Shinya talk

     

 

2008/03/15(Sat)

今回のチベット抗議活動について

20年前のチベットの抗議活動のおり、当時20万のチベット人が虐殺された。

一口に20万というが、一個の市の人口のすべてが殺戮されたと考えればむな怖ろしい。広島の原爆投下による死者は10万人前後とされるから、広島の死者の倍という勘定だ。20万人という数が途方もない数であることが知れる。
また中国側の主張する南京の虐殺30万人説と比しても、同等のチベット人が中国軍によって殺されているということになる。
それはあくまで抗議活動時の死者の数であって、1951年の中国のチベット占領時に120万人ものチベット人が虐殺されている。
ただし、中国はチベット占領時にアメリカのように大量殺戮兵器を使ったわけでもなく、ナチスのようにガス室で一気に大量に人を殺したわけでもない。
人海戦術で120万、そして20万人を殺したわけだ。この途方もない負の人間力は驚愕に値する。

さてその20年前のチベット抗議活動時に鎮圧の陣頭指揮を執ったのが現国家主席の胡錦涛氏であることは歴史的事実として誰もが知るところのものである。
胡錦涛氏は1990年10月、チベット軍区中国共産党委員会の第一書記に任命され、チベット人を大虐殺の末、抗議活動を鎮圧したわけだ。 これが評価され、のちに国家主席の地位に就くわけである。私は胡錦涛氏が国家主席になったとき怖ろしい人が主席になったものだなと当時そのように思った。その怖ろしいという意味は胡氏のその穏和で紳士的な面相と過去に行ったことの大きなギャップの怖さである。

そのように胡錦涛政権はチベット弾圧と虐殺という血塗られた過去の大きな負の遺産の上に成り立っているということを忘れてはならない。

今回のチベットの抗議活動(マスコミは「暴動」という言葉を使うべきではない)は胡錦涛政権の元でのオリンピックを照準としたものであることはほぼ間違いないだろう。というのは中国でオリンピックが開かれるということは、それに参加する世界の国々が半ば中国を民主国家として承認するに等しいからである。
そして胡錦涛氏の過去の負の遺産をも忘却の彼方に押しやってしまいかねないからである。

その意味においても、マスコミはそれを暴動という言葉で括るべきではない。暴動という言葉には無分別、無思慮という意味合いがある。
今回の出来事は歴史的事実の上に立ち、現状を見据えた上に起きた抗議活動に他ならないからだ。

     

 

2008/03/05(Wed)

手に入りにくい藤原新也特集

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Photo GRAPHICA」という雑誌で私の特集が組まれている。
全74ページ 写真と絵に関するインタビュー2編。
小さな出版社から出されている雑誌だが、手作りの気持ちの良い雑誌だ。
手に入りにくい雑誌だと思うので、編集部から送ってもらった販売店のリストを上げておく。

青山ブックセンター 本店 六本木店

旭屋書店 大阪本店 札幌店 池袋店 なんばCITY店

あゆみブックス 仙台店 仙台青葉通り店

大垣書店 烏丸三条店

紀伊國屋書店

新宿本店 札幌本店 横浜店 新宿南店 国分寺店 本町店 梅田本店 大津店

福岡本店 久留米店 長崎店 鹿児島店

三省堂書店 有楽町店 神保町本店 名古屋高島屋店

ジュンク堂書店

大阪本店 盛岡店 仙台ロフト店 新潟店 大宮ロフト店 新宿店 三宮店

梅田ヒルトンプラザ店 京都店 京都BAL店 福岡店

TSUTAYA TOKYO 六本木店

TSUTAYA 横浜みなとみらい店 三軒茶屋店 あべの橋店 福岡天神店

ブックファースト ルミネ新宿1店 ルミネ新宿2店 銀座コア店 京都店

丸善 丸の内本店 津田沼店 ラゾーナ川崎店 名古屋店 福岡ビル店

有隣堂 戸塚モディ店

リブロ 渋谷店 吉祥寺店

※Webサイトでの販売はこちら

http://direct.ips.co.jp/book/Template/Goods/go_BookstempMDN.cfm?GM_ID=340804&CM_ID=&SPM_ID=2&HN_NO=00405&PM_No=&PM_Class=


