「あ…」 目覚めてすぐ視界に入った夕映の寝顔に、のどかは思わず安堵の溜め息をついた。
「あたたかい…」 夕映の平熱は、のどかより高めだった。 その小さな身体に、溢れんばかりのバイタリティを積め込んでるからなのかも知れない。 そんな掌に感じる馴染んだ熱に、今度こそ のどかは身を起こして抱き着いた。 「ゆえ… 良かった…」 涙がポロポロと零れ、夕映の頬を濡らす。
「大丈夫です… 私はちゃんとここにいるですよ」 抱き付くのどかの頭を撫でさすって、夕映は彼女に笑い掛けた。 「ゆえぇぇ…」 「心配かけてごめんなさい。
だから大丈夫です、と繰り返すと、泣いて腕に力を篭める親友を、しっかと受け止め宥める。 そんな二人の横で、ハルナは一人 穏やかな眠りを貪っていた。
のどかと夕映が再会を喜びあっていたその頃。 「出来るなら、これからも木乃香の事を守ってやってくれないだろうか?」 関西呪術協会の長であり、木乃香の父親でもある詠春の執務室。
詠春の言葉に、刹那はどうしていいものかと戸惑った。 自身の正体は、結局 明かさずに済んだ。
自ら距離を取りたい訳ではない。
そんな現状に、刹那は引くも進むも出来ない、そんなジレンマを抱え続けていたのである。 「…君の気持ちも判るつもりです。
「…長」 胸に残る言葉に、刹那はただ俯いた。 そんな彼女を慈しむような瞳で見詰めた後、詠春は窓の外へと視線を向ける。 春先の小鳥の声が、外の桜から響いてくる。
その景色とは裏腹に、昨日は大変だったからロクに眠れなかった為か、いつも以上に彼の血色は悪い。
「このかにとっては、これからこそが、本当の意味での始まりです」 魔法の事を、そして自身の事を知ってしまった以上、木乃香は進むしかないのだ。
「はい」 「それに…」 言い掛けて、ぎゅうっと拳を握る。
「悪い虫が纏わり付かないよう、君には側に居てあの娘を守ってやって欲しい」 「はいっ」 二人から立ち上った黒い気配に、窓の外の小鳥たちが逃げる様に飛び立った。 「あれの趣味が、もう少し、もう少しでいいからまともだったら…
昨夜、あの後。 とにかくもう休むべきだと、それぞれに案内させる為に配下を呼び出した。 言うまでもなく、巫女装束の若い娘である。 内務を司るのは、ほぼそうなのだから仕方がない。 そうして応じてやって来た女性に、お約束の様に「僕のこの胸の痛みを癒して下さ〜いっ」と、飛び掛かってくれやがったのだ、あの少年は。 勿論言うまでもなく、即座に高音・愛衣ペアに阻止されたのだが。
が、その後も正直どうかと思う行動を、二人や木乃香たちに諌められては、また繰り返すったら繰り返す。
飛び抜けて秀でた能力を持つ者の中には、少なからず違うトコロへ行き着く者がいると、ナギとの付き合いから詠春は知っていた。
悪癖だらけのナギは言うに及ばず、アルの言動は真面目と言う言葉を少しは覚えろなアレで、ラカンの行動はもう少し脳みそ使えやワレなソレで、ガトーもガトーであれで結構…
そんな事より、今は木乃香だ。 何せ、言葉通り目に入れても痛くない様な、珠の如き愛娘である。
ナギの無節操さとアルの無軌道さとラカンの無思慮さとガトーの……とにかく、色々な意味でロクな人間ではないのは間違いないだろう。
なのに、選りによってそんな問題児と、大事な愛娘のキスシーンを見せ付けられた訳で。 穏和な詠春にしても、色々考えてしまう所が有るのは仕方ない事だろう。
「その気持ち、良く判ります、長」 彼女にとって、木乃香は掛替えの無い宝なのだ。
「判ってくれますか」 「ええ」 手を取り合い互いに不幸を慰めあう彼らは、傍目にちょっとと言うかかなりアレだった。
…まぁ、見てる者など誰もいないのだが。 「では、このかの為、これからもお願いしますね」 「…はい。
ぎゅっと、手と手を握りあう。
「それで彼らは一体?」 気付けば居た、見慣れぬ3人の少年少女。
当の横島たちにしても、何とも答え難い。 自発的にこの場に居る訳ではないからだ。 言ってしまえば、エヴァに連れて来られたのだ。 従者が主に従うのは当然だと。
