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有鄰

平成18年6月10日  第463号  P3

○座談会 P1   いま、なぜ松本清張か —戦後日本と対峙した作家 (1) (2) (3)
半藤一利/清原康正/松信裕
○特集 P4   横浜のプール家 伊藤久子
○人と作品 P5   三浦しをん と『まほろ駅前多田便利軒[ただべんりけん]』
○有鄰らいぶらりい P5   佐藤雅美著 『半次捕物控—泣く子と小三郎』手嶋龍一著 『ウルトラ・ダラー』竹内薫著 『99.9%は仮説』半藤一利著 『昭和史 戦後篇 1945-1989』
○類書紹介 P6   「最澄と空海」・・・日本仏教に新たな時代を築いた二人の思想と軌跡、文学作品など。




座談会


いま、なぜ松本清張か —戦後日本と対峙した作家 (3)

 
 
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座談会「いま、なぜ松本清張か」 書籍リスト (新しいウインドウで開きます)

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  ◇限られた資料からすぐにツボを押さえる
 
清原  

今、半藤さんは昭和史をやっていらっしゃいますね。 調べていく中で、清張さんの足跡みたいなものにぶち当たるようなことはありますか。 ここはもう清張さんがやっていたということは。
 

半藤  

ありますよ。 例えば帝銀事件の裏側に、細菌部隊の七三一部隊がいたんじゃないかというのは、私たちは今になれば、資料が出てきていますからわかりますよ。 あの時点では何をいっているのかと思うような話でした。
 

清原  

清張さんが『小説帝銀事件』を書いている当時はわからないわけですね。
 

半藤  

そんな資料はまだ全然ありません。 私が探し出したのも大分前なんですけれども、太平洋戦争中に、風船に細菌爆弾を積んで、アメリカ本土に落とそうという計画が立ったときの細菌部隊の名簿を見たら、その中に信管担当内藤良一中佐とある。 この人は七三一部隊の石井四郎中将の片腕と言われた人です。 つまり、細菌を乗せるために配属された。

誰もそんなことは知らないときに、清張さんの作品の中には七三一部隊が出てくる。 よくこんなことを探り当てたなという思いはありますよ。
 


   資料の本質をなめるようにていねいに表現
 
清原  

清張さんは資料に対してすごく真摯だったようですね。 集めてきた中から本質というか、本論をつかみ取る能力はすごかったんですか。
 

半藤  

すごかったと思います。 ものすごく勘がいいというのがあるんでしょうね。
 

清原  

当時の限られた資料の中で指摘したものが、それから10年、20年たって出てきたいろんな資料に符合していく部分がいっぱいあるということになると、清張さんのつかみとり方は、やはり的を得ていたということになりますね。
 

半藤  

あの方は非常に頭のいい方です。 司馬遼太郎さんも頭はいいと思いましたけれども、資料の読み方で、勘どころのつかまえ方がものすごく速いんです。 理解力といいますか、それが特別すぐれていましたね。
 

清原  

どちらも、資料の読み方がすごく速い。
 

半藤  

速かったですね。 ある意味では楽なんですよ。 山ほど資料を持っていく必要がない。 本当にいいものを持っていけば、清張さんはさあっと見ていって「ここだね、ここが大事なんだね」と、すぐツボを押さえる。 そういう意味では、あの方は聡明な方です。 ただし、よっぽどいいものを探したつもりで持っていっても、「君、こんなものは使えないよ」と言われてしまいますから、清張担当になると、編集者は大変なんです。
 

清原  

お二人の違いは、司馬さんは核心をつかんで2、3行で書くところを、清張さんはなめるように、草の根みたいに10何行も書く。

だから司馬さんは小説を書く必要がなくなった。 清張さんはそういう書き方だったから、最後まで小説を書き続けた、ということでしょうか。
 

半藤  

そうですね。

それから、清張さんには代作者がいるんのではないかとか、清張工房があって、たくさんの取材者を使っているのではないかなどと言われましたが、これは、全くのうそです。 私が自分で体験していますからね。
 


