- 高橋 哲哉
- 戦後責任論
- 渋谷 望
- 魂の労働―ネオリベラリズムの権力論
- フランツ ファノン, Frantz Fanon, 鈴木 道彦, 浦野 衣子
- 地に呪われたる者
- ベネディクト アンダーソン, Benedict Anderson, 白石 さや, 白石 隆
- 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行
- カミュ, 窪田 啓作
- 異邦人
★1位★ エレファント 89点
悲惨な事件が極限まで美しく、そして静かに悲しい。
コロンバイン高校の事件を少年少女の視点で描く。
監督のガス・ヴァン・サントの底力を見せられた作品。
2位 ドックヴィル 85点
一つの閉塞した村に美しき逃亡者があらわれ、その
村は消えてしまう。「神」とは常に人を試そうとする。
奇才 ラース・フォン・トリアーの自信作。今までかつ
てない奇妙な映画。是非見るべし。
3位 モンスター 80点
これほど「男の原罪」を感じさせた作品はない。純粋に
愛を夢見る少女はなぜ殺人鬼になったのか。
アメリカ社会の闇を如実にあらあわした映画。
主演女優の演技も圧巻!
4位 ロスト・イン・トランスレーション
79点
5位 オールド・ボーイ 75点 ☆シネマウント映画賞☆
作品賞:エレファント
6位 ジェリー 69点 監督賞:ガス・ヴァン・サント
主演女優賞:
7位 2046 67点 シャーリーズ・セロン(モンスター)
8位 スパイダーマン2 66点 主演男優賞:
チェ・ミンシク(オールド・ボーイ)
9位 血と骨 60点
10位 ジョゼと虎と魚たち 60点以下
〝 父帰る
〝 モーターサイクルダイアリーズ
〝 ビックフィッシュ
一年前に書いた韓国映画「JSA」の論評です。今ではイ・ビョンホンもすっかり韓流スターですね。
かなり長く、読み難いと思いますが、「JSA」に興味のある方ぜひ読んでください。
私が取り上げたい映画は数多くの南北分断の悲劇を描いた韓国映画の中でとりわけ独特で印象に残る映画『JSA』(共同警備区域)である。この映画は韓国随一の映画好きが作っただけあって、全体の構成は黒澤明の『羅生門』に似 ていて、場面 の運び方や込められたメタファー、など、若手とは思えない完成度の高い作品になっている。また、北朝鮮 将校役のソンガンホ の演技も素晴らしい。
だが、作品内容のディテールや私の感想は後にして、まずは朝鮮半島の南北分断の歴史について述べたいと思う。
分断の歴史を語る際、どこから歴史を振り返らなければならないのか、正直わからないときがある。李氏朝鮮の開国以降、日清・日露戦争、大韓帝国改称、日韓併合、日帝植民地、太平洋戦争、解放、ソ連・アメリカの分割統治、朝鮮戦争前後、北の金日成独裁、南の李承晩・朴正煕、全斗煥などの軍事独裁政権など、今から100年ぐらいは振り返らなければならない、また、忘れてはならないのは、この100年もの間、朝鮮半島の民衆が壮絶なる歴史の荒波の中を生きて、多くの人々の犠牲と血で塗り固められた地の上に『韓国人』『共和国人民』『在日朝鮮人・韓国人』『朝鮮族』そして『日本人』が生きていることである。 ここでは分断の歴史は少し簡略的に語りたいと思う。1945年8月15日、日本の敗戦が決まり、ポツダム宣言を遅ればせながら受託し、ソ連の太平洋戦争への参戦を招き、朝鮮半島は開放の喜びも束の間、ソ連とアメリカの信託統治が始まった。9月6日に『朝鮮人民共和国』成立宣言が出されるが、9月7日米軍の上陸に伴い米国の軍政が始まった。そして、親日派を登用し、『人民共和国』を否認した。