ご出席(発言順)
財団法人ジョイセフ(家族計画国際協力財団)http://www.joicfp.or.jp/
常任理事・事務局長
石井 澄江(いしい・すみえ)さん

NPO法人ぷれいす東京 http://www.ptokyo.com/ 代表
池上 千寿子(いけがみ・ちずこ)さん

立教大学コミュニティ福祉学部教授
“人間と性”教育研究協議会 http://www.seikyokyo.org/ 代表幹事
浅井 春夫(あさい・はるお)さん


(04年10月号から続く)

●「ABC」対「CNN」

石井 今回のエイズ会議ではブッシュ政権のABC政策に対抗する形で,タイを中心にCNNが提起されていました。Cはcondom,最初のNはclean needle(清潔な針)で,もう1つのNはnegotiation skills交渉能力です。

 さっき池上さんも指摘されましたが,アジアの女性がなぜエイズにかかるかというと,結婚をしてフェイスフル(誠実/貞節)であったからこそなんです。夫が外からエイズを持ち帰ってきて感染する。それが一般的な状況なので,ABCは役立たない。

池上 これは10年以上前から言われているんですが,HIVの感染予防では「不特定多数のセックスパートナーが危ない」という言葉が出てきますけれど,あれはモラルに妥協した結果のスローガンです。

浅井 事実と異なる,ということですね。

池上 そうです。アジア,アフリカで感染する女性たちの多くは,生涯セックスパートナーは1人なんです。ですから,「結婚」がハイリスク・ビヘイビアーになってしまう(笑)。

 それが事実に基づく見解なんですが,政府としてはそれをスローガンにはできませんね。「男なんかと,結婚するなよ」では,社会基盤を脅かしますから(笑)。

 ですから,予防キャンペーンというのは政治的なものです。それはいまに始まったことではないんですが,あらためてABCなんて言われると,「冗談ではありません」と反発を受けるのは当然です。

石井 世界の人口は63億人ですが,約半数が25歳以下の若者たちで構成されています。その人たちに,ABCだけで果たして将来があるのか,という話になってきます。

浅井 WHOが30以上の調査をレビューして,結婚まで禁欲プログラムは,セックス開始年齢を遅らせることもできなかったし,見るべき効果は何もなかったということですね。避妊や性感染症予防を含んだセイファーセックス・プログラムこそ効果的であると,これはいろんな調査で明らかになっています。ブッシュ政権は,それを一貫して無視して突き進んでいます。

 グローバリゼーションという話が出ましたが,経済の問題と,人口政策を含めた文化戦略が一体となって,95年以降,各国において強力に推進されています。日本では,それが構造改革という名前になる。

 グローバリゼーションの根本になっている人間観に,こういうのがあります。アメリカの経済学者の言葉ですが,「国民には半人前の厄介者と,自立したまっとうな人間がいる」。

ですから池上さんが言われた階層化が一層進んでいる中で,厄介者は切り捨てる,援助はしない,という発想なんです。こうした中で人口政策も性教育も考えられているんではないでしょうか。

 先ほどの話のように,出生率はアメリカで増えてはいても,白人はあまり増えていなくてヒスパニック系が増えているのが実際です。やはり,その危機感は非常に大きいでしょうね。

池上 ポリティカリーコレクト(politically correct,政治的な正しさ・配慮)で,あまり表面に出てきませんが,実際に,そうでしょうね。

 浅井さんがおっしゃったように,日本でも中高一貫教育によって,少数のエリートさえ作っておけば,あとは飼い慣らされたおとなしい人たちでいい,と。そして一部のエリートはピュアな日本人でなければならない。日本人がいなくなるなんて心配している人がいるけど,日本人という定義を考え直せばいい,という考え方だってありうるわけです。

浅井 日本人はもともとミックスなんですからね。
 いまの日本の状況を考えると,そういう言葉は使っていませんが,男イデオロギーを前面に出しているんではないかという印象を受けます。たくましい日本人論というのは,たくましい男性論なんですよ。

 女性は,男性を助け,子どもを産み,家族を守っていく。これがセットになっていて,性教育を再編するための1つのテコになっているのではないか。平等とか,女性の人権とか,女性の自己決定権なんかは,ほんとうに邪魔なんですよ。そのために,いま露払いをしているのではないかという感じがしますね。

