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2008-03-04 『リアルサウンド〜風のリグレット〜』と「リアルライフ」のはじまり

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eno blog: そろそろゲームのことを語ろうか。第2回『リアルサウンド〜風のリグレット〜』

 いろいろ毀誉褒貶があった、この『リアルサウンド 〜風のリグレット〜』なのですが、僕にとっては今でも忘れられない大好きなゲームなのです。だから、この飯野さんの話を読めて、本当に嬉しかったのですよ。

ストーリー

野々村博司は、小学生の頃、夏休みが終わったら転校するという隣の席の女の子と駆け落ちの約束をするのだが、待ち合わせの時計台に、その女の子は現れなかった。そして女の子はそのまま転校してしまっていた。

月日は経ち、あの時の初恋の女の子、桜井泉水と偶然再会し、付き合う事になる。大学生になった博司は彼女に起こされ、彼女の会社の人事部長を紹介してもらうはずだったのだが2人で面接に向かう途中、彼女は突然地下鉄を降りてどこかへ失踪してしまう…。


スタッフ

企画・監督:飯野賢治

脚本:坂元裕二

音楽:鈴木慶一

エンディングテーマ「ひとつだけ」:矢野顕子

声の出演

野々村 博司:柏原崇

高村 菜々:菅野美穂

桜井 泉水:篠原涼子

女の子:前田愛

 僕がこの『リアルサウンド 〜風のリグレット〜』をはじめてやったのは、確か、仕事をはじめて2年目の夏のことでした。あの頃の僕は職場で精神的にも肉体的にも疲れ果てていて、人間関係もうまくいかず、夜遅くボロボロになって家に帰ると、明日が来るのが嫌で(って、24時を過ぎて家に帰る日のほうが、はるかに多いくらいだったんですけど)、ダビスタをだらだらとやり続けて夜更かしし、さらに翌日の仕事に響く、というような、まさに「ネガティブスパイラル」に陥っていたのです。

 ようやく3日、土日込みで5日間の夏休みがはじまる前日の夜、僕は買ってきたばかりのこのゲームをサターンにセットしました。そのときはもう23時過ぎくらいだったのですが、とにかく夏休みに逃げ込めることが、僕はとても嬉しかったのです。

 いや、嬉しかったというよりは、とにかくホッとした、というのが本音でした。

 あのときは、あと1週間夏休みが先だったら、もうダメだったかもしれないな、と思っていたので。

 「画面のないゲーム」を満喫するつもりで、僕は部屋を真っ暗にして、このゲームを聴いていました。

 このゲーム、主人公・博司は失踪した恋人、泉水を探すのですが、その途中で、菜々という女の子に出会い、心惹かれていくのです。菅野美穂の声の可愛さもあり、僕もついつい「菜々狙い」の選択をしたくなったのですが、当時の僕は、「でも、恋人である泉水を裏切るなんて、人間としてあってはならないことだ。やっぱり、泉水に操を立てなくては!」とゲームの中でさえ自分に言い聞かせるような中二病患者だったので、ひたすら「その場にいない恋人に義理立てする」ような選択をしていったのですよね。

 で、結果はどうだったかというと、見事にバッドエンド。どっちつかずの状態のまま、主人公はひとりぼっちになってしまいました。

 僕がそのエンディングにたどり着いたときには、もう時計の針は26時をまわっており、翌日は友人と旅行に出かける予定があったにもかかわらず、僕はどうしてもそのエンディングに我慢ができず、もう一度最初からやり直しました。

 こんどは露骨に「菜々狙い」の選択をしながら。

 結果、空が少し白んできたころ、僕はハッピー・エンドのときに流れる、矢野顕子さんの『ひとつだけ』を聴くことができました。このエンディングは音楽とかセリフの間がとてもすばらしくて、僕の中では、映画『カリオストロの城』に匹敵するようなエンディングだと思っています。

 何に感動したのか自分でもよくわからなかったのだけれど、僕はポロポロと涙をこぼしていたのです。全然泣くような話じゃないはずなのに(ただし、『ひとつだけ』は掛け値なしに「泣ける」歌ですが)。