  ◇古代史への感心
     
箒の行商をしながら奈良・飛鳥を歩く

 
半藤  

古代史は、最初のころは、松本清張が古代をやったって誰も認めていません。 ですから、清張さんは歯ぎしりをしていましたよ。

古代史に対する関心はかなり前からあったんですね。 短編小説の中で古代史を扱ったような短編がありますね。
 

清原  

『断碑』なんかそうですね。
 

半藤  

それが続いて古代史になったんでしょうか。
 

清原  

そもそも小倉にいらっしゃったとき、箒の行商で、岡山とか広島あたりまで日曜日なんかを利用して行くんでしょう。 その話は聞いたことがありますか。
 

半藤  

ええ。 箒なんか売れたんですかと言ったら、戦後ですから売れたそうです。 電車の中でいろんなものを読んでいくんですって、それが勉強だと言っていました。
 

清原  

あの辺は吉備の国ですから、古墳をいっぱい見ている。 もともと古代史は好きだったみたいですね。
 

半藤  

奈良、飛鳥も箒を担いで歩いているんですね。
 

清原  

ご自分でずっと調べていらしたと思うんです。 それで、方向と距離に陰陽の考え方を取り入れて、邪馬台国をテーマにした『陸行水行』をお書きになる。
 

半藤  

このころはまだ小説なんですね。
 

清原  

それで昭和41年からの『中央公論』の『古代史疑』のあたりから邪馬台国論争に加わっていく。 そのころには完璧にきちっと理論武装をなさっているんですね。
 

半藤  

このころは勉強していますからね。 とにかくどんどん先に行くので太刀打ちできないんです。 私は古代史が好きだったので、幾らかできましたけれども、清張さんの話し相手になった編集者はいないんじゃないでしょうか。
 


   最終的には小説家ではなく古代史家としての作品
 
清原  

古代史小説は、『火の路』と『眩人[げんじん]』がありますね。 『火の路』は、現代のミステリーの中に古代史がちょっと入ってきてという扱いだった。 『眩人』には唐への留学僧やペルシア文化、朝廷の権力争いなど、いろいろな要素が入っていますが、それ以後、小説では古代史はお書きになっていないんですね。

最終的には『清張通史』など、古代史ものが随分ありますが、歴史家として書かれているようなところがある。
 

半藤  

もう、小説家じゃない。 古代史家なんですね。
 

清原  

その後は、永井路子さんや杉本苑子さんが古代の女系の天皇の話を書かれて、またちょっと飛んで黒岩重吾さんまでない。 黒岩さんは清張さんとは逆で、歴史エッセイとか、いろいろ書かれましたが、最後まで古代史小説。 小説だったんですね。
 

『眩人』
『眩人』
中公文庫
 
半藤  

清張さんが、黒岩さんのような天平・飛鳥の世界をもしやったら、もっとおもしろく書いたと思いますよ。

でも、清張さんにしてみれば要するに神話でしかない。 史料があるわけじゃないし、小説にすることにはほとんど興味がなかったんじゃないですか。 ただ、清張さんの古代史は、私たちにとっては余計なもので、作家の世界に戻ってこいと思っていました。 でも、古代史学会ですごい成果を上げているんですよ。
 

清原  

古代史ファンを増やしたこともありますね。
 


  ◇清張ブームの再来
     
戦後の日本をいま、もう一度見直す

 
半藤  
『神々の乱心』  
『神々の乱心(上)』  
文春文庫
 
 

亡くなるときは、一番最後に私が会っているんです。 次の作品の打ち合わせで会いに行ったんです。

『神々の乱心』を『週刊文春』にまだ連載中だったんですが、飽きちゃったんです。 清張さんは連載の終わりごろになると、次の作品に頭が行っちゃうんです。

次のテーマは、GHQ内部の確執と、服部卓四郎が中心となった服部機関という旧軍人の機関、日本再軍備の内幕でした。 昼の1時ごろにお宅にうかがって、夕方に清張さんが、「きょうは銀座で会合があるので、この後のことは明日にしよう」と言って、日程表に「午後3時文春」と書いて別れた。 そうしたら、その晩に倒れて、しばらくして亡くなられた。

あの時点では憲法とか、今の問題まではまだ行っていなかった。 まだ占領なんです。 『日本の黒い霧』の続きものをもう一遍きちっとやっていくということでした。 でも、再軍備に目をつけていましたから、時代の空気は察知していたのかもしれませんね。
 


   オウムの先取りとも考えられる『神々の乱心』
 
清原  

清張さんの、小説の中で時代の最先端の現象みたいなものをさっととらえる、その時々の時流に乗るのではなくて、先読みをする。 あの感覚はものすごいですね。
 

半藤  

世界の動きの先読みですね。 亡くなる時点で、再軍備ということを次のテーマにしている。 妙な感覚を持っているんですね。

『神々の乱心』は、事によると、オウムの先取りなんです。 ある一つの妙な新興宗教が宮中にいて、それがいろいろやるわけです。 ですから、あのテーマは、現代人はどういうものに魅せられているのかというものを、清張さんが感じたのかなと思うんです。
 