石井 最後のあがきかな,という感じも。

池上 強い男像を日米の両国で持っているというのは……レーガンがアメリカ人の間で一番人気のある大統領という世論調査結果(2004年)には驚いてしまいますが,漠然とした強さ,男らしさ,強い父像でしょうか。慎太郎が,まさにそれですね。スパルタ教育も含めて。
 でも,男性は気の毒じゃありません? それを求められるのは。特に若い男性は。

浅井 その矛盾は,男性の中で“男らしさ”の拒否として表れています。男性のいまの苦しみは,教育政策や労働政策によって強められているのが実際です。

 国民の二分化を進めようとしていますが,男性の二分化も進んでいる。小中高でスポーツばかりやっている子どもを作り,その一方ではお正月から日の丸の鉢巻きをしてお勉強するような子どもを作る。
 不登校の子どもが2年連続減ったと報道されましたが,その73%は男の子ですよ。

池上 え,そうなんですか。4人に3人ぐらいが男の子?

浅井 自殺もそうですよね。03年の自殺総数3万2143人のうち,男性は2万3080人で,72%を占めています。

石井 グローバルな視点で,われわれの感覚からすると,問題になるのは,たとえばインドや韓国,中国が当てはまるんですが,男の子を産まなければいけない習慣とか文化が強い。医療技術の発達によって胎児の性別が分かりますから,女の子が選択的に中絶されるという事実があります。

 一般的に,男の子と女の子の出生比率は105対100ぐらいなのが,男の子が120とか125になったりします。その結果,成長してからのパートナーが必然的に足りなくなる。そういう社会になると,どうなってしまうんでしょうかね。

浅井 男がストレスにさらされて授精能力が落ちている,とも言われます。

石井 男社会を再興したいといっても,現実的に,なかなかむずかしい。

浅井 矛盾を抱えながら,少しのエリートがいればいい,と思っているんですよ。日経連などの数字を見ると,5%でいいとなる。それは技術面でのエリート,軍事面でのエリート,行政面のエリート,この3者がいれば,日本はなんとかやっていける。こういう論理ですよ。エリートと一般大衆といったアメリカの考え方を日本でも導入しています。

石井 アメリカでは,そのエリートが白人ということにも。

池上 エリートは,何かあったときに「月に逃げる」と……(笑)。地下にも,エリート専用のシェルターがある……。こうした話は,まことしやか言われていますね。

●アジアも団結して,アメリカに「ノー」

石井 先ほど,世界人口の若者の割合を言いましたが,ヨーロッパやアメリカでは,よくsecurity demographicが話題になります。要は,若年人口が非常に多くて,しかもその多くが途上国に住んでいて,貧困が重なってきていて,そこがテロの温床になるという考え方です。そのためODAを増やそうとする。

 数,若者,テロと,かなり短絡的に考えている指導者たちがいると聞いているんです。1人1人が置かれた個の状況を無視してしまう。それは男性優位の論理に,そのままつながってしまうのかなあとも。

池上 ODAを増やすのではなくて,1度それを全部やめたらいいとも思うんです。先進国によるODAというのは,そもそも途上国の構造改革と貧困とを産みだしてきた一面があるわけだから。
 金のある強い者たちが,自分たちの身の安全のために,そうでない者をなんとかコントロールしようとする発想の,そのツケが回ってきているんですよ。

石井 ブッシュ政権のODAは,内容としては逆行しているわけですが,総額としてはどんどん増やされているのが実際です。エイズに関しても昨年,おもにアフリカ諸国を対象に今後5年間に150億ドルの援助をする法案に大統領が署名しています。

池上 アメリカの援助が本当に相手国のためになっているかと言うと,むしろ矛盾を拡大するような結果を招いているのではないですか。そんなODAだったら1度ゼロにしたほうがいいんじゃないですか,と言いたくなる。

 それに援助を受ける側からすると,選挙で大統領が替わったからと言って,そのたびに援助内容がコロコロ変わるのは,えらい迷惑なわけです。なによりも,受益者の側に立たないと一貫した援助はできません。

