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コラム
浜田基彦の「走る 曲がる 止まる」

【浜田基彦の「走る 曲がる 止まる」】スバル・レガシィに見る「行きがかり」の恐ろしさ

2003/09/25 00:00

 
  「もう今となって後戻りはできないんですよ」


  富士重工業の「レガシィ」に乗って、フワフワしない硬質な感触、無駄な動きのない加速感を味わいつつ、同社の幹部が以前に漏らした一言を思い出した。こうしたレガシィの特徴は、1966年に同社が発売した「スバル1000」の開発に当たって、同社が選んだ方式にすべて起因している。良いも悪いも、スバル1000で選んだ方式にその後の富士重工は規定されることになった。途中で後戻りして、「その方式」を変えることは同社にはできなかったのだ。

  「その方式」とは、水平対向エンジンとそれを縦置きに設置することだ。

  水平対向エンジンは振動が少ないために、マウントのゴムを硬めにできる。この結果、硬質な手ごたえになる。それと、このエンジン配置でバランスを取りながらあちこちを設計していくと、どうしたってこうなる。水平対向、縦置きという基本レイアウトだけでクルマの基本的な走りがほとんど決まってしまう。小手先のチューニングでレガシィと同じような走りの感触は決して得られない。

  水平対向、縦置き、左右対称で低重心。富士重工は、今でこそ「理想的なレイアウト」と宣伝しているが、実を言うと、昔々、水平対向を選んだ時に深い戦略があったわけではない。それしか選択肢がなかったというのが真相だという。

▼当時としては順当な判断だった「水平対向、縦置き」

  スバル1000は、日本の前輪駆動車としては、先駆的な位置にいる。開発に着手したのは発売された66年のさらに数年前。その頃、現在では当たり前になっている「等速ジョイント」と呼ばれる部品は量産品として調達できなかった。これは、エンジンの回転を車輪に伝えるための部品であるデフと車輪の間に置く部品。継ぎ手の前と後ろのシャフトの角度を変えても、前と後ろで同じ速度の回転が得られるジョイントだ。デフと車輪の間は、凸凹の道を走ったりカーブを切ったりした時に、お互いの角度が変わる。その角度変化を吸収してくれる。この結果、シャフトの振動を抑える働きをする。


  このジョイントがない時代、デフと車輪の間の角度変化が回転ムラとなって発生する振動がどうしても避けられなかった。デフから車輪までのシャフトの長さが短いと、角度が大きくなり一層、振動が発生する。このため、かつてのクルマの設計では、短いシャフト長にならないように、デフは車体の中心線上に置き、左右対称のシャフト長としていた。


  これは、エンジンの置き方を規定することになった。スバル1000は前輪駆動なので、デフが中心にあると、エンジンはそれを避けて、前輪の前に置かなければならなくなる。この結果、前輪より前の荷重が大きくなってしまうので、できるだけ長さの短いエンジンにしたい。そこで水平対向4気筒という選択となった。ピストンを縦に4つ並べる直列4気筒より、左右対称にピストンが2列並んでいる水平対向の方がはるかにエンジン長が短いからだ。

▼辛うじて間に合った等速ジョイントの皮肉

  実は、問題の等速ジョイントはスバル1000の開発には間に合わなくても、発売にはぎりぎり間に合った。これがあると、デフは車体の中心上に置かなくてもよくなった。デフを端に置き、エンジンと変速機をまとめて横置きにできる。現在主流の前輪駆動車は、この等速ジョイントの開発の賜物とも言えるのだ。富士重工はスバル1000を実現するために等速ジョイントの開発を促し、皮肉なことにそれが横置きを普及させてしまった。「利敵行為」である。

  等速ジョイントのおかげで、横置きのクルマがどんどんシェアを上げていく。スバル1000と同じ頃に後輪駆動の「カローラ」「サニー」を発売し、前輪駆動については様子見を決め込んでいたトヨタ自動車や日産自動車も横置きの前輪駆動車に追従してきた。

  こうなると部品メーカーも協力を惜しまない。大きな需要が見込めればそれなりに開発投資をするから、問題だった等速ジョイントは進歩する。横置き専用の変速機も登場する。サスペンション、冷却系など様々な技術が「横置き」をターゲットユーザーとして登場してくる。横置きがどんどん良くなっていく。

