家庭のだんらんを襲った中国製冷凍ギョーザによる中毒事件。取材班の一人として連載企画「食卓の死角」を担当し、中国産に依存する日本の食の実態と、冷食産業全体に広がる消費者の不信感を痛感した。事件の真相究明にはいまだ至っていないが、あえて明記したいことがある。問題のギョーザを販売したひとつが「食の安全、安心」を掲げる生協だったということだ。
事件が発覚したのは1月30日、販売した日本生活協同組合連合会(日本生協連)と輸入元の親会社・日本たばこ産業の会見だった。昨年12月28日と1月22日に、中国の天洋食品製造の「CO・OP手作り餃子」を食べた千葉県の計2家族7人が中毒症状を起こしていたのだ。これが、中国製冷凍食品から複数の種類の殺虫剤が次々と検出される騒動の始まりだった。
事件には予兆があった。「オイルのようなにおいがきつくて食べられない」「薬品のような味がした」。昨年10月と11月に、天洋食品製造の冷凍ギョーザを購入した宮城県と福島県の消費者から、日本生協連に苦情が寄せられた。なのに、日本生協連はにおいの強かった外袋だけを調べて有機溶剤を検出し、「流通過程で付着した」と判断。付着原因を解明しないまま、袋の中身を調べはしなかった。
「食の安全」をうたう生協が、この時点で綿密に検査していれば、中毒事件を防ぐことができたかもしれない。事実、福島から回収したギョーザを事件発覚後に検査し、高濃度の有機リン系殺虫剤のジクロルボスを検出している。
対応の悪さは、その後の記者会見や広報の姿勢にも表れて、「食の安心」を求める消費者の信頼を失う一因となっていく。
今年2月5日、日本生協連は会見を開き、宮城や福島の消費者からの苦情を受けながら中身を検査しなかった事実を明らかにした。その際、役員らは「下痢などの症状がなかった」「袋と同じにおいだったので、原因は袋と推測した」と繰り返すだけで、「中身を分析すべきだった」と非を認めたのは会見開始から2時間も過ぎた後だった。
事件を受けてすべての中国製食品を検査し、「天洋食品」以外の工場の製品から有機リン系殺虫剤メタミドホスが検出された際の発表の仕方にも問題があった。報道機関への連絡や記者会見もなく、日本生協連のホームページ(HP)に、検出した数値と冷凍食品の商品名を掲載するだけで、別の工場で製造されたことには一切触れなかった。日本生協連は「検出が微量で、HPの記載も、報道機関への連絡も必要ないと思った」と釈明したが、消費者が中国製品にナーバスな時期にあまりに鈍感な対応だ。
私は、そんな生協の体質とはあまりにかけ離れた光景を記憶している。
25年ほど前のことだ。大阪の小学校の中学年だった私は、地方生協の職員が近くの公園で化学実験さながらに食品の安全性をPRするイベントが楽しかった。お湯の入ったビーカーにウインナーを入れて、アルコールランプで徐々に熱すると着色料を使ったものは湯が赤くなり、生協の方は透明のままだった。生協の食品に着色料や添加物が入っていないことを説明する職員の誇らしげな姿を覚えている。
日本生協連はコープブランド商品の開発と加盟団体への供給を担い、地域生協は商品を販売し消費者と直接向き合っている。日本生協連と地域生協では組合員に対する役割が違うし、25年前と今では時代も変わり単純比較できない。しかし、生協が変容したのは間違いない。83年当時の全国の生協の売り上げは1兆3214億円。06年度は2兆9550億円と、物価を考慮しても倍以上に伸び90年代以降は大型店も出現した。
ある地方生協幹部は「組合員を増やすため大手小売店と価格競争してきた」と「安さ」を追求してきたことを示唆する。「規模も大きくなり、商品開発や品質管理を担う日本生協連と、組合員から直接要望を受ける地方生協との連携にゆがみが生じているかもしれない」。ある生協関係者は、生協の中枢である日本生協連が組合員の声を反映しきれていない現状を認める。
日本生協連は再発防止に向けて第三者検証委員会を組織、5月末の提言を受けて改善を図るとしている。対して、事件発覚後に宅配先への「おわび行脚」を続けているのは地方生協の職員だ。頭を下げる職員に「がんばって」と激励する組合員の声もある。その期待を裏切らぬためにも、生協はいま一度原点に戻る必要があるのではないか。(社会部)
毎日新聞 2008年3月14日 0時02分