浅井 先ほど石井さんが,女性差別撤廃条約が未批准だと指摘されましたが,子どもの権利条約(89年採択)も同じで,さらに京都議定書(地球温暖化対策に関する国際条約,97年採択)も。
 こうしたところでも,国際協調よりも自国の利益を優先させようとする単独行動主義の姿勢がうかがえる。

石井 われわれの分野では,94年にクリントン政権が旗振り役になって,リプロダクティブ・ヘルスを推進しようと,カイロ会議の合意ができたわけです。ところが政権が替わったとたんに,カイロの合意を再承認しないという対応に変わりました。

 今年はカイロ会議から10年経った節目の年なので,行動計画を再確認して,その進捗状況を確認しながら次の10年を見通す作業をするはずだったわけですが,アメリカだけは180度違う態度を取って,現政権が考えるABC路線を前面に出した方向を採択させたかったわけです。

 アジアで2年前に開かれた国連の地域会議で,これがアメリカの孤立化であり,私たちの10年間の実績でもあったと思うことが起きました。アメリカが主張を変えたので,地域会議は当然ながら揉めに揉めて,最後にどうなったかと言うと,アメリカ代表は再確認しないことを,全体会議で票決するよう求めました。

 国連の会議は,コンセンサス(合意)が原則なので,ふつう投票をしません。アメリカは1つ1つの国の名前を呼んで,イエスかノーを言わせ,それに記録に残す。すごいプレッシャーになるわけです。

 けれどもアジアは,棄権が2つありましたが,あとはすべてアメリカに「ノー」と言ったんです。これまで私が関わってきた90年代からの国連の会議において,アジアがあれだけ団結してアメリカに「ノー」と言ったのは,たぶん初めてです。

 アジアの多くの国は94年に採択された行動計画を,それぞれの国の内情に合わせて具体化してきたんですね。それを初めからやり直せと言われるのは不当だと,各国は訴えていたと思うんです。なぜそんな不当な要求をするのかとの問いに,アメリカ代表団は「政権が替わったからだ」と答えるだけです。

池上 それと同じようなことがありました。00年の大統領選ではフロリダの開票が遅れて,どっちが大統領になるか,しばらく決まりませんでしたね。その時の国際会議で,アメリカ代表は,政府の政策について,とにかく一言も言えないんです。

石井 1つの国が世界に対してグローバルな責任をどう果たすのかが,ないんですね。

●逆戻りの布石は打たれている?


編集部 先ほど,ヨーロッパの対応をうかがいましたが,日本の場合はどうなんでしょうか。日本のODAはバブル崩壊後,援助額が減少してるいるのは分かりますが,内容的には?

石井 それは,ありがたいことに,まだアメリカの影響は受けていません。日本は比較的ヨーロッパに近くて,いままでのやり方を拡大していく方針です。

編集部 小泉政権はブッシュ政権に忠実ですけど,この分野でそれほどでもないのは……?

石井 規模が小さいから,ではないでしょうか。
 
池上 それと,日本のODAのスキームって,バイラテラル(2国間交渉)で,相手国政府のプログラムしか支援できないんです。

石井 もう1つは,日本は国連との協調が基本にあって,国連組織または国際的な動向と連携することになっています。

池上 でも,国内の問題が進展していくと,変わるかもしれない。

浅井 アメリカからすると,「子分なのに,子分らしくやってないじゃないか」と,いらつく。時々アメリカ政府高官が来て,あれこれ突っついていますね。

 どうした経路でそうなるのか。官僚なのか議員レベルなのか。いずれにしてもブッシュが再選されたら,新たに4年間の任期が加わりますから,これは相当な力になります。

池上 再選されると,次の選挙は関係ないから(注.米国大統領任期は,2期・8年まで),自分の政策を思い切って推進することにもなりますからね。

編集部 日本のODAに関して,石井さんは最前線にいらっしゃるんではないでしょうか。それで石井さんやジョイセフに,有形無形の圧力とかは……。

石井 それは……ありえますよ。これまで話題にしてきた国内問題がそのまま行くと,ODAに跳ね返ってくる可能性もあるわけですよね。国内の保守的な動き方が,そのまま外に対しても反映させるべきだとなることが一番おっかない。
 ただ基本姿勢を国連との協調に置いている限りは,まだ少しはいいかな,とは思っています。

