4.0 論文作成のルール
4.1 註の付け方
(1)どういう場合に註を付けるか
註が一個も付いていない論文がないわけではない。ただし、その場合、その論文に含まれている事実関係のデータはすべて自分で調査したものであり、議論の前提となる命題も、論証過程も結論もすべて自前のものでなければならない。しかし、多くの場合、全部自力で解決したと思っていても、間接的には様々な影響を受けているものであり、そもそも何かに自分が問題を感じるということ自体、そうしたものの見方、考え方が歴史的に形成されてきたものである場合がほとんどであろう。そうした様々な間接的、無意識的影響を漠然と放置しておくのではなく、むしろそうした影響の源泉を自覚的に探索すること自体が、実は註を付けるということの効用の一つなのかもしれない。
他の効用としては、その論文の読者に必要不可欠な情報を提供する(それは同時にその情報へのアクセスの確保ということでもある)、また読者の理解に何らかの補助を与える、といったことが挙げられるだろう。言うまでもないことだが、註は、論文らしい体裁を繕うための道具でも、自分が物知りだということをひけらかすための飾りでもない。
では具体的にどういう場合に註を付けるのか。
(a)引用の典拠を表示する場合
引用がおこなわれるのは主に次の三つの目的による。
i)自分が解釈しようと思っているテキストの当該箇所を提示するため。
ii)自分の主張の裏付けとなり得る他人の主張を提示するため。
iii)自分の考えを表現するのに、もう既にこれ以上はないというくらい的確な表現を他人がしている場合に、それを提示するため。
以上のいずれの場合も、引用しようとする箇所を逐語的に表示する(つまり、一字一句、句読点にいたるまで違えることなく、書かれてある通りに書き写す)場合は、その引用文を「 」(かぎカッコ)でくくるのが一般的である。しかし、特に(i)などの場合に引用文が数行に及ぶ場合は、その引用文の前後を1行ずつあけ、また引用文全体を2字分程度あけるなり、ポイントを落とすなりしてもよい。要は、その句や文が自分のものではなく他人のものだと明確にわかるようにする、ということだ。これは知的所有権の保護という法的観点から必要な措置であるだけでなく、他人の努力の結晶をこっそり自分の手柄のように見せかけるセコイ根性を決して認めないという強い決意表明でもある。
(b)本文中の叙述や主張をさらに補強・補完・補足する場合
本文中の論述には、それなりの一定の流れというものがある。そうした流れを阻害するような(いわば寄り道的な)記述は註に廻すべきだろう。たとえば
i)本文中のこの論点に関しては以下の文献を参照せよ、という場合。
ii)本文中のこの論点に関しては既に以下の(私自身の)文献において私は十分な検討をおこなった、というような場合。
iii)本文中の論点を補強するために異なった観点からの論述を示したい場合。たとえば、本文中に挿入するにはあまりに特殊な専門表現(数式、化学式、論証式など)で本文の哲学的論述の流れに違和感を与える場合。あるいは、自説に対する明確な反論を提示することによって、留保を付けたり、論究自体に奥行きをつけたい場合。さらには、想定される誤解や反論などを予め防ぐ意味で自ら説明を補足する場合など。ただし、こうした註をむやみに多用することは、逆にいえば本文の説得力が足りないということなのだから、慎むべきだろう。
iv)本文中で引用された文の箇所ばかりでなく、原文(たとえばトマス・アクィナスの文献ならばラテン語文)を表示する場合。これは必ず必要と言うわけではない(それぞれの学問分野の流儀というものもあるので)し、本文中に原文自体を引用するという方法もある。
(2)註の付け方
(a)脚註か巻末註か
自動的に脚註をそのページ内に割り振ってくれるワープロソフトを持っている人以外は、もちろん巻末註でよい。
(b)註番号の付け方
「カッコに引用文を入れる場合でも、引用文だけ新しい段落でカッコなしに独立させる場合でも、その引用文の末尾に註番号を付ける。」(14) という具合に、かぎカッコで引用した場合は、その直後に註番号をつける。それ以外の場合は、註をつけたい語句の直後、あるいは、その文の直後に付ける。
(c)引用の典拠を表示する方式
これは慣れてしまえばなんてことはないのだが、慣れるまでは結構面倒で退屈な、しかも神経を使う細かい作業である。典拠を表示する方式については、後で挙げる文献を参照してほしい。以下は、そのおおよその手順である。
1.引用文の末尾に付けた註番号と同じ番号を註の欄にまず記入する。
2.次にその引用の典拠を以下のいずれかの方式で表示する。
【和書単行本の場合】
著者名・『書名』・出版社・刊行年・ページ数
という順序。
(単行本の場合、書名はかならず二重カギカッコでくくること。)
とりあえず以下に三つの例を挙げておく。註番号は、仮に(3)として、ページ数は架空のもの。
(3)加藤信朗『初期プラトン哲学』東京大学出版会、1988年、21頁。