 この『風のリグレット』に関しては、「単なるラジオドラマ」というような評価の声も多いようですし、僕も今の年齢で、あるいは中学生のときにあのゲームをやっていたら、そういう評価だったかもしれません。

 たぶん、『風のリグレット』って、大人にも子供にも面白くないし、恋愛経験豊富な人にも恋愛経験皆無の人にも面白くなかったんじゃないかなあ。

 でも、今から考えると、『風のリグレット』って、選択肢そのものは少なかったけれど、僕にとっては、「ゲームの上とはいえ、気持ちが動いたらという理由で恋人を裏切ることを自分で選んだ」という点で、とても印象に残る作品だったのです。それは、「ラジオドラマ」では、絶対に味わえない感情でした。

 『ドラゴンクエスト5』のビアンカとフローラの選択のときには、「あくまでもゲーム」だと思っていたので後でセーブしたところからフローラと結婚して二回目のエンディングを観ることに「良心の呵責」は感じなかったのですが、この『風のリグレット』には、「自分の心が動くところをはじめて見てしまった」という記憶があるんですよね。

 その頃の僕は、自分では「裏切られる」ことはあっても、「裏切る」ことはないと思っていたし、恋愛に関してはそういう「型」に自分を嵌め込んで、がんじがらめになっていたんだと思います。

 そして、それは恋愛にかぎらず、仕事でも(というか、当時は仕事のほうがはるかにキツイ状況だった)、「自分はこうであるべきだ」という理想像を高く掲げすぎていて、その理想にはるかに及ばない自分をすごく責めていたのです。

 いや、もちろん、このゲームで、そういうものがすべてパッと見えて人生が明るくなったってわけじゃなくて、このゲームで「自分の気持ちに素直に菜々を選んでみたこと」というのは、ぼくにとっての「転換期」のひとつの象徴だったのではないかと、今になって感じているだけなのですけど。

 実は、僕がこのゲームをちゃんとやったのはその日の夜だけで、あの『ひとつだけ』を聴いた時点で、僕にとってこのゲームは「終わり」になりました。

 5つあるというエンディングのうち、結局2つしか見ることができず、泉水とヨリを戻すエンディングはあったのだろうか、と今でもときどき気にはなるんですけどね。

 たぶん、「10人が遊んだら、そのうち6人は怒って投げ出し、3人はなんとなくエンディングにたどり着いてボヤき、1人は「一生忘れない」ゲームです。万人に薦められるゲームではないんですが、この駄文をここまで読んでくれているあなたには、ちょっと遊んでみてもらいたいな、と呟いて終わりにします。


リアルサウンド風のリグレット

リアルサウンド風のリグレット

  • 出版社/メーカー: ワープ
  • 発売日: 1999/03/11
  • メディア: Video Game
リアルサウンド風のリグレット

リアルサウンド風のリグレット

  • 出版社/メーカー: ワープ
  • 発売日: 1997/07/18
  • メディア: Video Game

ドリームキャスト版とサターン版しかないので、なんとか現行機種でも遊べるようになってもらいたいものです。

PSPなんてまさにこのゲーム向きのハードだと思うのですが、WARPとSONYのいきさつを考えると、ちょっとムリかな……)

↑歌と音楽だけならこちらでも。鈴木慶一さんのサウンドは、エフェクトも含めて「素晴らしい!」の一言です。


[]はてブの人たちが偉そうにしている理由 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント


はてブの人たちって何でこんなに偉そうなんだ?