12月15日~17日には米・英・ソの三国外相会談で5年間の信託統治が決まり南北の分断は深まるばかりであった。しかし、朝鮮の民衆は黙ってばかりではなかった。反軍政、反分断を掲げ、朝鮮の民衆は戦ったのだ。南では、1946年10月1日大邱10月抗争が始まり、各地に波及した。48年2月7日救国闘争、同年4月3日には5・10南韓単独選挙を阻止するため済州島の人々が蜂起を行い、3年間で島民の8割が参加し、3万人が犠牲となった。しかし、7月20日選挙は行われ憎き独裁者李承晩が韓国初代大統領となり、60年まで在任した。8月15日には『大韓民 国』同年10月19日、済州島鎮圧を命じられた麗水の国防警備隊の反乱に民衆が合流し、麗水・順天軍人反乱が起きるのである。その残存部隊は智異山で遊撃戦を繰り広げる。そして、韓国政府は12月日本の治安維持法を真似た『国家保安法』が公布され、軍・警察・青年団は少しでも疑わしいものなら民間人を虐殺し朝鮮戦争後まで続けるのである。北では48年9月9日『朝鮮民主主義人民共和国』が成立するのである。そして、金日成の『国土完整』と李承晩『北進統一』でいつ戦争が起きても分からない緊張状態が続き、1950年6月25日未明、北の人民軍の南進により、朝鮮戦争は勃発した。この戦争は3年も続くのだが、その間、同じ民族が互いを殺し合い、軍人だけでなく多くの民衆を虐殺し、米国主導の連合国軍や中国軍も参戦しては血で血を洗うような泥沼の戦争が朝鮮半島で行われたのある。
53年7月25日国連軍、中国軍、朝鮮人民軍が当事者として、停戦協定が締結されたが、李承晩はこれを拒否し北進統一を主張し続け、韓国軍は当事者でないことにより、対北朝鮮関係改善、停戦体制の平和体制への転換の大きな障害として残り、北は南を無視して米国のみを相手にし、50年もの分断の冷たい壁はここからはじまったのである。
では、ここから映画の話をしたいと思う。分断の半世紀、その屈辱と苦痛の年月を経て、統一への扉を開けようとする映画なのだが、この映画のジャンルはミステリーサスペンスであり、ラストの主人公の死は正直ムナクソ悪いが、私は韓国映画の中で、『太白山脈』、『曼陀羅』、『ペパーミント・キャンディー』に並ぶ、いや、それ以上に愛している作品である。
1990年代後半板門店のある共同警備区域の近く北の歩哨所で起きた射殺事件、そして、南北両軍の摩擦。この真相を探るべく、中立国監督委員会は責任捜査官としてスイス人の母と朝鮮人の父とのダブルであるスイス軍将校ソフィーを派遣する。捜査を始めるソフィーだが、南北両側は全く違う陳述をしていた。そして、事件の生存者二人は全くといっていいほど、捜査に非協力的だった。南は韓国軍、憲兵で後三ヶ月で兵役の終えるイ・ビョンホン演じるイ・スヒョク兵長、ソン・ガンホ演じる北のオ・ギョンピル中士の両国の生存者。北では南の傀儡軍一人が歩哨所に侵入し、銃を乱射して、北の兵士二名を射殺したと陳述し、南では夜中小便していたら、北の兵士二名に襲われ、拉致されたが、脱出の際、二名の北の兵士を殺したと陳述した。しかし、ソフィーは事件現場に落ちていた、スヒョクの恋人の写真と、殺された北の戦士チョン・ウジンの描いたその写真のデッサンと現場に落ちていた銃弾の数やスヒョク兵長の所持していた拳銃は違う兵士のものと判明し、事件の核心に迫る。それで浮び上がったのが、第5の人物、スヒョクの恋人の兄であるナム・ソンシク一等兵であった。ソフィーの推理により事情聴取されるナム・ソンシクは聴取中錯乱し、投身自殺を図る。そして、映画は真実を語りはじめる。
