Urban Cafe - Oofuri

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この想いよ、貴方にとどけ!

 

 

1.

 

 

 

道端の草むらからの虫の音ばかりがよく響く夜道をヒタヒタと家路につく。

(今日もサボっちまった。)

家族に野球部の練習に出てないことは告げていない。

小学生の頃から野球を始めて、ボールを追って、投げて、それが楽しくてずっと過してきたのだ。

待望の野球部名門高でエースの座を貰いながら練習をサボったりしたらきっと心配する。

いや絶対心配する。

っつーか問い詰められる。

それは困る。

今の準太には、説明することができないから。

だから今日だって、バレないように、近くの市営図書館とコーヒーショップで時間を潰してきた。

その分、宿題も予習も済ませてしまったから、今学期の成績は上がりそうだけど。

 

「ただいま。」

「兄ちゃん、おかえり。」

「準太、先にお風呂先はいっちゃって。」

「ウス。」

練習着が汚れてないことを母親に知られないように、風呂場に直行して、洗濯機に放り込み、スイッチを入れた。

 

 

夏大に負けたのは両親も知っていた。

地区一回戦負け。

それも新設野球部との対戦で。

去年甲子園へ行った桐青にとっては、あり得ないアクシデント。

春だって良い成績を収めたのに。

「夏は怖い」と言っていた和さんのことばが胸に蘇る。

試合のあの日は、母親が応援に来てくれていた。

朝早くから起きて弁当を作って、雨の降りしきる中、観戦してくれたのだった。

いや今回だけじゃない、準太の母親は準太と弟の公式戦は、できるだけ見に来てくれる野球ママなのだ。

桐青もご他聞に漏れず、野球部の父母会がある。

レギュラーの父兄の団結ぶりは特に凄い。

あの日も、チームメートの親御さんたちと一緒に自分たちを見守ってくれていた。

タケの母親も、迅のママも、みんな一緒にスタンドから声援を送ってくれた。

そして、慎吾先輩と山さんの母親と並んで観戦していたのは、あの人のお母さん。

あの人と同じ、優しそうで温和な面影をしていた。

どの親も子供が小さい頃から野球をやってきたのだ。

甲子園を目指して。

いやできることならプロになれればいいと思っているだろう。

それが駄目なら大学推薦で野球部へ。

そんな親たちの応援と協力があっての今日の自分たち。

 

 

解っていた。

解っているから親に心配は掛けられない。

これは準太自身の問題なのだから。

 

試合後の反省会では、思ったより点を入れられなかった事が焦点になっていた。

失点を4点に抑えた投手の準太を責める者は誰もいなかった。

桐青の守りは良かったのだ。

これくらいの得点は過去の試合中に取られたことがある。

それでも勝ってきたじゃないか。

それは打手陣がそれ以上の得点を挙げられたからだ。

今回は、西浦の投手の球を打てなかったことが負けた原因だというのが、一致した意見だった。

 

「準太は今までどおり投げてればいい。そうすれば俺たちは勝てる。」

新しいキャプテンのタケもそう言ってくれた。

「準さん、俺がんばるから。よろしくね。」

正捕手になった利央も気を遣ってくれている。

自分は恵まれている。

それなのに・・・。

 

(このままでは無理だ。)

そう痛感していた。

 

 

今までだって先が見えなくなって困惑したことがあった。

自分の投げる球に自信を失ったことだってあった。

でもいつも、あの人がいた。

あの人が、自分の進むべき道を一緒に考えてくれた。

言い聞かせるでもなく、準太が自分で自分の道を見出せるまで、ゆっくりと話を聞いてくれたのだ。

(和さん・・・)

「準太、お前運がいいな。和巳に球とってもらえるなんて。これでエースが務まらなかったら、お前は相当なヘボピだぞ。」

一年前、バッテリーを組むことになった時、先輩の慎吾からからかうように言われた言葉だ。

そしてそれからの一年、投手としてのプレッシャーのかかる場面で、慎吾の言葉通り、和巳は何度も準太を支えてくれた。

そして投手として成長もした。

準太は、自分でも努力しているから、投手としてはいい球を投げる方だと自負している。

それは本当で、一生懸命練習しただけの自信だってある。

だから、エースとしてマウンドに立つことが怖いわけじゃない。

そうじゃなくて、原因は、そこじゃなくて、もっと違うところにあるのだけれど。

それは、誰にも言えない密やかな理由なのだ。

そう、あの人にだって言えない。

叶わない想い。

禁断の恋心。

断ち切らなければと思う。

この想いを断ち切らなければ先には進めない。

桐青のエースとしてマウンドに立つ資格がない。

 