     

 

2008/03/01(Sat)

相当イナバっとるな。落ちそうで落ちない親子ともどもなかなかできない難易度の高い技である。

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2008/02/22(Fri)

自動操舵その他

車ではハンドルを切らない限り、車体は直進する。
海では様々な波が行く手を阻むため舵の角度を一定にしておいても、船は直進せず、常に左右に振れ、波の具合によっては時にはとんでもない方向に進んでしまう。だから手動操舵で常に舵を微調整する必要がある。
自動操舵とはこの微調整を自動で行うものと思えばいい。
つまり目的地点に針度を合わせ、そのままスイッチオンで船は自ら左右の振れを調整しながら直進するわけだ。
今回のイージス艦「あたご」はこれをやっていたわけで、つまり漁船軍団の中を有無を言わさず直進するという態度が濃厚。
無神経である。

また今回漁民側が公開した魚船の動きについてだが、船のGPSには航跡を記録するシステムが備わっている。私もこの航跡の記録をたよりに元の位置に戻ったりすることがあるのだが、イージス艦も当然このシステムが機能しているわけである。
だから漁民側と同じようにGPSに残っている航跡の記録を公開する必要があるが今のところ公開していないようだ。
航跡を公開すればたちどころに彼らが衝突を回避するために舵を切ったか否かが分かってしまい、具合が悪いからだろう。

また、見張りに関しては情報によると彼らはキャビンの中からガラス窓を通してやっている。
この場合、ガラス越しの場合、視認能力は極端に低下する。
よく陸に近いところでボートが岸壁に衝突することがあるが、これもキャビン内操縦のガラス越しのために視認が難しいためである。

さらにかりにキャビン内に明かりが灯っていたとするなら、外洋の視認はほとんど難しいに等しい。電気を消し真っ暗にすると海は見える。
だから見張りの際にキャビン内の明かりが灯っていたかどうかという検証も必要になる。



     

 

2008/02/22(Fri)

常に命の危険に曝されているという海の男の生体感覚を失った海の男たち

今回の海難事故は他人事ではない。
海では陸と違った意味で乗船者は常に死と隣り合わせにあるからだ。
特に私のようにたった一人で船を操縦することが多い者は自分の命は自分で全責任を負わねばならないが、複数で乗船している漁師さんたちも基本的には同じことだ。
そして同じ環境にある者同士の中で海独特の見えない意識の交流のようなこともある。
以前、普通なら絶対釣りなどしない、かなり荒れた海の中で釣りをしていたことがある。私の船は17フィートと小型だが波に強い船であるためについこういう危険を冒してしまうわけだが、釣りをしていると、彼方遠くから全速力で一艘の漁船がこっちに向かってきた。
一体何事かと見守っていると、近くまでやってきた船の漁師がこっちを覗き込んでいる。それで釣りをやっていることを確認し、ユーターンして帰って行った。
つまり、漁師は私が遭難しているのではないかと全速力で近づいて来たわけだ。

今回の事故に関して勝浦漁協の漁師さんたちが記者会見し、イージス艦側の言っていることに反論していたが、私はこのような場面でも日常的に命の危険に曝されている彼らのシビヤーな一面を見る。
黒板に船の位置や航跡などを書きながらの彼らの説明は非常にロジカルで穴がない。
それとは対照的に海上自衛隊側の説明がきわめて曖昧で鈍感なのに驚かされる。

その二つの人間の佇まいの違いはおそらく事実を隠蔽しょうとするというような政治的なもの以前に、巨大な船に乗っている者の生体感覚と、小さな船に乗っている者の生体感覚の違いのように思える。100メートル以上もある鋼鉄製の船に乗っている感覚はおそらくかなりバーチャルなものではないか。
その上に、海ではなぜか大きな船の方がえらいという妙な感覚がある。大きな船はあたかも航路の占有権を持っているかのごとく、遠くに小さな船を見つけるとそこどけそこどけと言わんばかりに直進し、こちら側の回避にすべてをゆだねるわけだ。
特にこれが軍艦となるとさらに横柄でエマージェンシー時でもないのに海全体を自分が支配しているかのような航行をする。
漁船軍団の中にありながら自動操舵に任せていたという今回の信じがたい一件がそのことを良くあらわしている。
どだい感覚が違うのである。
そういった漁師と艦船乗務員のメンタルの違いという観点から今回の事故を検証するまなざしも必要ということだろう。