池上 でも,イラク問題だって,建前的には国連に合わせたと言い張っていましたよね,小泉内閣は。

石井 ODAも国益,国益と言っているのが,ちょっとおっかないかな。

編集部 という印象,でしょうか。

石井 いえ,政府開発援助大綱という,ODAの憲法ですが,それが03年8月に11年ぶりに改定(閣議決定)されて,その目的は「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資することである……こうした取組は……我が国自身にも様々な形で利益をもたらすものである」となりました。

池上 ちゃんと布石は打たれている。

浅井 完全に布石ですね。保守的な流れの中で,さまざまな布石が打たれている。「日本会議」とか「つくる会(新しい歴史教科書をつくる会)」などいろいろな団体が動いていますが,これはいわば表で,その裏には,宗教団体が絡んでいるようにも思われます。

 ある宗教団体の政治部と言われる国際勝共連合の今年度の運動方針は,トップに「伝統文化破壊を狙うジェンダーフリーなどの徘徊」を掲げています。前年度は,これが一番最後にあったんですが。

 「『国家』から『家庭』をめぐる攻防戦」と位置づけています。つまり,性教育も,女性の人権もそうですが,彼らはそれを否定し社会体制の基礎単位として組み込んだ,戦前のような家庭を目指している。

 このような反動的な諸団体,草の根保守などを掘り起こして,総結集させることで,国のかたちを変えようとしているのです。その最大の攻防戦が憲法なのです。

●familyとfamiliesの大きな違い

石井 私も,国連の会議に出ていて,初めて「家庭」という言葉のもつ意味がわかったんです。英語のfamilyを単数形にするか複数形にするかで,議論が真っ二つに分かれてしまうんです。

 familyというのはカソリックやモスリムにおいては,男性と女性,つまり夫と妻がいて,子どもや両親がいる。これ1つだけなんです。母子世帯とか父子世帯,あるいは同性婚はfamilyとは認めません。

 ですから国連の文書にfamilyと書くかfamiliesと書くかで,もう大もめになってしまう。

池上 familiesというのは,多様な家庭があることを認めるわけですね。

石井 そうです。familyと書く場合は,いわば「標準家庭」しか認めていないことになります。国連の会議で,それまでゆるい雰囲気で議論されていたのが,家庭という言葉をめぐっては,宗教的バックグラウンドをもつ人のほとんどが固まってしまう。
 
浅井 最初のほうで,言葉の巧みさ,キャンペーンの巧みさについて言われましたが,どこと連携していくか,何をテコにすればよいか,文化的な軸は何がいいか。彼らなりに,よく考えてた戦略を取っている。「家庭」という軸が大きな意味をもっており,それに対して私たちの対抗論理も問われていると思います。

石井 そうです,それで攻めてくるんです。

浅井 現在,東京などで問題になっている性教育やジェンダーフリーへのバッシングは,これまでのスタンスと全然違うんです。10数年前は,宗教団体など,攻撃側が丸裸で露骨に出てきていた。ところが今回はイデオロギー的にはバックアップしながらも,表で目立つのは議員,教育委員会,マスコミなどで,大変上手にやってきている。彼らなりの陣地戦を展開していると言えます。

石井 国連の会議では,英語での議論になれていない民族は,それについて行けないんですよ。94年の国連人口開発会議でもめた言葉の1つにcouples and individualsがありました。つまり,coupleを単数にするか複数にするか。

浅井 なるほどねえ。

石井 男と女の組み合わせだけをcoupleとするか。いやそうじゃない,いろんな組み合わせがあっていいだろう,だからcouplesだし,個人もいろいろだからindividualsだ。それで対立するんです。

 1つの言葉が単数形か複数形かで,なんでみんなが目の色変えて議論するのか,説明されないと分からない。

池上 familyというのは集合名詞だとして,多様なファミリーの姿が込められたっていいじゃない,なんて考えたくなりますからね。

石井 そうなんです。英語国民でもそれを知らなければ,「単数でも複数でも,別にいいんじゃない」となるかもしれない。

 でも,それが1日も2日もかけた議論になります。そうした世界で鍛えている人たちが,言葉を整えている。出来上がった文書には拘束されますから,あとになってから「こんなはずでは」となることもあります。

