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第34回 「小説にならないことは、ぜったいにやらないよ」
2008年03月05日(水)

前回の「前田さんが漏らした言葉に、わたしは無意識のうちに演出されていたのです」という一文を読んで、また大げさなぁ、と溜め息を吐かれたかたもいらっしゃるのではないかと思いますが――、

ちっとも大げさではないのです。
16歳のときから15年間、演出家(東由多加)と暮らしたことも大きいと思うんですよ。
最初の2年間は役者として演出されてましたからね、
「つまんない」といわれるのがいちばん辛いわけですよ、
あと「つまんなさそうな顔」をされるのも……
でも、ものごころついたころからですね、
ひとをびっくりさせたい、と思いつづけていて、思い詰めていた、といっても過言ではありません。
小4のとき、サンリオショップで万引きをして、家と学校にバレてタイヘンな目に遭ったんですが――、
盗んだ文房具は、教室に一番乗りして、クラスメイトたちの机のなかに隠しました。
当時のわたしはイジメられていて(あだ名は、バイキン)クラスのだれとも口をきけませんでした。
「おはよう!」とつぎつぎと教室にはいってくるクラスメイトたちが、
ランドセルのなかから教科書やノートを取り出して机に入れる――、
その一瞬のドキドキのために、盗みを犯したのです。

東由多加も、わたしとよく似た性格でした。
例を挙げるとキリがないんですが、
ふたりで雪深い温泉宿に逗留していたときのことです。
浴衣に丹前を羽織って散歩していると、
東が指差しました。

「これ、欄干だね。ていうことは、ここ橋なんだよ」

橋は雪に埋もれて、欄干は腰の高さまでしかありませんでした。

「下は川なんだね。こっから飛び降りたら、どうなるんだろ?」

と、わたしがいった瞬間、東は欄干をまたぎました。
ズボッ、と音がして、東の姿が雪に消えました。
つぎの瞬間、ズボズボズボッ、と雪が動きました。
『トムとジェリー』のドタバタシーンのような動きで、あまりにも現実感がなかったのですが、「死ぬかもしれない」と我に返って、ワーワー叫びながら岸辺のあたりにまわり込みました。
東は雪の壁をパンチしながら突き進み、全身雪まみれになって生還しました。

「びっくりすんじゃんかさッ!」

わたしは怒りました。
東は、真っ青な顔で息を切らして、いいました。

「やるときゃやるさね」

いかに馬鹿なことをやるか、ということだけを考え、思慮分別からは可能な限り遠ざかり、石橋を叩き壊して跳ぶ、という勢いを失わないように、いつもふたりで腕を組んで助走していました、馬鹿みたいに。

4月20日は、東由多加の命日です。
8年の歳月が過ぎました。
けれど、わたしはいまだに、東が死ぬ前にいった「あなたは、小説にならないことは、ぜったいにやらないよ」という言葉に演出されているような気がしてならないのです。

話を、五反田団のみなさんと過ごした京都の夜に戻したい、と思います。

投稿者 MiriYu : 2008年03月05日 13:00

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