそれを見詰めた。
「この10年ほどの間に、周りは草木でこんなになってしまいましたが、中はキレイにしてありますよ。
そう言って、門を潜る詠春に、ドキドキした内心を満面に写したネギが続いた。
【ハッハッハ… 先のこたぁ先だ。 続きに行け】
ぽすとすくりぷつ むぅ… やはり修学旅行、まだ終わんない… orz ちなみにせっちゃんは、出しなに合流しています。 …木乃香の意を受けた、明日菜の呼び出しに応じて。 それ以前に班行動の都合もありますしね。 朝倉は撮影担当として、割とフリーハンドで動けますけど、刹那はその辺 選択の余地が少ないですから。 にしても人数が多いったら…(T_T
そいと、別に詠春×刹那とか無いですからね。 あくまで、同じ大事な物を守りたい、同士って事で(^^;
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