 合意文書を日本語に訳すときも,その辺に十分注意しないといけません。ですから言葉の感性を磨くことが重要だなとつくづく思います。

池上 familiesとしたら「家庭たち」とか「個人たち」とは,日本語で言いませんからね。「多様な家庭」とかに訳せばいいんですね。

石井 世界には,90年代からそうした面で闘ってきた人たちがいるわけです。それを私たちも学ばないといけない。外国の仲間からは,言葉の感性を磨いていないと,あとでほぞを噛むようなことになると言われます。それと,「どんな小さなことでも,言われたらきちんと,正当に反論する。無視してはいけない」とも。

浅井 この本(「青少年に有害!」,河出書房新社,04年)の中には,最初の一撃への対応,つまり初期段階の対応が,率直に言えば不十分だったのではないか,本質を見抜けていなかったのではないか,という趣旨が書かれています。

 ぼくはそのやり取りの細かなことは知りませんが,そうした問題はあったのではないか。最初は,なんでもそうですが,小さなことから始まります。それに対して,きちんとした反論をしなければいけない。

 性教育の中では,「避妊,コンドームまで教えるのか」が1つの踏み絵になっています。次の踏み絵は「小学校の低学年の子どもに性器の名称を教えるのか」。

 国際的に見れば北京の女性会議(95年に北京で開催された世界女性会議)において,同性愛をセクシュアル・ライツの中に入れるかどうか議論になって,結局共同文書にセクシュアル・ライツは入れられませんでした。同性愛は日本でも踏み絵になりますが,ヨーロッパなどではどうなんでしょうか。

石井 ヨーロッパでは踏み絵にならないと思います。

池上 アメリカではなりますね。大統領選の1つの争点になりますから。

浅井 この3つぐらいが,日本で踏み絵になります。でも,同性愛については国会で取り上げられることは,まだありません。

池上 日本では,同性愛については,ほとんど無視するというのが対応ですね。「まあ,いるわよ,そういう人も」ぐらいの対応で流れる。

浅井 日本では,まだ政治課題になるほどの力がない,ということでしょうか。

池上 同性愛に関する法律がありませんから。取り締まる法律はもちろんありませんし,同性婚を求める動きもまだまだ表面化していないですから。

 これは,また聞きなんですが,文科省の某お役人が今年の夏に「同性愛というのは趣味の問題なんだから,立ち入る必要なし」と言ったとか(笑)。

浅井 言いそうですねえ(笑)。なんとなく,状況としてはそんな感じですね。

●「宣伝戦」にどう対抗するのか

編集部 座談会のテーマに関連した項目をネットで検索していたら,こんな解説があって驚いたんです。

アメリカでは男女平等憲法修正条項が下院,上院で賛成を得たが,3/4の州の承認が得られず,82年に不成立になった。

 反対派が勝利したわけですが,その反対派は「平等条項は,トイレや刑務所の男女区別撤廃や女性の徴兵制,家族の崩壊につながると社会不安を煽った」そうです(神戸大学国際文化部ホームページ)

 日本ではジェンダーフリー・バッシングの手口に,「トイレや更衣室も男女共用にしようとしている」というのがありますが,これは偶然とは思えません。

浅井 いまのバッシングは,ウソも百遍言えば,それで通るというやり方でもあります。更衣室のことで言えば,一緒に着替えをしている現実はあるんです。ただ,それは更衣室の不備といった学校施設の問題からきていることであって,ジェンダーフリーとは何の関係もありません。

 でも間違った情報でもそれを大量に流せば,インプットされてしまう。それがいまのやり方の特徴の1つです。ですから情報戦でもあります。

 8月13日の産経新聞には「ジェンダーフリー/教育現場から全廃/男女混合名簿も禁止」という記事が出ていますが,都教育委員会は8月26日に狷介と通知を出しています。

 新聞記事をまず先行させて宣伝を行い,社会的な反応を見ながら都教委としてはこれを追認するという戦略がありえます。こうした仕掛けの作り方が大変にうまい。

池上 参謀がいるんじゃないかしら。

浅井 いそうですよね。こうした動きに関して,われわれの側がどのように対応をしたらよいのか。アメリカでは,この10年,20年の中で,どんな総括がされているのか,聞きたいなあと思っています。

