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「仁術」、でも限界 救急医の当直料、働きづめで1万円

2008年03月13日

 朝から始まり、徹夜を経て次の日も終日続く36時間勤務。しかも、扱うのは人命だ。そんな過酷な仕事に見合わない「当直料」に、救急医の失望は深い。給与を支払う病院の経営は苦しく、医師不足の中では増員も望めない。激務が若手に敬遠されれば、将来の救急医療はどうなるのか。現場の医師たちは危機感を強めている。

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 兵庫医科大病院(兵庫県西宮市)の人事担当者に今年1月、西宮労働基準監督署から1枚の指導書が手渡された。

 医師の過酷な職場環境が労働基準法に触れる可能性があると指摘し、改善報告書の提出を求めるものだった。救命救急センターの当直医は、夕刻から翌朝まで働きづめで患者の対応に追われるが、同病院ではこれまで当直業務について、ほとんど働く必要がない「宿日直勤務」とみなし、1回2万円の宿直料しか払っていなかった。

 同労基署は「明らかに違法状態」と指摘するが、病院側の受け止め方は異なる。当直時間分の時間外勤務手当などをすべて支払うと、病院全体の人件費が数億円単位で増え、経営を圧迫しかねない。担当者は「労基署の指導は、どこまでを労働時間と認めるか労使で協議しなさい、という意味」と話す。

 朝日新聞の調査で、兵庫医大のように時間外手当などの代わりに「宿直料(当直料)」などとして定額支給していたのは14施設。最も低いのは近畿大付属病院(大阪府大阪狭山市)の1万円で、次いで奈良県立奈良病院(奈良市)など3施設の2万円だった。ほかに5施設が患者を処置した時間だけ時間外手当として1万2千〜2万円の宿直料に加算していた。

 都道府県立病院の勤務医の平均月給(諸手当除く)は、兵庫県で約48万円(平均年齢43歳)、奈良県で約43万円(同41歳)で、時給換算で2500円前後だ。時間外加算分も考慮して計算すると、1回の泊まり勤務で少なくとも4万円になるが、大半がこの水準を下回っているとみられる。

 妊婦の搬送をめぐる問題が相次いで表面化した奈良県。県の新年度当初予算案では、県立病院勤務医の待遇改善に約3億円を計上した。激務とされる産科や小児科などの給与に月2万円を上乗せするのが柱だが、救急医は対象外となった。県幹部は「救急は話題にも上らなかった」と明かす。

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 大阪府保険医協会が06年末、病院勤務医を対象に実施した労働環境実態調査(有効回答560人)では、当直時に36時間以上の連続勤務をしている医師は全体の3分の1。将来、医師のやりがいや使命感が「失われていく」と回答したのは4割強に上った。改善策として、「診療報酬の改善」「勤務医の増員」などを望む声が多かった。

 「患者は24時間365日、ひっきりなしに来る時代になっているのに、夜間の仕事が正当に評価されていない」。兵庫県内の救急医はこう指摘する。救急の現場の実態と病院のあり方がずれているが、医師が結集して病院と賃金交渉することもない。「これまで勤務医は『医は仁術』の意識でやってきたが、このままでは若い医師が逃げてしまう」と警鐘を鳴らす。

 大阪市内の救命救急センターの救急部長は「同じ病院でも非常勤の当直医には一晩に10万円前後支払われており、常勤医との格差が大きすぎる」と訴える。「当直料が上がれば、少しは状況が改善されるのではないか」

 こうした救急医の労働実態は正確に把握されてこなかった。実労働時間は救急患者の有無や重症度などによって日々異なり、当直日誌に手術時間は書かれても、病室の巡回や若手の指導については記録されないことが多い。その結果、救急患者が今ほど多くなかった20〜30年前の定額宿直料が維持されてきたという。

 過労死弁護団全国連絡会議の代表幹事、松丸正弁護士は「実際の労働時間が把握できず、過労死裁判を起こそうと思っても起こせない遺族もいる」と話す。

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