日銀総裁の後任選びが難航している。政府が提示した武藤敏郎日銀副総裁の総裁昇格人事案が参院で民主党など野党の反対多数により不同意となったためだ。十九日の総裁の任期切れを前に福田康夫首相はぎりぎりの選択を迫られる。
政府が示した人事案は武藤氏を総裁に、白川方明京大教授と伊藤隆敏東大教授を副総裁にするというものだった。衆院では与党などの賛成多数で三氏の起用に同意した。しかし、野党が多数を握る参院では白川氏には同意したものの武藤、伊藤両氏については不同意とした。
日銀の正副総裁人事に衆参両院の同意が必要となった一九九八年四月の新日銀法施行以来、人事案が否決されたのは初めて。「衆院の優越規定」がないため、両院が同意した白川氏の副総裁起用だけが確定する異例の事態だ。
こうした状況を受け、調整への動きが慌ただしくなってきた。自民党の大島理森国対委員長と民主党の山岡賢次国対委員長は、総裁空席を回避するために十七日までの人事案提示が必要との認識で一致した。政府は新たな候補に差し替える方向で調整に入ったとされる。政府が最善として打ち出した人事案を変えるのなら、総裁に値する納得いく人材でなければならない。
政府内には武藤氏を総裁に推す再提示論も根強いという。新日銀法を改正して後任が決まるまで福井俊彦総裁が職務を継続できるようにする案なども取りざたされる。
今回の人事案をめぐっては与野党の政局を絡めた動きが目についた。総裁の任期は当初から分かっているのに政府は間近になって案を示した。特に民主党は武藤氏の総裁起用には「聞く耳を持たない」とのスタンスと受け取れた。理由は武藤氏が財務省出身で財政と金融政策の分離が保てないことなどを挙げているが、武藤氏は所信表明で「日銀の独立性を高めていく」と強調した。その発言を打ち消すだけの説得力に欠ける。
米景気の後退懸念を背景にした円高、株安など市場は不安定さを増している。迅速かつ効果的な対応と国際的な連携が求められる重要な時に、日銀のトップが空席という事態になれば国民の不安はさらに募り、日本の国際的信頼も大きく失墜しよう。
差し迫った時間の中だが、与野党協議や党首会談など手を尽くして早急に事態の打開を図らなければならない。与野党が大局に立って真摯(しんし)に向き合い、空白をつくることなく日銀総裁にふさわしい人選の成果を示すことが政治の責任であり、国際社会の信頼につながろう。
配偶者や恋人からの暴力「ドメスティックバイオレンス(DV)」の相談や被害届が、昨年一年間で二万九百九十二件に上ることが警察庁のまとめで分かった。
前年に比べて15・1%も増えており、年間統計を取り始めた二〇〇二年以降で初めて二万件を超え、過去最多を記録した。DV防止法が施行されて六年余りたつが、DVは「犯罪で人権侵害」という認識は次第に広がっており、隠れていた被害者の声が表面化してきたといえよう。
DV防止法に基づき、裁判所が加害者側に接近禁止などの命令を出したのは前年並みの二千二百三十九件だったが、被害者に付きまとうなど命令に違反して摘発されたのは、前年より三十二件増の八十五件だった。
同法以外での摘発は傷害や暴行などが千五百八十一件で、このうち殺人が七十七件あった。被害者の98・6%が女性で、年齢別では三十代が37%を占めた。
DV防止法は、今年一月に二度目の改正法が施行された。暴力だけでなく脅迫も裁判所の保護命令の対象になり、無言電話、連続しての執拗(しつよう)な電話・ファクス・メールなども禁止された。接近禁止は被害者本人や子どもだけでなく、親族にも拡大された。
ただ、最近、問題になっているのが若いカップルの「デートDV」だ。DV防止法の適用外で救済の対象に入っておらず、対策が急がれる。若いころからのDV予防のための教育や啓発も重要だろう。
増え続ける被害者のためには、シェルターなど受け入れ態勢の整備や精神的・経済的自立に向けた公的支援の充実も求められる。また、加害者への再発防止策の必要性も忘れてはならない。
(2008年3月15日掲載)