ジョン・ウッドの泣ける物語
町田洋次先生がブログで紹介していたこともあり、
「マイクロソフトでは出会えなかった天職 - ボクはこうして社会起業家になった」(ジョン・ウッド著、ランダムハウス講談社)を読んだ。
いや、おもしろい。そして、やっぱり、泣ける。
この本は、マイクロソフトの幹部社員だったジョン・ウッドが、ネパールなどの貧困国の子供たちの教育のために、学校や図書館を作ることを目的とした、ソーシャル・ビジネスを立ち上げる話である。
町田先生のブログで、この本の詳しい紹介がされているし、日本の社会起業家と欧米のそれとの違いについても述べられているので参照して欲しいが、
リンク: 大きく考えること|町田洋次の社会起業家・エッセンス.
僕なりに考えたことを少し。
まず、この本がおもしろいのは、なによりもそこにドラマがあることだ。もちろん、成功した社会起業家の話にはすべて、ドラマがあるのだが、問題はそれが上手く表現できるかどうかということだ。せっかくの良い素材も、うまく表現できていなければドラマは上手く伝わらない。
9月にNHKBSが、三回シリーズで社会起業家特集をやって、僕も大いに期待した。日経新聞も24回ぐらいの特集を組むなど、社会起業家というものがブームの様相を呈しているが、さらに大きくブームアップされるきっかけになるのではないか?という期待だった。
NHKは、昨年、NHKスペシャルでワーキング・プア問題を取り上げ、大きな関心を呼び、国政にも影響を与えるほどの社会的な大ブームを巻き起こした。これがテレビの力である。映像メディアは人の感情を揺さぶる。活字は、比較的、ロジカルにモノを伝えるのは得意だが、感情を刺激する力はやはり映像の方が圧倒的に強い。ゴアの「不都合な真実」が環境問題への関心を一気に高めたのも、やはり映像の力なのである。
そんなわけで、NHKが特集を組むことで、社会起業家もブームになるかなと期待していたのだが、番組はまあ、正直言うとけっこうお退屈でガッカリした。扱ったネタはおもしろいし、取材も金のかかった丁寧で贅沢なものだったが、要は演出の問題なのである。前述のワーキングプア特集はインパクトがあったし、1月に放送された「インドの衝撃」は、タイトル通り衝撃的だったので期待も大きかったが残念だ。
社会起業家の話がおもしろいのは、そのビジョンとロジックの革新性にある。社会意識の高さとか、世の中のために良いことをやってますというのは、従来からのNPOやNGOも同じなのであって、その問題意識には社会起業家だからといって特別に新しいことはあまりない。新しいのはビジョンとロジックだ。NPOや企業では解決できないことを、革新的なビジョンとロジックで実現させるところに新しさがあり、おもしろさがあるのだが、メディアが社会起業家を取り上げる場合、そこの新しさ、おもしろさにハマってしまい、それを伝えれば良いのだろうという罠に陥ることが多い。しかし、ビジョンやロジックを紹介するだけでは単なるニュースであって、そこにドラマはない。
ニュース番組や雑誌の記事ならそれでも成立するが、ドキュメンタリー番組や、活字でも1冊の書物ともなればそこにドラマが無ければ、表現として成り立たない。ドラマとは、ビジョンやロジックのことではなく、それを実現させた熱意と実行力の物語のことであって、そこで共感を得ていかなければ、大きな社会現象は起こらない。
「マイクロソフトでは出会えなかった転職」にはドラマがある。つまり、ジョン・ウッドの熱意が伝わり、事業をスタートさせる時の期待と不安、事業を成長させる中での絶望と希望、そいういったモノがリアルに伝わる。その時々の、ジョン・ウッドの感情がリアルに感じられる。だから、彼と一緒にワクワクしたり、焦燥感に駆られたり、喜んだり出来る。子供たちへの思いに共感して、何度も泣ける。当たり前だが、感情が伝わってこそ、ドラマは成立するのだ。
ジョン・ウッドが展開している事業、アジアの貧困国に学校や図書館を作るというミッションは目新しいものではない。本著の中でジョン・ウッド自身が書いているように、そんな活動をやっている人間はいままでにのたくさんいた。ジョン・ウッドの革新性とは、数(量)である。彼の目標は、2020年までに1000万人の子供に学びの場を届けることにある。これは革新的な発想だ。
企業人でも起業家でも、事業をやったことがある人なら分かるが、事業の目標値によって、事業ノウハウも必要とされるテクノロジーもまったく変わってくる。たとえば、バングラディシュやカンボジアなどの国に、学校を一校作るのには約200万円くらいの資金がいるという。これは日本人なら、出すのにそう難しい金額ではない。友達を10人集めれば一人20万円。ポケットマネーでぽんと出せる人は少なくても、その気になれば出せないこともないという人も多いだろう。しかし、学校を100校つくるとなれば話は変わってくる。2億円を集めるのは並大抵のことではない。これがどれほどの金額かといえば、あの日本テレビが毎年やっている「24時間テレビ」で集まる募金が(公式サイトによれば)約10億円くらいらしいから、一人の社会起業家が思い立ってすぐに集まるような金額ではない。
ジョン・ウッドは1991年12月に事業を立ち上げて以来2007年6月現在までに、287校の学校、図書館3540カ所、コンピュータ教室と語学学校117カ所を建設し、2336人の女子児童に長期奨学金を提供しているという。
この数字を見ると、やはり数は力だと思う。ジョン・ウッドの革新性は数字が現している。数も凄いが、その成長のスピードも凄い。何故、スピードが大事なのか? 本書でジョン・ウッドはこう語っている。
「もし自分たちの活動が5年遅れたら、五歳の子供は10歳になってしまうんです。そうなれば、彼は学校で学ぶ機会を永遠に失ってしまうんです」
投資家に対してこう訴える場面は、泣ける。
本書はジョン・ウッドの冒険物語であり、成長物語でもある。社会起業家を目指す人たちだけではなく、自分の生きる道を探している人、自分が歩んでいる道が正しいのかどうか悩んでいる人、少しだけ生きることに疲れたり、退屈している人に多くのことを与えてくれるだろう。社会起業家の物語は、彼らが思っていた人たちよりも、もっと広く多くの人に、希望と勇気を与えてくれるのだ。
リンク: Amazon.co.jp: マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった: 本: ジョン ウッド,矢羽野薫.
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