石井 クリントン政権が出てくるときは,地域などでの対話を重視して運動を作り上げてきたという印象があるんです。そのやり方が彼らのモデルになって,その時代はNGOも活発に動いていた。
 たとえば国際会議でーーいまでも憶えているんですが,カイロ会議で,アメリカの代表団の討議資料には,それぞれの項目についてアメリカ政府のだれと,NGOのだれたちが討議しながら決めたものであると分かるようになっていた。

 選挙戦も同じようで,それが民主党のやり方なのかクリントンのやり方なのかは分かりませんが,とにかくNGOの声を十分に吸い上げていくことに熱心でした。

 共和党になってからは,それが上から,政府主導で決められているという印象があります。また保守回帰の動きの中には,先ほどまでの話しにもあったように,あまり考えないでパッとみんなが結びつくような言葉があるような気がします。

 国内問題で危惧しているのは,去年制定された少子化社会対策基本法には,女性の自己決定権という言葉が出てきません。基本法の付則に「…もとより,結婚や出産は個人の決定にもとづくものではあるが…」と,「個人の決定」がようやく入りましたが,そこには「妊娠」もはずされています。
 とにかく,女性や個人の,決定権を絶対的に入れたがらないわけです。

 けれども,アンテナがないと,それに対しての危機感を覚えないままに基本法が出来てしまいます。

 言葉で規制される社会でありながら,言葉に対する感性や意識を1人1人がもっていないところで,言葉を使いながら人を動かすことを徹底的に研究している人たちが,いるんではないかなあという気がしてしまいます。それって,どうしたらいいんでしょうね。

池上 動きやすい言葉もそうだし,納得しやすい言葉。考えなくていい言葉。

でも,現実はそんなに簡単には動かない。女の人だって,かんたんに子どもをどんどん産むようになるとは思えない。出生率は下がり続けているし。

 少子化対策では,納得しやすい言葉がいっぱいでてくるとは思うけれど,現実がどう動くかにおいては……。

石井 まだ,希望がある?

池上 そんなにコントロール,されないぞという……まあ,希望的観測かな(笑)。

石井 でも,その希望をもちたい。そのために仕事をしていると思っているから。

池上 若い世代が根っこにもっているのは,もっと大きな絶望感というか……絶望は強すぎるかな。なんか,不信感と展望のなさ? 元気のいい政治家が単純なことを言っても,ワーッとそっちに行くほど単純ではない……ということに,すがりたいかな(笑)。

浅井 でも,そういう要素はありますよね。今回の選挙結果にも,いろんな見方があるとは思いますが,2大政党のどちらも過半数を取れなかった。

 ただ,社会的な動きを見ると,競争主義,市場原理みたいなものをどんどん取り入れて,それに合うようなイデオロギーをいかに再編成していくかを課題にしており,そうすると,自己決定とか,女性の人権とか,マイノリティとかを言う性教育は,本当に邪魔なんであって,排除したい。

 強い者,お金を持っている人が,よい福祉サービスを買えるのは当然ではないか,弱肉強食でどこが悪い,努力しない人は貧困な福祉で仕方ないじゃないか。これを認める社会にもって行きたい。けれども,それは論理とか政策の問題であって,事実を見れば,貧困の女性化があり,2極化と言っても圧倒的少数の人がお金持ちになる。

 ブッシュが,前回の大統領選挙のときにおもしろいことを言ってます。「私は自分の州で何が起きているのか見ている。予想し,経過を評価し,結果を求め,そして失敗した企ては取りやめる」と明言しています。

 しかし州知事であった「テキサス州では15〜19歳の女性の妊娠割合は,1000人につき113人で,これは50州のうちトップから2番目である」と。そして彼が州知事を務めていた2期の間で,「10代の出産の減少割合はまったく改善されなかった」というのが実際です。

 こうした現実を無視して大統領として同じ政策を連邦レベルで強引に進めていく,これはいわばアメリカのテキサス化ですよ。このところをどう見ていくのか,マスコミのスタンスは大きいと思います。

 ベトナム戦争に関するアメリカ政府の最大の総括は,マスコミ対策だそうです。それを日本も見習おうとしている。宣伝戦というのか,これは本当にどうすればいいのか,私たちの側にとっても大きな課題です。

(了)