白央篤司の昭和系日記

2007-02-26 ある判事の嗚咽 ―袴田巌事件―

花言葉は「無罪」

 「あちゃあ……」そんな言葉しか出てこない。ある老人の告白を聞いて、ただ私は呆然としてしまった。空虚というか、虚無というか……なんとも辛苦に満ちた人間の声を、昨日テレビは流していた。「報道ステーション」(テレ朝系列)で特集されていた「袴田巌事件」、私はこのニュースで初めて知った。41年前、1966年に起こった一家4人殺人放火事件犯人として捕らえられた袴田巌―--彼は最高裁ですでに死刑が確定している。

 そのとき最初に彼を裁いた地裁判事が告白したのだ。

「私は……結審のとき彼を無罪だと思っていたのです」

 冷房もない盛夏のさなか、ときに16時間にも及ぶ取調べが連日行われる中の「自白」。その判事は自白の疑わしさ、そして状況証拠の弱さを思い有罪結審に異論を唱えたが、多数決で彼は有罪になってしまう。

「以来41年間、親のことを思い出さない日はあっても、彼のことを忘れた日はない。判決を聞いたときの、そのカクンとした顔を!」

 レポーターはそのあと彼に問うた。

「今、もし彼に会ったらなんと声をかけますか」

せきを切ったような勢いで、彼は泣き崩れた。嗚咽、というのはこういう声なのか――吐瀉物のように声にならない声がこぼれてくる。顔を覆って苦しんでいた。あまりにも悲痛だった。

 実際、袴田氏が無罪なのか冤罪なのかは知る由もない。しかし、多数決であったにせよ、その判事自身の信念にもとる判決が出てしまったのは事実なのだ。そして、その刑はこともあろうに極刑だった。判決後7ヶ月経って、判事は辞職願を出した。その後41年間、袴田氏は死刑囚として投獄され、判事は懊悩のうちに生きた。

 袴田氏はどういうわけかずっと死刑執行されないままに今に至り、現在精神に異変をきたしているという。なんという事実だ。なんという現実だ! 

 平成21年度までには、死刑制度も存続のまま裁判員制度がはじまる。


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