余談だがつい最近このホームページを管理する者から通算アクセス数が1千万を越えたという報告があった。あまりそういうものを数える趣味はないのだが、弱小のサイトながら思うにこれはやはり大変な数だと思う。ブログの更新を私ほどさぼる人間もあまりいないだろうが、これを機会にせっせといつもアクセスしていただいてがっかりしている方たちにお礼を申し上げたい。べつに1千万を越えたからといって本の売り上げのように大金が転がり込んでくるわけではないが(笑)まあ、無償だから尊いということもあるわな。

     

 

2008/02/19(Tue)

衝突事故の周辺の自然に鈍感な空論の横行

 個人的な意見を述べるなら、イージス艦は最新鋭の機器にたよって見張りを怠ったとしか考えられない。

 私は一級免許を所有していて早朝の暗いうちから何度か外洋に出たことがあるが、普通船のことを知らない人は夜の海というのは真っ暗でなにも見えないと考えがちだ。
だが夜の海というのは陸とはくらべものにならないくらい周囲がよく見えるものである。
ライトも必要がない。海というのは広大なためにライトをつけても何の役にもたたないし、むしろほのかな海の光をかき消し、邪魔になるくらいのものだ。

 また今回の衝突事故は午前4時に起きたことになっているが、19日の月はほぼ満月に近い状態にある。計算すると月の入りは5時6分であるから、西の水平線上約30度の角度に月は煌々と照っていたことになる。
 たまたま私も昨日は夜更かしをして房総の海を見ていたが、空は晴れ、遠くの波頭さえ見えるほどの惚れ惚れとするようなすばらしい月の海だった。かりに現地の空が曇っていたとしても月夜の曇り空は案外明るく、むしろ満遍なく明かりが拡散して、海は明るい。
 いずれの場合でも海では目視によって相当遠くのものまで確認できるはずだ。
 またかりに月夜でない場合は見張りは暗視眼鏡を装着するはずだ。だから月夜でなくとも目視は可能なのである。

 テレビ報道を見ていると専門家まで以上のような基本的な海の状態に言及する者がいず、評論をする者がいかに実践経験に乏しいかが知れてしまう。

 またレーダーに映らないかもしれないという人もいたが、外洋に出る場合レーダーリフレクターというものをつけており(私の船も装備しているが)遭難した船もこの装備をしていたとある。リフレクターはそんなに大きなものではなく、数十センチ程度のものだが、この威力は大きく、もしレーダーでも確認できなかったとするなら、最新鋭の軍艦というものが一体何かという疑問も生じるわけだ。
 
 いずれにしても、こういうだらしない事故を起こすようでは(やってもらっても困るが)日本は戦争なんかできっこない。

     

 

2008/02/15(Fri)

前回トーク修正

ウインナー → 魚肉ソーセージ

     

 

2008/02/04(Mon)

毒を食わされても仕方がないよな日本人。

食の話のついでに、問題になっている中国食品の件について少々。
昨年の私の周辺で起こった十大ニュースのひとつに謎のウインナー事件がある。
上海に行った知り合いがそれなりのいいホテルの朝食の記念にと自分の犬のために数本のウインナーを持って帰った。
だが犬が食わないというのである。
「やはりカリカリばかりやっているのでだめなのでしょうか」と差し出したウインナーにウムッと負のオーラを感じた私はこれをもって帰り、千葉の野良猫で、いつも飢え、いかなる食材もたちどころに食ってしまう(野菜、こんにゃく、カレー、なんでもかつえたように食う)にホイッとやってみたところ、天地がひっくり返るほど驚いた。
猫またぎというべきか、一瞬臭って、そのまま無視したのである。