だけどだけど、本当は断ち切りたくないとしたら。

 

夏大で負けた後、3年は全員引退した。

これは桐青野球部の伝統だ。

秋大からは、2年を中心にレギュラーを組む。

そこで準太は名実ともにエースになるはずなのだ。

 

新しい相方は、一年の中沢利央。

中学の時から知っている仲だ。

学年が違うからバッテリーを組んだことはなかったけど、ひょうきんなくせにチーム思いのいいやつだ。

そして利央はキャッチとして才能がある。

肩だっていいし、勝負に出ることを怖がらない。

投手をたてる配給じゃなくて、各打者によって攻める配給をしてくる。

いやなわけじゃない。

勝つためには、それは必要なことで。

全然嫌じゃないんだ。

でも、あの人じゃない。

プロテクターの中から自分に向けられる眼差しは、マウンドに立つ自分の不安を受け止めてはくれない。

「準さん、しっかりしてよ。」

エースがそれじゃ駄目だよ、と言われても、準太は返す言葉がなかった。

あの人だったら、こういう時、そんな風には言わなかった。

「準太、どうした?何か、悩み事か?」

そう言って準太の気持ちを心配してくれただろう。

あの人だったら・・・そう比べてしまう自分が女々しくていやだ。

利央のせいじゃないし、あの人のせいでもない。

全ては自分の心持ちの問題なんだ。

本当に情けない。

あの人に、和さんに、自分はどれくらい頼っていたのだろう?

あの人が自分の球を受けてくれるだけで、マウンドに立っても安心できた。

自分は、あの人に球を捕ってもらったことで、腰抜けになっちまったのか。

いや違う。

違うんだ。

この気持ちは。

 

 

(和さん。)

夜空を見上げながら、準太は和巳の名を呼んだ。

 

 

 

***

 

 

夏大が終わり、参考書を買いあさり、予備校に通う日々が始まった。

キャプテンをやらせてもらったのに、一回戦負けに終わってしまった成績の責任を和巳は心に引きずって毎日を過していた。

監督もチームメートも皆、河合は良くやった、和巳はいいキャプだと言ってくれたけど。

自分の力が足りなかった、そう思う。

それは責任感というより、罪悪感にちかい辛い思いだった。

キャプテンであるとともに、和巳はキャッチだ。

だから投手のことが一番気になっていた。

幸いエースの準太は2年生、来年もう一回甲子園に挑むチャンスがある。

今年の経験を生かして、来年は頑張るんだぞ。

それくらいしか言ってやれなかった。

準太は、涙をいっぱい溜めた目で、和巳を見つめていた。

「和さん、スンマセンでした。」

スンマセン、と繰り返しながら泣きじゃくる準太を、思わず抱き締めていた。

「ごめんな、お前をもっと上手く投げさせてやりたかった!」

思わず漏れた声。

キャプとしてではなく、捕手として、準太に謝りたかった。

大切な準太、俺のエース。

お前は俺の手を離れても、桐青のエースとして活躍して欲しい。

 

それにしても・・・。

監督は、大学へ行っても野球を続けたいのならば、都内の大学へ推薦してくれると言ってくれた。

推薦・特待なら、家族だって助かるだろう。

うちは、困窮しているわけじゃないけど、弟妹がいるし、経済的に負担が軽くなればそれに越したことはない。

大学でも野球を続けられる・・・小さい頃から野球をやってきた自分にとって、それは願ってもないことなのに、そんなありがたい話が今は辛い。

 

やりたくないのか、いや、そうじゃなくて。

何かが足りないのだ。

野球以外の部分で、自分は何かを失いかけている気がしてならない。

 

 

ブルブルと携帯が震えた。

ディスプレイを確認する。

利央からのメールだ。

「準さんがサボってみんなおこっています。・・・」

『準』という字を見ただけで、胸が高鳴る。

考えないようにしていた、忘れようとしていた、大切な存在。

練習をサボってるって、どうなってんだ。

準太は、何事に対しても真面目に取り組む性格だから、野球だって好きという以上に、部員としての義務はちゃんと果たすやつだ。

サボる、と表現した利央だが、和巳には状況がつかめない。

準太は練習に出ないことはあっても、サボったことなんてない。

サボるってのは、練習が嫌で逃げるってことだろう。

あんなに投げんのが好きで練習に熱心だった準太が逃げるなんてありえねぇ。

あいつに限ってそんなことありえないのだ。

「わかった。一度あいつと話してみる。とりあえず、みんなをなだめといてくれ。」

どうした準太、何があったんだ。

その晩、和巳は勉強が殆んど手につかなかった。