読売の3月1日付編集手帳に
こんなことが書いてあった。冒頭部分を引用すると・・・・・
近代化学の父、ラボアジエはフランス革命で徴税請負人の前歴を咎(とが)められ、断頭台の露と消えた。仕掛かりの実験が終わるまで処刑を待って欲しいという要請は退けられる◆「共和国に科学者は要らない」。革命裁判所は彼に告げたと伝えられる。科学的知見はときに、都合の悪い事実も統治者に突きつける。独裁政治の妨げだ、ということだろう◆お隣の中国も・・・
ラボアジエは話のマクラで、本題は例の冷凍ギョーザ事件だ。しかし、これを読んで最近判決の出た足利事件を思い出した。
弁護側がDNA鑑定の新証拠を提出したにもかかわらず、再審請求は棄却されたのだが、その証拠不採用の理由が「(DNA鑑定の試料となった)毛髪が受刑者の物かどうかわからない」というものだ(こちらから引用)。これではただの言い掛かりだ。
ギョーザ事件についての中国側の対応を笑うのは簡単だが、日本でもたいして違わないことが起こっているのだ。こんなことだと、死刑廃止問題も、―「江戸市中引き回しの上、打ち首、獄門」なんてカッコイイせりふを吐きたいんなら、もっとまともな仕事をしろ―ってことになりはしないか?
本番に備えて裁判ネタ。
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