この猫が食わないということは恐ろしいことである。
猫は独特の嗅覚で危険を悟ったのかも知れない。一体何が入っているのか?。

まあそんなわけで中国食品の恐怖というものを身近に感じた昨年だったが、今回の中国餃子の件に思うことは、中国人も恥ずかしいがそれ以上に日本人の方が恥ずかしいと思わなければならないということである。
生きて行くための「食い物を作る」という人間にとって基本的なことを他の国にまかせておいて、それに何が入っていたかにが入っていたと騒ぐのは自分の尻を他人に拭いてもらって汚れていると騒ぐに等しい。他の国の人間が利益を考えたとしても日本人の健康やお尻のことなんか考えるわけがないのである。他国人が作ったものを食う限りにおいて日本人はえらそうなことは何も言えないのだ。

この自分で食うものを生産しない国の人間が、また家庭内においても料理作りをサボタージュして、お手軽な出来合いの冷凍食品を子供に食べさせる構図は、まあこれは食材他人まかせ国家における地続き的因果というべきもの。

この一件が広く海外に喧伝され、日本人の食の退廃の実態を知られないことを願うばかりだ。

     

 

2008/02/04(Mon)

近江町市場はよい。

4日の昼は近江町市場の中にある「さしみ屋」で食べた。
「さしみ屋定食」2000円。
5種の刺身そのたもろもろ、調理も手早く大変美味しくいただいた。
近江町市場の活況はうらやましい。
私の郷里の門司港の市場が青息吐息で閉店も相次いでいることを思うと、金沢の人のこのように市場を大事にする気持ちがすばらしいと思う。

それにしても鮮魚店に並ぶ日本海の魚の種類の何と豊富なことか。しかも値は東京の半額くらいだろう。魚の知識には多少詳しいと思っている自分の知らない魚が2種あったのにも驚いた。
このように鮮魚において有り余る食材が居並んでいるというのに、昨日の「太郎」の鍋の凡庸な鮮魚の選びが何なのかあらためて考えざるを得ない。
その前の日には新興の料理屋で食ったがこっちは創意工夫を凝らし、味もよく、値段も安かった。
このことは東京でも言えることだが、新興の店というのは新しい客を獲得するためにしのぎをけずり、工夫をこらし、値段もできるだけ抑えるという血の出るような努力をしている。
老舗というものは伝統がある分、時代に即した工夫に欠け、マンネリに陥り、料理そのものが「死に体」になってしまうということは多々あることだ。
私が面倒を見ている駒ヶ根のベンガルカレー「アンシャンテ」の小笠原君に、年に2度は工夫をこらした新しいメニューを考えなさいと言っているのもそのためだ。

     

 

2008/02/03(Sun)

老舗に気をつけろ!

 赤福や吉兆に限らず、代替わりをした老舗の食は、名前と常連客の上にあぐらをかき、あちらこちらで退廃の一途をたどっているようだ。今日、鍋ものではここと地元の人に教えられて金沢の主計町の「太郎」という料亭に行ってみたのだが、お粗末。
出汁の味はまあまあ。だが特段に優れているというわけでもない。
具は鮮魚だが(本来鮮魚料理は漁と河岸が休みになる日曜に食べるものではないが今日しかないので仕方がなかった)魚の中では安価な鱈がやたら多い。鯛はたった一切れ。カワハギにいたっては小ぶり。カワハギは大きいものは値が張る。小さいものは雑魚扱いになる。
野菜類は白菜に甘みがあるが、この程度の白菜ならどこにでもある。きのこ類がシイタケ、エノキダケと至って平凡。練り物は淡白すぎて存在感がない。
おわりに雑炊となるが、平凡。雑炊についてきたお新香が貧弱。キャベツの塩もみを叩き刻みにし、その横にタクワンが二切れ。美味しくない。まるで民宿のお新香だ。
メインではない、お新香とデザートと言ったものにこそ、その店のデリカシーと気合が現れるものだ。だから侮ってはならない。
最後のデザートにはおったまげた。
その店の宣伝ティッシュに重ねられた普通のミカンひとつがごろんと出てきたのだ。別に特別なミカンではなく、その辺の果物屋で売っているようなものである。
料亭のデザートでミカンぶっきらぼうにごろんと出てきたのは後にも先にも初めての経験のことであきれるより笑えた。