私は先ほどこの映画が黒澤明『羅生門』の描き方と構成が似ているといったが、こういうと付け上がる『日本人』がいるかも知れない、『シルミド』や『ブラザーフット』が日本のヤクザ映画に似ているとか、ハリウットのパクリと批評するが、一映画好きとして、尊敬する映画人の作品を引用、模倣することは映画監督として当たり前で、構成や撮影技術を真似たからといって作品の内容が変わるわけでも、むしろ、作品の質もあがるのである。結局、韓国映画ブームは勢いだけで国の援助あってこその映画だといい、それとも韓国映画が日本・アメリカに落ちるとでもいいたいだろうが、そんなのはメディアや配給会社に踊らされている人間が言うセリフである。それぞれの国にいい作品はあって、その文化と抵抗の様を見事に描き出すものほど、心に残る作品である。人間の生を如実に描き出すことが映画の目的であり、金儲けが目的ではないのである。
そんなに韓国映画が落ちることをいいたいのであれば、『ミミック』より先に時間軸を逆転させて描いた『ペパーミントキャンディー』はいろんな映画に影響しているし、『西便制』や『シバジ』、『曼陀羅』、『我等が歪んだ英雄』など日本映画人があまり評価しなかった素晴らしい映画は多々あるのは無視できないのである。
事件の真実はとても美しく、儚く、残酷であった。事件当日の8ヶ月前スヒョクは非武装地帯での訓練中に地雷を踏んでしまう。そこを助けたのが北のオギョンピル中士とチョンウジン戦士であった。それをきっかけに禁じられた危ない交友は始まる。最初は手紙だったのが、ある日スヒョクが境界線を越え、北の歩哨所に遊びに行く。最初は驚くオ中士とチョン戦士だが、人情深い中士と人懐こい戦士はスヒョクを暖かく迎える。そして、内向的なナムソンシク一等兵を心配したソンシクは北の二人を紹介し、4人はすぐ仲良くなった。しかし、南の二人は北の二人は俺たちを北に亡命させようとしてると疑ったり、チョコパイをおいしくほうばるオギョンピル中士にスヒョクは南に亡命したら、チョコパイたらふく食えるよと言う。このシーンは私は大好きなのだが、口の中のチョコパイを吐き出し、オ中士はこういう、俺は共和国が韓国やアメリカに勝るおいしいお菓子を作ることが夢だと、そして吐き出したチョコパイをまた食べる。この短いセリフに私は感銘を受けた。たしかに北朝鮮難民は増えるなか共和国を捨てることは非難できなのだが、私は友人の在日3世を思い出したのである。彼は朝鮮籍なのだが、家族がみんな韓国籍に変えるなか、彼は朝鮮籍のままにいることにした。普通の日本人には理解に苦しむだろう。なぜ、特権的な「韓国人」にならないのだろうか?と、『GO』などを観た人なんかはなおさらそう思うかもしれない。私は彼がそうした理由をこう考える、韓国の分断と独裁が残した負の遺産、韓国がいままで行ったベトナム戦争の戦後責任、民衆虐殺や抑圧した責任、イラク派兵責任などそういう『呪縛』(私はこういった己の立場性から発生する社会的、法的責任などを『呪縛』と呼んでいる)を背負いたくないのだろう。また、それだけではない、最近私は千葉大の在日の教授とお話する機会があったのだが、彼の専門は歴史で、いわゆるポストコロニアリズムの批判をなさっていた。その内容はポスコロを主張する知識人は一種の奢りで『民衆』を固定化してみているということである。とくに西洋かぶれのサイードなどを批判なさっていた。また、徐京植さんなどにも痛い一言、在日の運動家は在日こそが日本を変えるというけど、それは奢りであり、日本人を馬鹿にしている。生活レベルでいうなら朝鮮籍であれ、韓国籍であれ、汚い韓国の経済・軍事発展のおかげで日本社会における地位が先生の若い時代よりかなり向上したといわれた、また朝鮮学校に通わせる家庭は経済面で裕福な方ともいわれた。