薬害エイズ事件で最高裁第二小法廷は、元厚生省生物製剤課長松村明仁被告の上告を棄却する決定をした。
松村被告は輸入非加熱血液製剤が汚染されていることを知りながら回収措置などを怠っていたとして業務上過失致死罪に問われ、一、二審で言い渡された禁固一年、執行猶予二年の判決が確定する。
薬害をめぐり行政の担当者がするべきことをしなかった「不作為」による過失責任が最終的に断罪された。官僚の不作為に対する有罪が確定するのは初めてであり、今回の決定は極めて重い意義を持つ。
刑事責任を問われたのは一人の官僚だが、薬事行政はじめ行政全体に対する重い警鐘だと言わなければならない。薬害エイズだけでなく血液製剤によるC型肝炎ウイルス感染、トンネルじん肺などの問題が繰り返され、そのたびに行政の不作為が指弾されている。あらためて、行政権限の重さを自ら問い直すべきだ。
薬害エイズ事件では、血友病患者を中心に感染が広がり五百人以上が亡くなったとされる。刑事責任の追及は「産・官・学」の三ルートで進められ、ミドリ十字歴代三社長、元厚生省・松村課長、元帝京大副学長の五人が業過致死罪で起訴されたのは一九九六年だった。
それから十一年余りで、松村被告の上告棄却により刑事裁判は終結する。ただ、「複合過失」とされる事件の真相は十分解明されたとはいえない。
一、二審は争点だった「発症の予見可能性」の時期について八五年十二月の加熱製剤承認時と判断し、起訴事実のうち、それ以前の投与時期の患者については無罪とされた。被告死亡による公訴棄却もあり、釈然としない点が残された。
むろん、これまでの判決で漫然と危険を放置した官僚の過失責任を認めたのは画期的だった。加えて、最高裁が松村被告の上告審で不作為による過失責任を明確にした。状況によっては官僚個人の刑事責任を問い得ることを示した点で特筆すべきだろう。
最高裁の決定はこうだ。当時、汚染された非加熱製剤が相当あり使用すれば感染して多数の者が死ぬと予測されたが、医師や患者は汚染の有無を見分けられない。国が販売中止などの明確な方針を示さなければ安易な使用が続く恐れがあったと、具体的な危険の存在を指摘。
そのうえで「薬害防止担当者には薬務行政上、必要かつ十分な措置をとる義務があるのみならず、刑事法上も注意義務が生じた」と判断した。被告はエイズ対策の中心的立場にあり、ほかの部局と協議して必要な措置を促す義務もあった、との指摘もうなずける。
一方で、行政不作為の責任を一個人に問うことには異論もあった。もちろん、被告の刑事責任によって厚生労働省全体の責任を免れられるものではあるまい。薬害を繰り返さないためにも司法による警鐘を厳しく受け止めなければならない。