老舗恐るべし。
だな。

ちなみに従業員の名誉のために言うなら年増の仲居さんの対応は大変よかた。

     

 

2008/01/08(Tue)

  新風舎の倒産に関しての私的見解

 新風舎があぶないとの情報がもたらされたのは昨年の秋のことだった。
 そして昨日、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、事実上の倒産の運びとなった。

 これ以上の被害者を出さないという意味においては結果に納得はする。だがこの新風舎問題にかかわった私のような立場の者は反面苦い思いもある。

 一昨年この問題をブログで取り上げたのはキャンペーンを張るというような大げさなものではなかった。
 ときおり私のところに送られてくる簡易写真集の成り立ちを調べてみるに、私のような出版にかかわる人間から見ると詐欺まがい行為に世間知らずの若者がひっかかっているとの心証を強くしたわけだ。そこで被害に遭った人たちに投稿を求め、ブログに順次アップした。当然人間には感情があり、怒りというものが根底にあるわけだが、私がそのような挙に出たその真意はまず情報の共有化と等分化が必要だと念頭にあったからである。

 当出版社はひろく一般人から多くの金を集め、やがて出版界においても出版点数においては講談社を抜き、トップに立つ勢いがその時点であった。このことは何を意味するかというと情報の占有化が進むということだ。当社は大手新聞雑誌などに多大な広告を出稿し、一方的なプラスイメージを一般に植え付け、さらにその広告出稿によって大手マスコミにも口封じができる立場に立ったのである。
 一例として朝日新聞 などはbe on Saturday「フロントランナー」という紙面で、自費出版ブームを作った詩人経営者新風舎社長松崎義行さん41歳(2006年10月7日)という大々的なインタビューを行っている。私のサイトの投稿者も実際にその記事によって新風舎に信頼感を抱き、迷っていた当社の企画に乗ったという方も何人かおられた。こういった金を動かすことのできる者が情報を占有するという今日的情報化社会の不健全な状況を少しでも改善すべきだという思いが、ブログで何日にも渡って被害者の実話を取り上げた真意である。ちなみに私はこの件に関し朝日新聞の一編集委員に電話で忠告をするとともに、なぜこういう記事ができるのかそのメカニズムを知りたいとの注文を出したが満足の得られる回答はなされなかった。

 以上のような流れの中で私の新風舎を扱ったブログはさまざまなミラーサイトに反映される形で広がりを見せたわけだが、私はその後このブログの継続を断っている。

 それは以下のような理由がある。

(月)まずこの問題がネット上で炎上する過程で新風舎から出版した人々に向かって軽率とも言える誹謗中傷や蔑視がまかり通るようになったことである。
 この雇用事情の厳しい世の中で働きながら200万の金を貯蓄することは並大抵のことではない。その有り金をはたいての念願の自本が宣伝もなければ流通もしないただの金儲けの駒であったというダメージを受けた上に、さらにそのことを第三者に誹謗されるという二次被害のようなものがひろがりはじめたわけだ。そして私のサイトにも悲鳴に似た投稿が多く寄せられるようになった。
 私はこの問題に関して自分のメッセージはなるべく出さず、被害の事例のみを載せ続けるということを心がけたわけだが、そういったやり方が問題のリアリティを高め、今日の結果の一助になったということはあるだろう。だがこれ以上火に油を注ぐことはそれに応じて二次被害者がさらに増大するという危惧が生じたのである。

(火)ブログというものは曲者で、かりにそのような記事であったとしても、それはれっきとした情報であり、書けば書くほど相手側(新風舎)に情報をもたらし、対応の材料を与えてしまうということが起こりはじめた。このことはある程度予期してはいたが、純度の高い情報を一定量掲載してのちは、それ以上はむしろマイナスになる傾向があると私は判断したわけだ。