  「しまったかなあ」という気持ちはあったはずだ。そこで冒頭の発言になる。「もう今となって後戻りはできないんですよ」。


  富士重工はスバル1000に改良を加え、「レオーネ」「レガシィ」と水平対向、縦置きを作り続けてきた。縦置きに大変な投資をしてしまった。これから横置きをやろうとしても、もう他社から20年は遅れている。軽自動車やリッターカーなどは横置きで作れたのだが、レガシィ級で方向転換するだけのリスクは冒せない。

▼やっぱり正解だったかも


  ところが、ここ10年、風向きが変わってきた。水平対向、縦置きの利点が増えるような情勢の変化が次々と起きた。例えば衝突安全性。前からバンパーに入った衝撃力は前後方向のフロント・サイド・フレームで受ける。これはエンジンの左右を挟むようにして2本通っている。横置きではエンジンと変速機の長さを合わせた距離がおおよそフロント・サイド・フレームの間隔になる。どうしても広くなる。

  縦置きではエンジンの幅がほぼフロント・サイド・フレームの間隔になる。横置きよりも間隔を狭めることができ、結果、衝撃力を中央のトンネル側に逃がしやすくなる。力の伝わり方に無理のない設計になり、全体を軽くできる。縦置きの利点が1つ増えた。

  その衝撃吸収構造でも力及ばす、エンジンが客室に飛び込んでくるような激しい衝突もあり得る。その場合、水平対向エンジンの低さがものを言う。直列、あるいはV型のエンジンではエンジンのヘッドは乗員の足の高さにあり、それが飛び込んでくるかもしれない。大きな衝撃に対してはエンジンを落とすように設計できるから、側面図を見た場合よりは低い位置になるが、まだ高い。ところが、背の低い水平対向エンジンはエンジンブロック、ヘッドなどの「本体」は乗員の下に潜り込んでくれる可能性が高い。今度は水平対向の利点が1つ増えた。

水平対向エンジンは重心が低い


  さらに、排気マニホールド(エンジンの排気管を集めた部分)をステンレス鋼板で作ることが一般化したことも「追い風」の1つだ。おかげでエンジン音を下げることができた。昔はマニホールドと言えば鋳鉄製が常識、ステンレス鋼板製などは「タコ足」(鋳造品と違って贅肉が少なくタコの足のように見える)などと呼んであがめるような贅沢品だった。材料の進歩、ロボットの普及によって「タコ足」は珍しくなくなった。


▼ステンレス製マニホールドで騒音を大幅に低下

  それが最新の4気筒モデルの排気マニホールドを実現させることになった。水平対向4気筒のエンジンは右同士、左同士の排気管をまず合流させ、それを最後に合流させて1本にするのが普通だった。排気の順序は「右、右、左、左」だから、右だけに着目すると「排気、排気、休み、休み」というリズムになる。それが「ヒュドドド」という独特の音につながる。

  この音がレガシィ人気を支えていたことは確かだが、騒音に対する視線が冷たくなっている現在、いつまでもこれには頼れない。幅広い支持を得るには音を静かにする必要がある。


  そこで今回の4気筒は左の2気筒からの排気管を合流させないまま、エンジンの前を右まで迂回させ、そこで左右の排気を合流させることにした。これで音量は大幅に下がった。鋳鉄時代にこのマニホールドは作れなかっただろう。巨大過ぎて重くなる。


  ほかにも「状況の変化」を列挙すればきりがない。40年前にはOHVだったヘッドはDOHCになった。ヘッドが重くなったのだからそれを低くできる水平対向エンジンは有利になる。乗用車用の4輪駆動車も40年前にはなかった。縦置きならば最小限の追加部品で4輪駆動車を作れる。


  こうして、「水平対向、縦置き」のレイアウトは再評価されることになった。初めは「行きがかり上」だった判断、その後「しまったかなあ」と思われた判断が今になって「正解」に化けた。これから水平対向、縦置きに参入を検討するメーカーがあるかもしれない。今度は彼らが「しまったかなあ」と思う番だ。


(浜田 基彦=日経メカニカル副編集長)

今となっては最新技術の固まりとなったレガシィ


浜田 基彦=日経メカニカル副編集長

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