そして、ポスコロの知識人はいつか自己反省するときがくるといわれたのだ。私は先生の言葉をこう解釈する、本当の『民衆』とは韓国や日本には存在せず、北朝鮮の人民がそうであると、またポストコロニアルを考えるとき旧宗主国の責任は無論あるが、被植民地の民衆の力を信じ、知識人(社会的に安定している人々)はつねに彼らをサポートすると考えなければならない、主導して民衆を引っ張っていくという考え方は奢りなのである。また、先生はフランツ・ファノンのように民衆に近づく努力をしなければならないと、民衆とはアラブの民や第三世界の民、北朝鮮の人民、外国人労働者のことであると。私は彼の話に同意できない部分もあったが、民衆の力を信じることが大切で、知識人の思い通りには常にいかないことだ。しかし、ポスコロは全否定されるべきものではなく、旧宗主国の支配体制を存続させ、経済的にも、政治的にも、また、文化的にも『民衆』を抑圧し、搾取するする先進国の人たちは糾弾されるべきであり、そういった支配システムは壊さなければならないのは当然である。少し、話がずれたがオ忠士や私の友人が覚悟したのはこういうことではないかと考える。彼らは常に民衆とともにいて、民衆であり続けるために自分の境界となった共和国というネーションを内から変えようとしているのである。北朝鮮を今の日本のメディア、世論、政治家、家族会のように外から非難することは簡単であるが、今北朝鮮の民衆の中には内なる力により共和国を変えようとする人たちがいることを忘れてはならない。また、日本やアメリカは北朝鮮が今ああなってしまったのも自国に責任の一旦があることも忘れてはならないのである。今後、北朝鮮との様々な問題を解決するためには、日本人は多元的価値を許容する考え方や日本社会がそうした『開かれた普遍』の舞台になるよう変える努力をしなければならないのである。
映画の話に戻ろう、数ヶ月が過ぎ4人の楽しい日々は終焉を迎える。スヒョクは兵役を終えるのと同時にもう危険を冒してまで4人が会うのは無理になってきて4人は最後の晩餐を開くのである。チョンウジンの誕生日の日に、『二等兵の手紙』を歌うキムグァンソクの追悼を兼ねて。そして、四人は互いの住所を交換し、統一するその日が来るときに再会することを誓うのである。そして、ナムソンシクはウジンに誕生日プレゼントをあげ、最後には四人で記念撮影をする。別れを告げ、スヒョクとソンシクが北の歩哨所を出るとき北朝鮮の二人の上司チェマンス上尉と対面してしまう。場面はソンシクが投身後、救急車に搬送されるシーンに移り、ショックを受けたスヒョクはソフィーに襲いかかる。事件の真実に迫るソフィーは韓国軍のピョ将軍の妨害を受けるが、オギョンピル忠士とイスヒョク兵長を対面させ、ナムソンシクが事件現場にいたことを証明し、事件の真相を暴こうとする。そして、スヒョクは泣きながら真実を語ろうとするのだが、それを見たオ中士はスヒョクに襲い掛かる。この同志の敵、民族反逆者、反動分子めが、ぶっ殺す。アメリカ帝国主義の手先、朝鮮労働党万歳、敬愛する最高司令官金正日将軍万歳と叫び、その場は混乱し事件はうやむやになった。ここで、オギョンピルが暴れたかと考えれば、それは真実を語ろうとするスヒョクをかばい、事件をうやむやにすることでスヒョクの身の安全を確保したのである。これがオ中士のスヒョクに対する最後の優しさであったのだ。 その後、ソフィーは韓国軍のピョ将軍によって、捜査官を解任される。ソフィーがソンシクを自殺に追い込み、ソフィーの父が人民軍であったことを理由に。だが、ソフィーはスイスに帰る前にオギョンピルとイスヒョクに会い、個人的に事件の真実を聞くのである。