(水)たとえば新風舎では数多い賞の中で写真賞も設定しており、この賞の設定そのものが出版勧誘のための人寄せに使われたわけだ。だが私の目から見ると上位の賞を実際に取った作品の中には十分に鑑賞に堪えるもの、そして今後に期待できるものもあった。
 たとえば10回目の大賞『戦争ジャーナリストへの道―カシミールで見た「戦闘」と「報道」の真実』(著者桜木武史)はまじめな作品であり、コメントに私の影響で写真をはじめたとある。また他の大賞の中には写真界の大きな賞である木村伊兵衛賞の候補に上った優れた作品もあった。そういう意味ではこの賞そのものの存在理由はあったわけで、また現在は審査員を降りている平間至さんの功績もあったわけである。
 そういった純粋に表現として成立する作品が、こういったいびつな出版の構造の中でつぶれさていくのには内心じくじたるものがある。ましてや写真環境は今日大変厳しく、少しでも若い新人の育つ環境が欲しいと思っている私のような者のやっていることが結果的にその芽を摘むことになるというのは自己矛盾を感じざるを得ないのである。

(木)このことはいまだにその真偽のほどは不明だが、私のところにはこの問題の炎上に関しては新風舎との競合関係にある文芸社に関連のある者が油を注いでいるという情報が複数もたらされてもいた。
 他の投稿によると文芸社も似たり寄ったりのことをしているが、矢面に立たないような巧妙なやり方をしているという元内部者の報告もあった。かりにそうであれば、新風舎を糾弾することは他を利するという矛盾をも生むわけだ。

(金)投稿者の同意を得てブログへアップした本人が半ば特定され、訴訟問題に発展しかかったこともある。相手側は私個人との争いは避けたい意向だったが、ブログに掲載した以上、何千万もの損害賠償を匂わせるような内容(おりしもオリコンによるフリージャーナリストへの訴訟問題がネットでは騒がれており、相手側はこの材料を例に攻めてきた)にただのフリーターの若者(女性)を矢面に立たせるわけにはいかず、私が責任を負うかたちで弁護士を立て(結局大出版社おかかえの弁護士は役にたたず、私がすべてを仕切るはめになったのだが)事態をなんとか収束したこともある。
 自本を出した者の二次被害もそうだが、私のサイトに情報を寄せる人々にも被害が及びかねないという事態も多々生じたわけだ。

(土)今取り上げたことは数例に過ぎないが、この新風舎問題に関するブログが一定の役割を果たしたとみなしたことも継続を断ったひとつの理由でもある。

 
 ただ、昨日のようにひとつの結論が出て、これ以上の被害者が出ないことは喜ばしいことだが(ただし今現在でも1100人に及ぶ被害者予備軍が存在する)、その間いつも念頭にあったのは、マスコミのこの問題に対する腰の引け具合である。私の知るところこの問題に触れたマスコミがなかったわけではない。だがいったいに及び腰であることは否めなかった。
 だが昨日新風舎が倒産するや、解禁されたかのように一斉にこの問題を報じるマスコミの姿勢は滑稽以外のなにものでもない。私のところには特集を組みたいのでインタビューに応じてほしいという新聞や雑誌の要請も来ているが、こういったことは事後ではなく、渦中にあるときに勇気を出して行うというのがマスコミのやるべきことではないか。

 またマスコミに限らずこの間、こう言った問題になぜそれなりの名のある作家や写真家などが口をつぐんで触れないのかということも不思議のひとつであった。
 確かに自分に被害があるわけではなく、その辺の若者が出版詐欺のようなものに引っかかっているだけの話だから関係ないと言えば関係のないことではある。その背景には活動の場や世間を狭くするという、この日本の蛸壺世界における表現者独特の嗅覚が働いていることは否めない。だがかりにその恐れがあったとしても、ある一定の地位を得、後進を指導する年齢に達した者は少なくとも自分がかかわる表現の世界における理不尽な出来事に対し、それに関与する義務とは言わないまでも、必要があるように思うのである。
 またそれと同時にこの詐欺まがいの出版事業に心ならずも結果的に加担してしまったと言える広告塔となった、たとえば谷川俊太郎さんや当出版社で本を出している江川紹子さんなど作家たちの見解もこの際聞きたい。 
 当初はその出版の構造はあずかり知らなかったとしても、一昨年から昨年にかけあれほど話題に上った新風舎問題を、その社から出版している作家が知らないはずがないからだ。