「あぁ、新田先生」 「どうしたんです、瀬流彦くん?」 助け船に入ったのは一人の優男。 ケっと吐き捨てる横島の手を、後ろから見えないように高音が抓る。 「それがですね、そこの彼らなんですが…」 「おや、君の知り合いかね?」 「いえ、学園長先生から彼らについて連絡が有りまして」 その言葉に、なに?、と新田も先を促した。 「急遽旅行に同行出来るようになったマクダウェルさんたちの為に、学園長先生が同道をお願いしたんだと言う話なんです」 「それにしては… ちょっと若過ぎないかね?」 女子中学生を二人だけで京都まで行かせると言うのは、確かに問題が有り過ぎると言えよう。 だから保護を兼ねた同行者を、と言うのは頷ける話である。
「あぁ、それですけど…」
彼女が顔を出した瞬間、横島の姿がそこに移動して抱き着いていた。 さすがの高音たちが制止する暇もないほど迅速に。
「ほらほら、おいたはいけませんって言ったでしょ?」 そして初めての出逢いの時の様に抱き締めた。 …と言うか、締め上げた。
周囲に微笑み掛け、そのまま しずなは説明を始めた。 「この少年、横島君と言うんですけど… 事故で天涯孤独の身の上になったのを、学園長先生が引き受けて面倒を見ているんですよ。
「ほう…」 そう彼女が表向きの裏事情を明かすと、新田も逸らしていた視線を改めて横島へ向けた。 まぁ実際、『事故』で彼が『この世界では』天涯孤独の身になったのは確か。 係累の一人とても居る筈が無いのだから。
そんな不幸な身の上の少年が自活を申し出て、それに学園長が応えたと言う話。 それ自体は、新田にしてみれば誉めこそすれど、であって咎める様なモノではなかった。 …まだ学生の横島を私的なコネで使うには、内容自体に問題を感じなくもないが。 「ただ、ご覧の様にちょっと気侭なトコのある子ですから、それを心配して彼女たちも付いて来ちゃったみたいで」 世話好きな娘たちですからと、しずなは笑いながら、そうなんでしょと問い掛ける。
それを補足するように瀬流彦も話を続けた。 「それで、その3人に関しては学園長先生のお手伝いと言う事で、本日は公休扱いになっているって話でした。
「ふむ…」 話を聞いて思案する。 だが、すぐに溜め息をついた。 既に来てしまったのだ、少なからず問題もあるが最早 詮無いこと。
「判りました。 ここまで来てしまったんだから仕方ないですな。
「その、それで宜しいんですか?」 高音が聞き返す。
「ああ、そうしてくれた方が私たちとしても助かる」 「判りました。 では、お言葉に甘えさせて頂きます。
頷くのを見て、新田もうんと首を振った。 「それじゃマクダウェルさんたちと一緒にあなたたちも、この後の事で説明とかもあるから、ちょっと私に付いて来てくれるかしら?」 苦笑して動き出すエヴァたちを先導して、しずなは自身に宛われた部屋へと足を向けた。
部屋に入って人払いの結界を掛け、アームロックを掛けられたまま引き摺って来た横島を横たえる。
「昨夜は大変だったみたいね、ご苦労様」 「まぁ、あの程度で済んだんだ、大した事じゃないな」 そう言ってエヴァは口元を歪めると、それよりも、と言葉を続ける。 「近衛の爺から話は聞いているな」 「ええ」 どうにも偉そうな言い様に、苦笑いで頷く。
「で、さっきの話だと対価は飲んだ、と言う事でいいんだな?」 ここで反故にと言う可能性は少なかろう。 だが、彼女にとっては待望の麻帆良以外への旅行なのだ、たとい一泊二日だとしても。
そんな心境は、判っているからだろう。 微笑みながら、ついでに釘も刺す。 「そうよ。
「それは、そいつに言うべき言葉だな。
そう言って横島を蹴り起こす。
気が付いた横島は、集まる注目に慌てて周囲を見渡した。 「えっ、な、なにが?」 「節度ある行動をなさい、と言われてるんです。 特に、あなたが」 腕を組んでの高音の言い様に、彼は うひぃっと首を竦めた。 「あ、あはは…
愛衣もそう呟く。
「ヤだなぁ…
はははと笑いながらの懲りない彼の後頭部に、影の拳が突き刺さった。 エヴァや愛衣の蹴りが突き刺さってる気もするが、気にしてはいけない。 畳の上に広がる血溜まりなぞ誰にも気にされていないし。
「ふぅ。 まぁ、そいつは それでいいとして…