(縦書きの場合、数字は一九八八年などと漢数字にすること)
(3)加藤信朗『初期プラトン哲学』(東京大学出版会、1988年)21頁。
(3)加藤信朗『初期プラトン哲学』(東京大学出版会、1988年、21頁)。
翻訳書の場合は、たとえば、
(4)ウンベルト・エコ(谷口勇訳)『論文作法』(而立書房、1991年)3頁。
(4)ウンベルト・エコ『論文作法』谷口勇訳、而立書房、1991年、3頁。
いずれの方式を採ってもよい(卒論の場合はほとんど趣味の問題だ)が、必ず一つの方式に統一すること。
また、すぐ前の註で挙げた文献をもう一度引用した場合の註は
(5)同書、13頁。
というように「同書」と書けばよい。
ただし、直前の註ではなく、いくつか前に註で挙げたのと同じ文献を引用したいときは、「同書」は使えない。その場合は「前掲書」という語を使って、
(8)エコ、前掲書、34頁。
とする。この場合、著者名は姓だけでよい。
つまり、註番号、著者名(姓のみ)、前掲書、頁数。 という順書になる。
【和書雑誌の場合】
執筆者名・「論文名」・『雑誌名』・巻号数・刊行年(月)・ページ数
という順。
(論文題名が一重カギカッコ、雑誌名が二重カギカッコ)
たとえば、
(7)坂本百大「言語起源論の哲学」日本哲学会編『哲学』第42号、1992年、5頁。
(7)坂本百大「言語起源論の哲学」日本哲学会編『哲学』第42号(1992年)5頁。
(7)坂本百大「言語起源論の哲学」(日本哲学会編『哲学』第42号、1992年)5頁。
というような方式がある。
【洋書単行本の場合】
著者名・書名(編者)・出版地(出版社)・刊行年・ページ数
の順
(書名はイタリック体にするが、もし手書きの場合は下線を引いて表示。また、もし編者がいれば表記する。出版地と出版社はどちらか一方だけ、あるいは両方併記する、そのいずれでもよい。)
以下のような方式がある。
(2)Noam Chomsky, Aspects of a Theory of Syntax, Cambridge, M.I.T.Press, 1965, pp.233-235.
(2)Noam Chomsky, Aspects of a Theory of Syntax (Cambridge,M.I.T.Press, 1965), pp.233-235.
また、日本語の「同上」にあたるのが ibid. (「同じ場所に」という意味のラテン語 ibidem の略号)、 「前掲書」「前掲論文」にあたるのがop.cit. (「引用した作品の中に」というラテン語 opere citato の略号)である。
ibid. は文頭にくる場合は Ibid. と語頭を大文字にする。op.cit. は必ず著者名(姓のみ)を先に置いて用いねばならないので、大文字になることはない。
またドイツ語では ibid. を用いずに ebenda あるいはその略号のebd. を用いる。なお、英語やフランス語からみてラテン語は外国語にあたるので、両者をイタリック体にするスタイルもあれば、書名を表す時はイタリック体、論文名を表す時はローマン体というように使い分けるスタイルもあり、いささか流動的である。もちろん一貫してローマン体で通すこともできる。たとえば、
(3)Ibid., p.240.
(8)Chomsky, op.cit., p.211.
という具合である。
【洋書雑誌の場合】
執筆者名・“論文名”・雑誌名・巻号数・刊行年・ページ数
の順
(雑誌名はイタリック体にするかアンダーラインを引く)
たとえば、
(11)R. Sorabji, “Body and Soul in Aristotle”, Philosophy 49 (1974), p.63.
【著者−刊行年 方式】
社会科学系や自然科学系の論文で用いられている方式が最近、哲学関係の論文中でも用いられるようになってきた。それは引用文の直後に[ ]内に著者名(通常は姓のみ)・刊行年・ページ数 だけを表記し、詳しい書誌情報は巻末の文献表にまとめてアルファベット順に表記する、というものである。
同一著者による同一刊行年の複数の著書を引用する場合は以下のようにa,b,c というアルファベットを付す。この方式は和書でも洋書でも用いることができる。たとえば、
「 引用文 」[加藤, 1988:21]
「 引用文 」[Chomsky, 1965a : 45]
という具合である。この場合、巻末の文献表の表記は先に述べたような表記法と異なり、著者名の次に刊行年がくることを忘れてはならない。たとえば、
Chomsky, Noam, 1965, Aspects of a Theory of Syntax, Cambridge, M.I.T.Press.
加藤信朗,1988,『初期プラトン哲学』,東京大学出版会.
というようになる。これは文献表になっていなければならないので、著者名(姓の方)のアルファベット順(和書だけなら五十音順)で並べる。したがって、欧文名の場合はラストネームを先に書くことになるので注意せよ。