 またたとえば私のブログでも名前を伏せて書いたのだが、ある作家が新風舎から対談本を出すにあたって私との対談の収録を要請してきた。私は新風舎の行っていることに関して納得の行く説明がなされれば同意してもよいとの返事を編集者にさしあげたのだが、その後「今回は引き下がらせていただきます」との返事があった。ということは新風舎自ら不正を払拭する説明のできないことを認めたかっこうなわけだ。
 私はその過程でその作家、つまり新井満さんに直接電話を入れ、新風舎の事業内容をふくめ、私がなぜこの企画に乗らないかをお話しした。それは暗に作家としての矜持を保ってほしいとの私の思いを伝えるコンタクトでもあったわけだ。だがその後この出版は双方のきわめて日本的な優柔不断と馴れ合いの上に立って丸く事が進んだわけだ。

 以上のように今回の問題は製造業に限らず文化事業の出版界にも偽装や不正がはびこりはじめていることをあらわすとともに、今日のマスコミの弱腰をもあぶり出し、そして西欧における作家の社会意識と日本の作家の社会意識の違いをあらためて浮かび上がらせたと言える。


追伸・今回は新風舎倒産の報に接し、仕事の合間の急遽のコメントであるがゆえ、至らぬところは文面の部分修正を行う可能性がある。

     

 

2007/11/16(Fri)

番組告知

ETV特集 「ケータイ小説・藤原新也・次代へのまなざし」

11月18日(日) 22:00〜23:00
NHK教育 ◇ETV特集◇


出版不況の続く中、注目を集めている「ケータイ小説」。携帯電話の書き込み機能を使って発表される小説である。作者も読者も大半が10代、20代の女性。毎日更新される作品には、多いときで一日に数十万の読者がつく。本にして出版されると軒並み数十万部売れ、中には100万部を超えるベストセラーも生まれるほか、映画化された作品もある。今なぜ、若者たちにケータイ小説が求められるのか。写真家で作家の藤原新也氏が書き手、読み手、を追いながら、現代の若者の心象風景に迫る。

                           NHKコメント


     

 

2007/11/07(Wed)

デヴィッド・シルビアンの演奏事情

デヴィッド・シルビアンのスタッフから東京公演に来ていただいた聴衆の皆様へという、次のようなメッセージが寄せられたのでアップしておく。


「デヴィッドの東京公演に来てくださった聴衆の皆様からのお声、拝聴いたしました。
東京公演当日、デヴィッドは風邪で咳がひどくなり、数曲割愛させていただきました。
デヴィッド自身後半に、「私は風邪で病んでおり、残念ながら数曲カットさせていただくので、少し短い公演となりますがどうかご了承ください」とアナウンスしましたが、終了後、その旨をご説明しなかったことをお詫びいたします。
また本人も、公演に来てくださった皆様のご理解とご支持に感謝しています。この場をお借りして今後も皆様のご支援をよろしくお願いいたします。」


私側へのメッセージによるとデヴィッドは、その開演直前から咳がだんだんひどくなっていたらしい。しかし、講演が始まると歌唱は、まるで、何事もないかの様にちゃんと声が出ていたが、曲と曲の間では、咳き込んでおり、それがだんだんひどくなっていくので、スタッフも心配になっていたとのことである。

後半で、彼が、「私は風邪で病んでいますので、残念ですが数曲カットさせていただき、少し短いセットになりますが、ご了承ください」とアナウンスし、そのまま続行、(3曲カット)最後の、「ライブラリアン」はかなり苦しそうだったらしいが、(咳をこらえて)それさえ、観客には普通に歌っている様に聞こえたとのことだ。
したがって、アンコールがないので、聴衆は、戸惑ったのではないかという。

