「KY総理」のキャラ分析―内なる熱さを秘めた黒子の未来やいかに―斎藤環(精神科医)(4)

2008年3月12日(水)09:29
  • PHP研究所
3から続き

あの「冷笑」を忘れるな


福田氏が2007年の自民党総裁選挙に掲げた理念は、「自立と共生の社会」「ストック型(持続可能)の社会」「男女共同参画社会」の3点である。ここには派手なキャッチフレーズもなければ、勇ましい決意表明もない。この目標について正面から反対を唱える人はいないだろう。実際「それは結構ですね」としか言いようがない。ひと言でいえば、地味である。海の向こうで民主党のオバマ候補が「変化」をキーワードに華やかな喝采を浴びている姿とは好対照だ。

そう、オバマ候補と対比するのもおかしな話だが、福田氏の目標には「変化」への志向が決定的に欠けてみえる。しかし、本当にそうだろうか。

総理就任以前に出版された衛藤征士郎氏との対談で、福田氏は次のように述べている(『一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ』KKベストセラーズ)。

「これが政治、というのを話すとごくごく当たり前の話になります。なんだ当たり前のことを言ってるな、というのが政治の本当のところなんですよ。世の中っていうのは静かに変わっていくんです。静かなる改革が一番良いんです」

この本には、必ずしも本音とは思えない発言もところどころ散見されるが、少なくともこの部分は本音のように思われる。おそらく福田氏は、スタンドプレーで人々を魅了するよりは、むしろ黒子のようなリーダーシップを理想としている。内閣支持率も50%前後くらいで安定するのがいちばんよいと考えているのではないか。もちろん支持率低下は避けたいが、高すぎる支持率も不安定化要因たりうるからだ。

いわば「鼓腹撃壌」的な、透明な政治性をめざすこと。官房長官時代から総理となった現在に至るまで、これが福田氏における、1つの行動原理になっているように思われる。ただし、これはけっして「調整役に甘んずる」という謙譲の美徳を意味しない。そうではなくて、時間をかけて調整を重ねながら、確実に変化を定着させていく、という強い信念なのである。それゆえ福田氏には、調整能力と粘り腰においては自分の右に出る者はいない、くらいの自負もあるはずだ。

「つなぎ内閣」として福田政権の短命を予測する向きもあるようだが、私にはそうは思われない。

かつて総理大臣の任期について問われ、福田氏はこう答えている。

「四年堅持できないような人はならないほうがいいです。1年間全力投球でやりますなんて言う人は駄目ですよ」(前掲書)

そもそも短命の政権では、改革の話が進められないし、役人も本気になれない。政策は3回、4回と予算を組むなかでようやく実行できる。予算だけでなくそれをサポートする法律を通したり、正確に執行されるか監視したりするためにも最低4年は必要だ、という主張である。

現在もこの考えは変わっていないだろうから、総理を引き受けた以上は、長期政権を担当する覚悟も固めているはずだ。もし短命に甘んずるとしたら、それこそ私は「公約違反(公約ではないが)」と批判したい。福田氏が掲げる財政の健全化も、消費者保護も、小泉政権で割を食わされた弱者の救済や社会保障制度の見直しも、東アジア共同体を志向する外交政策も、すべて短命政権には担いきれないものばかりだ。時間をかけて1つひとつ、じっくりと取り組み、実現までこぎ着けてもらいたい。

懸念されるのは、最近の福田総理から次第に冷笑的態度が消えて、低姿勢の、調整と話し合いの側面ばかりが増えつつあるという点だ。暫定税率問題や高速道路建設の問題にしても、なにか、なし崩し的に改革が骨抜きにされつつあるような予感すらある。差し当たり、これらの問題は、福田内閣のなかでは優先順位が比較的低かったのだろうと好意的に解釈しておこう。しかしこれ以上そうしたなし崩しを避けるためにも、私はあの「冷笑」を忘れてほしくないのだ。

私は総理大臣職に「人間味」を求めない。誰とはいわないが、いわゆる「人間くさい政治家」の弊害を、小泉以前までさんざ見せられてきたからだ。ただ私は総理に誠実な演技を求めたい。誠実さを演ずるのではなく、誠実に総理を演じてほしいのだ。

地味な調整役を演じながら、人々に支持されるキャラの演技。それはいってみれば、「木で鼻をくくった誠実さ」(神田橋條治)のような誠実かもしれない。しかし私は見てみたいのだ。調整と話し合いに勤しむ「ツンデレ執事」が、ゆっくりと着実に政治を変化させていく姿を。

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