清原  

あの意識で今をご覧になったら、何をおっしゃるでしょうね。
 

半藤  

それは本当に知りたいですね。
 


   銀座のマダムを登場させる艶やかなところも
 
清原  

非常にジャーナリスティックで、ある意味ジャーナリストなんですね。 それをデビュー作からずっとなさってきている。
 

半藤  

そうなんですよ。 少なくともその時代と正面から切り結んでいましたね。 本当にビビッドですよ。
 

清原  

それと、清張さんとはまた違うんですが、司馬さんのように上から見て、パッと本質を言ってくれる作家も今はいないと思いますね。
 

半藤  

いないですね。 作家はたくさんいるんでしょうけれども、こんなにたくさんテーマがあるのに、清張さんのように現代と切り結ぼうとしている人を挙げろと言えば、本当に2、3人しかいないんじゃないかと思いますね。

余り大きなことは言えませんが、今の作家たちは、もう少し現代とまっすぐ向かえよと言いたくなるんです。 若い人たちがどうしてみんな自分たちのつまらない世界に潜り込んじゃうのか。
 

清原  

現代と切り結ぶということは、清張さんのどの作品にもありましたね。 短編であろうが、時代ものであろうが、現代ものであろうが。
 

半藤  

時代に対して触覚がきくというのか、希有な方だと思いますよ。 これを死ぬまでやっているんですからね。
 

清原  

そこが偉大なところで、普通の作家は、古代史をやったり、現代史をやったりすると、小説をやめてしまって、最終的にはエッセイを書いてということになるんだけれど、彼はずうっと推理小説をやっている。 晩年でも、例えば銀座のマダムを出したり、ちょっと艶ものやベッドシーンを入れたりして、文章の上では艶やかなところがありましたね。
 

半藤  

ありました。 そういう意味で最期まで非常に好奇心が強くて、若々しかった。
 


   戦後から高度成長期までの日本の歴史がわかる
 
半藤  

今、テレビ化される作品は、時代を現代に変えていますね。 それでも受けるのは問題意識が非常にしっかりとしているからだと思いますね。 清張さんが読まれるのはそういう意味も大きい。
 

清原  

私も全くそうだと思いますね。 今またいろんな形で清張さんのブームが出てきている。 それは、戦後のGHQの占領のときから、東京オリンピックを経て高度成長になるまでのあの日本を、もう一度見直そうというのがあるんじゃないですか。

憲法問題にしても、天皇制の問題にしても、自衛隊の問題にしても、戦後すぐまでさかのぼって論議をしなくてはいけないということに、我々はちょっと気がつき始めたんじゃないか。 全部あの頃に問題の芽があった。 その辺をきちっと彼が分析してくれているという感じはしますね。
 

松信  

昭和30年代の反省という感じですか。
 

清原  

30年代が今またレトロでブームになっているのとはちょっと違うけれども、清張さんを読むと、例えば占領が終わったころの雰囲気みたいなものがよくわかる。
 

半藤  

戦後の日本がきちんと書かれている小説があるとすると、清張さんじゃないですか。 あの時代を身に近づけて感じるには、清張さんの小説が一番いい。
 

清原  

現代人は、日本の歴史を司馬遼太郎さんの小説で学ぶという言われ方をしましたけれども、戦後から高度成長期までは、清張さんの小説や『昭和史発掘』などで学ぶことができると思います。

当時、手にできる限りの一等資料をふんだんに使って、その中からスパスパッと本筋をつかんで、当時の日本人に先立って小説の形、あるいはノンフィクションの形で、提示されたことの偉大さはあるんじゃないでしょうかね。
 

松信  

きょうはいいお話をありがとうございました。
 





半藤一利 (はんどう かずとし)
1930年東京生れ。

著書『清張さんと司馬さん』 (文春文庫) 文藝春秋 580円(税込)、『昭和史 戦後篇 (1945−1989)』 平凡社 1890円(税込)、ほか多数。

 
清原康正 (きよはらやすまさ)
1945年旧満州生れ。
著書『山本周五郎のことば』 (新潮新書) 新潮社 714円(税込)、『小説を書きたい人の本』 成美堂出版 1,155円(税込)、ほか。


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