もちろん、ブックマーカーたちがみんな「偉そう」なわけじゃなくて、そういう印象を受ける人はごく一部なのですが、コメントをつけられる側からすれば、そんな人のほうが「記憶に残る」のは事実。

身も蓋もない話をしてしまえば、彼らが「偉そうにしている」理由は、こういうことだと僕は思うんですよ。

塩野七生「男の肖像」(文春文庫)より引用。

 日本で、ある人に、こうきいたことがある。自分の意のままに人を動かせる人物がいるが、なぜ手足のごとく駆使できるのか、と。その人の答えはこうだった。

「手足と、思っているからだ」

 要するに、「なんで彼らは偉そうなのか?」と言うと、「自分のほうが偉いと思っているから」なんですよね。

 まあ、こういう人って、テレビに出ている「評論家」から、居酒屋で贔屓のチームの采配を批難しているオッサンまで、とにかくたくさんいるので、「はてブ」だけのことではないんですが、ネットというのは、困ったことに、「ブックマーカーが書き手に対して感じている距離感」に比べて、「書き手にとってのブックマーカーとの距離感」が非常に近いという難点があるのです。そして、ブロガーというのは、芸能人や野球選手のように、有名になるのとともに「他人から批判されるトレーニング」を積んでいっているわけではありませんし。

 しかし、上のエントリのブックマークコメント欄を見ていると、ほんと、自分で「辛口ブックマーカー」だと思い込んでいるだけの「人の悪口を言って自分を偉そうに見せたがる人」の多さにうんざりします。

 誰かの「ネガティブコメント」が気になったときにどうするか?というと、僕は大概、そのブックマーカーが他のエントリに書いているコメントを見てみるのです。

 そういう人って、結局のところ、「自分が批判できそうなエントリ」ばっかり集めて、批判コメントを並べているだけの「かわいそうな人」なんですよね。

 そもそも、ネガティブブックマーカーには、自分で面白いブログをやっている人は皆無だし。

 「読んでいる人」のほうが「お客」だから偉いっていうのは、日本の悪しき「お客様第一主義」の弊害です。サービス業がそうしているのは、「そういうアピールをしておいたほうが結果的に儲かるから」であって、ブログの場合は、(一部の営利目的のブログを除けば)そういう関係は成立しません。

 僕がブログをやっていて思うのは、「ネガティブなものを喜ぶ人は少ない」ということです。

 「つまらない映画」「つまらない本」にいくら気合を入れて文句を書いても、ほとんどリアクションはありません。「罵倒芸」っていうのは、難しいんですよ本当は。「面白い本」「良い映画」は、存在そのものを知ることに価値があるけれど、「つまらない本」の紹介は、紹介文そのものによほどの価値がなければ、ただ読んだ人を不快にするだけです。

 僕は「ブックマーク」というシステムそのものには感謝している面が大きいのですが、ほんと、批判的なコメント書いて「ネガコメ否定すんな!」とか声を荒げてるヒマがあったら、お前がブログやってみろよ、と思うんですよ。総理大臣やプロ野球の監督になるのは「選ばれた人」ばかりだけど、「ブロガー」なんて、パソコンとネット環境があれば、今すぐになれるんだからさ。つまらんネガコメを100個書く暇があったら、誰か一人にでも共感されるエントリをひとつでいいから書こうとしてみればいいのに。

 まあ、最近はネガティブブックマーカーのコメントに対しては、「犬がワンと鳴くのはしょうがないよな」としか感じなくなってきたんですけどね。

 そもそも、諸君が「批判のため」にしているつもりのブックマークで、該当のエントリは、どんどん「人気エントリ」になっているのだから、「亀田負けろ!」って言いながらテレビ中継を観ていた人たちと同じなんだということに気づけよそろそろ。

lstylsty 2008/03/04 18:58 酔ってるんで要点だけ書きます。

「肯定的なことしか書かない人」のレビューを、fujiponさんは信じますか?

否定的なコメント「しか」書かない人はどうかと思いますが、嫌悪の表明ってすごく重要だと僕は思うんですが。
いやなにぶん酔ってるんで失礼あったらすいません、しかしfujiponさんの最近の言動って「ポジティブ真理教」に近いんじゃないかと感じたので。