彼自身による英語の説明は、よくわからなかった人が多ったと思うので確かに何らかの日本語での説明のアナウンスを入れるべきだった。
デヴィッドは、よほど咳を溜め込んでいたようで、楽屋にかけこんで2、30分、言葉を挟めないほど咳き込んでいたらしい。
ロシアで風邪をひいて以来、全快しないまま、引きずってきたらしいが、長かった最後の大阪そして東京公演をよいものにしたいと願って、会話も避け、ひとときもきをゆるさず気を張りつめてきたとのことだ。
しかしながら、演奏自体ははずかしくないすばらしいものが出来たと考えているという。

     

 

2007/11/06(Tue)

このポカは習性という他はないな

 小沢がシナリオを描いていたというのはとんだ過大評価だった。
 そこまで権謀術数に長けた男ではなかったということだろう。

 小沢が土壇場でポカをやることは金丸信の東京佐川急便の闇献金問題のおり、その参謀として、世論を読みきれなかったばかりか、上申書を出すまで弁護士も立てていない、そして時効のかかっていた時期すら見誤る、という初歩的なミスをおかして、金丸を塀の中に落としてしまった、というあの”事件”に象徴的に現れているわけだが、人間というものは学習をするわけであり、あれから15年、当時50歳の壮年が65歳の老獪であるべき年齢に達したわけだ。
 少しは進歩しているかと思っていたが、また大ポカをやらかした。こういうのは宿命というのか、一種の身についた性格、素性のようなものかも知れない。
 人間、素性を修正するということはなかなか難しいということだろう。

 小沢一郎という人はあのごつい顔のせいでコワモテ、豪腕、という言い方がされるが、もとを質せばいまは花盛りの小泉、安部、福田、麻生、と同じ世襲議員、二世議員のひとりである。写真家の私の目から見るなら二世議員の特徴と言えば”顔をつくる”ということだ。

 ときおり小沢はぐっとコワモテ風に顔を作る。
 小泉は作りすぎるほど作ったし、安部に至ってはカメラ目線などと、まるでタレントのように衆を意識したパフォーマンスをやらかして評価を下げた。福田は一見ポーカーフェイスだがやはり、一瞬コワモテ風に顔を作ってしまう。

 こういった顔で小技をきかしてすぐ表情が読めてしまうスケールの小ささというのは二世議員の特徴で、吉田茂、池田隼人、大平正芳、田中角栄といったかつての大物政治家にはなかったことだ。
 田中角栄がカメラ目線などといってカメラを見つめながらコメントする図というのは考えられないことであるし、大平に至ってはぬーぼーとした牛が寝そべっているようで、一体何を考えているのかすらわからなかった。
 そういう意味では保守革新ともボクちゃん止めますと、すぐ職務を放り出してしまう軟弱なリーダーをいただかなくてはならない平成の民は不幸と言えば不幸である。

     

 

2007/11/05(Mon)

シナリオだろう

選挙出馬の人選をし、出馬要請をする場合、その前に探り(品定め)を入れるという手続きがある。
何年か前に民主党にその探りを入れられたことがある。
私の「東京漂流」のファンで一度ぜひ会ってほしいという民主党の議員が私の同郷ということもあって、会ったのだが、案内された料亭に行って、様子が違っていた。即座にこれは探りだとわかった。そこには当の議員の他、長老風の他、何人かのお目付け役のような議員が同席していたのである。
私は政治音痴を装い、つまらぬ座談でその場をしのいで帰ったのだが、その席に居た議員がまあそこそこの人間であったとしても、たかが知れていた。堅物というか冗談が通じないのである。品定めされる側が逆に品定めした格好だ。
マスコミに出る民主党の議員も口だけ達者でそこそこの人間に過ぎないが、見たこともないような民主党の若手議員の中には小泉チルドレンと甲乙をつけがたいくらい有象無象の馬鹿がいる。

小沢はこういった民主党に見切りをつけ、シナリオを書いたんだと思う。
もしまだ彼に国政に対する情熱があるのなら、近いうちに民主党を割って出るのではないか。
それしか残された道はないからだ。
密室政治はイカンというような建前論議だけにうつつを抜かしていると本質が見えなくなる。

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