再び頷くしずなに満足そうに笑い返すと、エヴァは少し考え込んでから口を開いた。 「ならばついでだ。 ぼうやも引っ張って行って、そのまま近衛詠春とナギのバカが住んでいたと言う家に向かうとするか。
「でしたら、早めにお伝えしないと」 茶々丸がそう促す。 本日も、予定は自由行動なのだ。
それには、エヴァも思い当たったのだろう。 「なるほど、ならば急ぐとするか。
再び横島を蹴り飛ばして起こすと、一同はしずなの部屋を後にした。
「はううぅ…」 「げ、元気だしなさいよ、このか」 「そうですよ、このかさん」 俯せでしょげ返る彼女を、苦笑いで明日菜たちが宥める。 「せやって、せっちゃん…」 朝食も済ませ、一旦部屋に戻るという段になって、木乃香は刹那へと声を掛けたのだ、一緒に行こうと。
結果から言えば、彼女はいつもの様に逃げ出した。
明日菜から見れば、距離間隔を捉えかねた刹那が唐突なアクションにパニックになっただけ、なのだと簡単に判る。
「刹那さんも、今までが今までだったから、どうしていいか判らないんですよ、きっと」 鋭いようで鈍いネギだが、この時ばかりは正鵠を射た。 続けてカモも、手にした煙草をちっちっと振った。 「そうっスよ、姉さん。
刹那の気持ちなぞ、彼にしたら丸判り。
「そぉ、やろか…?」 「そうよ、刹那さんだってそんな急に変われるもんじゃないと思うわよ。
自信満々に笑って木乃香の頭をツンとつつく明日菜に、横目で見遣る彼女の口が少しずつ尖っていく。 「アスナずるい…」 「ずるいって何が?」 上目遣いですっかりスネてますと言わんばかりだ。
「いつの間にか せっちゃんと仲良ぉなってるやん」 「え、それは、ほら、なんて言うか…」 わたわたと手を振って、説明しようとするが巧く言葉にならない。 「それにカードかて、ちゃんとしたのやし…」 「ちょっ、なによソレ?」 「いや、実は、っスねぇ、姐さ」
明日菜の文句にカモが説明し掛けたそこへ、バン、と勢いよく扉を開けての闖入者が現われた。 「さぁ、ぼーや、観光に行くぞ。
「エヴァちゃん?! …と、誰だっけ?」 明日菜にしてみれば、やった事にこそ驚かされたが、何せきちんとした紹介もされていない見知らぬ誰かなのだ、横島は。
対して、カモはタタっと駆寄ると、彼らに小さく頭を下げた。
「昨夜見ておいてそれか… さすがはバカレッドだな」 「な、何よ〜 それ!?」 「あぁ、騒ぐな、うるさい」 ヤレヤレとばかりに手を振られ、明日菜は尚更ヒートアップしていく。 そんな彼女らへと、ネギが声を掛けた。 「あの… 今日は僕、長さんとの待ち合わせが有って…」 「だからその前に、京都を見て周るんだ。
手を取って引き摺り起されるネギの姿は、年相応に微笑ましい。 さっきまでの鬱屈を少しだけ晴らして、木乃香はむくっと身体を起こすと横島たちに話しかけた。 「どないゆぅことなん?」 「なんかな。 エヴァちゃん、その待ち合わせにも付いて行きたがっててな。
「まぁ、エヴァンジェリンさんも色々有りますから…」 横島と愛衣の答にそれなりに納得したか、小さく笑うと立ち上がった。 「そなんかぁ…
「昼を挟んでまだ5時間かそこらは有るんだ。 そこまでせんでも、さっさと動けば問題ない」 横からエヴァがそう口を挟む。
「あの、エヴァンジェリンさん?」 「ん、なんだ、ぼーや?」 「その… その人たちは一体?」 ほぼ意識の無かった時に呼ばれて来て、今初めて横島たちを見たのだ、ネギは。 「バカ、昨夜あん…」
何か言い掛けた明日菜を牽制して、エヴァはそう早口で言い切った。
一纏めに括ったその言い様に、ムっとしつつも何処に一般人が居るか判らない場だからと、高音もそれには口を噤んだ。
「さっさと動いた方が良いんじゃありません?」 「うむ、そうだな。
【お嬢様の事は続けてお任せ下さい】
ぽすとすくりぷつ 何せ せっちゃんフラグ、軒並みぶっとばしたからねぇ…(^^;
人数が多過ぎて、横島すら口数少なくなっちゃったのが… どうにも下手だね、あたしゃ…
orz
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