fujiponfujipon 2008/03/04 19:28 lstyさん、コメントありがとうございます。
昔の『ファミマガ』が子供心にも胡散臭かったのと同様に、「何でも褒める人」というのは、やっぱり僕も居心地悪いです。そして、この場合の「ネガティブブックマーカー」は、(わかりづらかったかもしれませんが)「否定的なコメント『しか』書かない人」あるいは「否定的なコメントが大部分の人」をさしているつもりです。
頑張って書いている人のモチベーションを削ぐような「悪意のコメント」でお互いに足を引っ張り合うより、せっかくこんなに身近なところにブログというツールがあるんだから、自分で「発信」してみればいいのに、というのが、いま僕が考えていることなのです。
そうそう、「ポジティブ真理教」には参りました。最近自分でもちょっと「暴走している」感があったので、「仕掛けている」つもりが、ブックマークされたり、たくさんの人が来てくれることに「流されてしまっている」のかもしれませんね。自省します。
ちなみに僕は本質的にネガティブな人間なので、ポジティブなことを書いているときは、むしろ「どうしようもない己を鼓舞するために書いている」ことが多いです。

YOSIZOYOSIZO 2008/03/05 01:52 肯定的なコメントが多いエントリの場合、自分はあえて批判的な意見を言おうと心がけてますね。
別にシニカルを気取るわけじゃなく、新しい視点を持つ事の訓練としてブクマを使ってる面もあるので。
本当はそうする事で議論が広がっていくと嬉しいんだけど、コメントから話題が広がる事って少ないんだよなぁ。

trattrat 2008/03/06 09:38 いや、「読んでいる人」ってそもそもお客じゃないと思います。

jaggingjagging 2008/03/06 19:24 っていうより、
肯定的なのも批判的なのもあって当然じゃね?

コイツはコイツ。俺は俺。それで何でいけない訳??

jaggingjagging 2008/03/08 16:41 ユダヤ人大富豪の教え(本田 健)
という本を見ていたら、面白い文章があったので抜粋してみます。

(前略)
大富豪(ゲラー氏)「・・・周りからの批判や反対の本質を知るということなんだよ

まず最初に、批判は、単にその人が物事をどう考えているのかという意見表明に過ぎないと言うことだ。
君の価値とは全く関係が無い」
著者「でも、ついつい個人的にとってしまいますよね」
「それは、人間が弱いからだ。相手との人格的な境界線がしっかりしていれば、そんなことは起こらない」
「そして、もう一つは何でしょう?」
「批判の本質は、君が前に進むための向かい風なんだ。飛行機が飛び立つとき、何も抵抗が無いと飛び立ちにくいのと同じだよ。羽ばたくには向かい風が必要なのだ。恋愛でもそうだろう。周りから反対されたほうが燃えるものだ。反対や批判があって、初めて自分が空に飛び立つ準備が出来たかどうかがわかるのだ。
君を批判する人を、恨むのか、心から感謝できるのかで、君の人間の器が決まる。批判する人間は、往々にして、君の最大の理解者になるものだよ。実際のところ、何の興味も示さなければ、君を批判することは無い。君に良くなって欲しいと言う思いがマイナスに振れただけなのだから」
「なるほど。僕を批判する人に心から感謝するんですね。説明無しにそれを聞くと頭がおかしくなったのかと思いますね。よくわかりました。これで、何かスタートするときの恐れが随分減ったような気がします。」  「恩人にはね、三つのタイプがいることを知っておくといい。
 一人は君を心から応援してくれ、何かにつけて、ポジティブな言葉を投げかけてくれるタイプ。この人たちが恩人だと分かるのに、大した知性は要らないだろう。
 そして、二つ目のタイプは、先程言った、マイナスの恩人だ。君にネガティブなことを言って、いままで気づかなかったことを教えてくれる。また、本当にやる気があるのかどうかを試してくれるのも、この人たちだ。このタイプの人たちを恩人だと見るには、少し知性が必要なのはさっき話したとおりだ。
 三つ目のタイプは、君が気づかないところで君を応援してくれている人たちだ。この人たちは、君の夢や情熱を察知し、君の知らないところで、君の活動を静かに支えてくれている。成功したければ、この三番目の恩人の存在に気づき、ひそかに感謝することだ」
「すごいですね。とてもそんなところまで気が回りませんでした。でも、今までの話を聞いていてよくわかりました。幸せに成功する人は、感性が本当に違うのですね。ボクは、最初の恩人にも気づかないような情け無い人間だと思い知りました。いままで見えなかったものがパッと見えた感じです。」