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2008年03月07日(金曜日)付

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住基ネット―合憲判決で安心できるか

 氏名、住所、生年月日、性別。市町村の中でしか利用されていなかった住民の個人情報をコンピューターで結び、全国どこでも使えるようにする。02年から始まった住民基本台帳ネットワーク、いわゆる住基ネットと呼ばれる仕組みだ。

 この住基ネットには、個人情報が漏れたり、公務員が本来の目的以外にこっそり悪用したりする危険がある。それは憲法で保障されたプライバシー権を侵害するものだから、自分たちの個人情報を住基ネットから削除してほしい。

 このように住民らが訴えて各地で起こした訴訟で、最高裁は「住基ネットにはそのような危険はなく、合憲だ」との判決を言い渡した。一連の訴訟の下級審判決では、合憲との判断が多かったものの、違憲判決も出ていた。これで司法判断は最終的に決着したことになる。

 だが、本当に安心できるのだろうか。

 最高裁が住基ネットを安全と判断した理由は、次のようなものだ。

 外部からの不正アクセスで個人情報が簡単に漏れる危険はない。公務員が情報を漏らしたり乱用したりすることは、法律で禁じられ、罰則もある。

 だが、現に自治体の情報処理を請け負った業者から、各地の住民の個人情報が大量に漏れる事故が起きた。もしも住基ネットそのものから情報が漏れれば、その影響は計り知れない。

 違憲判決を出した大阪高裁は、防衛庁がかつて約800の自治体から自衛官にふさわしい人についての情報をもらっていたことを指摘した。年齢や住所だけでなく、職業や保護者などの情報も出していた自治体もあった。

 そのうえで、高裁は「住基ネットを使って名寄せすれば、役所にある様々な個人情報を際限なく集めたり、つなげたりできる」と指摘した。

 こうした点を考えると、今回の最高裁判決が、住民の不安を取り除くだけの説得力を持っているとは思えない。

 少なくとも、政府も自治体も今回の最高裁判決でほっとしてはいけない。情報漏れや乱用のないよう、いっそう注意深く運用しなければならない。

 自分の個人情報が悪用されていないかどうかを住民が調べることは難しい。この際、住民に代わって不正を監視する外部の機関を考えるべきではないか。

 そもそも住基ネットは効果を上げているのか。

 総務省によると、住基ネットにかかった自治体の費用は約1500億円にのぼる。これに対し、行政の効率化が進んだほか、住基カードを使えば全国どこでも住民票を受け取れるようになったという。だが、いまのところ、効果のほどはピンと来ないのが実感だろう。

 最高裁の判決を受けて、住基ネットの使い道をさらに広げようという動きが出てくるかもしれない。だが、それは住民の不安の上に成り立つものであってはならない。

中国全人代―「食の安全」は透明性から

 「人民大衆が安心できる食品を提供し、信用のある輸出品をつくるようにしなければならない」

 中国の温家宝首相が、国会にあたる全国人民代表大会の冒頭でこう演説し、「食の安全」への取り組みを強調した。

 冷凍ギョーザ事件以来、日本では中国食品に対する不信が広がっている。8月の北京五輪では外国からたくさんの選手や観光客が中国を訪れる。食品への信用を何としても回復しなければならないと、中国指導部が危機感をみなぎらせるのは当然のことだろう。

 こうした対外イメージもさることながら、何よりも中国の人びとが、日々の食事のたびに不安を感じているのではないか。数年前から有毒物質を含んだ肉や卵などが出回り、食品の安全が大きな社会問題になっているからだ。有害なニセ薬も深刻な被害を生んでいる。

 食品の安全を監督する政府幹部は「わが国はいま食品問題が多発する時期にある」と語る。市場経済が広がる一方で、安全のための法規制やモラルが追いついていない。生産から販売にいたるすべての過程で危険が潜んでいるというのだから、対策は容易ではあるまい。

 温首相は、食品や医薬品など7700品目について安全基準をきちんとし、生産や販売のハードルを引き上げると表明した。日本の食卓とも直結する問題だ。効果があがることを期待したい。

 全国から集まった約3000人の代表が顔をそろえる全人代の場で、こうした問題が語られる。外国向けにとどまらず、中国人の安全の問題として取り組まなければ、国民の強い不満を買う。共産党政権もそんな目を意識せざるを得ない時代になったということだろう。

 そこに今後の対策のヒントがあるのではないか。中国の消費者にも自分の健康を守る権利があり、政府は安全を確保する義務がある。両者の信頼を支えるのは昔ながらの「上からの指令」ではなく、情報の透明性なのだ。

 中毒や汚染が起これば、当局は即座に人々に周知し、対策を講じる。怠慢があれば厳しく批判される。そんな仕組みが根づいてこそ、問題食品は市場から駆逐されるし、製造する側の規律やモラルも高まっていく。

 その点では、冷凍ギョーザ事件をめぐる中国の対応は残念というよりない。中国国内では「捜査中」を理由に政府が情報を統制し、限られた報道しか許されていないのが実情のようだ。

 情報が制限されると、根拠のない憶測が膨らんでいく。「日本の陰謀だ」といった声が出るのも、そのこととまったく無縁ではなかろう。メタミドホスなどが国内向けの食品にも混入されていないか、類似の事件はないか、中国のメディアにもっと報じてもらいたい。それを当局は抑えるべきではない。

 透明性に裏打ちされない「食の安全」は、絵に描いた餅ではないか。

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