スヒョクにはオ中士の身の安全を約束するかわり、オギョンピルには伝言と借りたジッポライターを届けるかわりに真実を聞き出すのである。事件の真相はチェ上尉がドアを開けたことに南の二人はパニックになり、スヒョクとチェマンスは尽かさず銃を抜き互いに銃を向き合う、今の北と南とではあたり前の行動といえばそうであるのだが、やはり悲しいことである。いくらチェマンスが手柄ばかり考える卑怯なやつだとしても。しかし、長い分断のせいか、反共教育や主体思想の教育のせいか、仲介するオ忠士だが、二人はなかなか銃を降ろそうとしない。それに加えチェはウジンに武装解除しろと命令し、ウジンはビビって南の二人に銃を向けるのである。しかし、オギョンピルの努力でチェとスヒョクは銃を降ろすのであるのだが、いきなりラジカセから流れるロックの音楽に皆ビビったのだが、チェは皆が油断した隙に銃を出し、早撃ちのスヒョクはそれを見てチェを撃ってしまう。そのとき南の二人はキレてしまったままウジンを撃ち殺す。そして、スヒョクはオ忠士も殺そうとするが、銃が壊れてしまう。正気に戻った二人はオ忠士の指示に従い、ソンシクはいなかったことにしてスヒョクは拉致されたとするのである。 このところでいったん銃を降ろしたチェマンスとスヒョクだが、急にラジカセに流れるロックが流れ状況は一変して最悪の結果をもたらす。
私はそのときの音楽はアメリカ軍の隠喩でないかと考える。昔も今でも北と南の関係が近づくと必ず横槍を刺すアメリカあるいは韓国をいまでも軍事的支配するアメリカそういうもの隠喩していると思うのである。韓国では2002年日韓共催ワールドカップでにぎわったあの時期米国軍の装甲車に女子中学生二人が轢き殺された事件が起きた。このことは韓国に反米ブームを巻き起こした、そして反米デモは激しさを増しブッシュの謝罪まで取り付けた。しかし、SOFAは改定されず、韓国のアメリカ軍の従属は変わらなかった。また、イラク派兵に反対する韓国民はあの反米デモとは比べ物にならないほど小さかったことは残念であった。まだ、韓国では自国の国民の命ほどイラクやアフガニスタンの人々の大切ではないのだろうかなら、北朝鮮の人々にもそういう無関心な態度を取るのだろうか。アメリカ主導のグローバリぜーションの波に抵抗の声をあげなけれならないが、韓国の反米は偏狭なナショナリズムからくるものだったのだろうか。
映画ではソフィーの余計な話、ウジンが死んだのはスヒョクの銃弾で死んだということ、のせいでスヒョクはショックを受けソフィーの目の前で自殺してしまう。そして、ラストではまだ4人が生きているJSAのなにげない日常を写した写真が映画のラストを飾る。この映画のメッセ-ジはとても深く、描き方は美しく儚く悲しい。
南の二人とウジンが最悪の結果になってしまったのは最後にお互いを信じれなかったからなのか、それとも彼らも分断の犠牲者なのか、しかし、オ忠士が生き延びたのは最後まで信じ、事態を収拾しょうと努力し続けたからであろう。私たちも今の状況をなんとかしょうと努力しなければならないというメッセージが強く感じられた。統一、平和の道はとても険しいが、われわれは抵抗の声をあげ、努力し続けなければ、最悪の結果を招くかもしれないのである。
韓国の徴兵制について、北や日本の状況を比べ論じたいのだが、ここではやめようと思う。とにかく日本人も憲法改悪に反対しなければならないだろう。そうしなけらば自らを最悪の結果を招くかも知れない。
最後に統一と平和の願いを込めてこのレポートを終わりにしたい。
参考文献
授業プリント・小倉紀蔵氏の新聞での記事など
映画JSA
韓洪九『韓国現代史』
徐京植『半難民の位置から』