「これは残留農薬が引き起こした食品安全事件ではなく、個別の案件だ」。毒ギョーザ事件について、余新民公安省刑事偵査局副局長らはこう強調した。中国政府が最も恐れていた事態こそが、「管理体制の不備が原因の食品安全事件」だからだ。
ペットフードや練り歯磨き、養殖魚など中国産の有害物混入が相次ぎ、各国で北京五輪への選手派遣を危ぶむ声が出たのを受け、中国は食品の安全管理体制の構築を至上命題にし、安全性を盛んにアピールしてきた。
だが、ギョーザ製造元の天洋食品は国際基準をクリアした一流企業であるため、「何としてもここから管理体制に起因した事件を出すわけにはいかなかった」(日中外交筋)
当局は“天洋原因説”の打ち消しに躍起になったが、日本側の検査態勢の見直しで、中国の食の安全管理体制が全く機能していなかった現実が明らかになった。事件をきっかけにこれまでノーチェックだった加工食品の農薬検査を始めたところ、残留農薬とみられる高濃度の成分が次々検出されたのだ。
特に深刻なのが山東省の食品会社が製造した冷凍カツから、有機リン系農薬「ホレート」が検出されたことだ。輸入元は「原料のアスパラガスの残留農薬」との見方を示しているが、ラット実験ではメタミドホスの10分の1の量で死に至る猛毒。今回の検出量だとカツ5個で神経系の症状など、重大な健康被害が出る恐れがあった。
世界中に食品を輸出しているというこの製造元は天洋同様に国際基準をクリアし、「従業員の6割が大卒レベルの技術者」(同社ホームページ)で、省政府お墨付きの“優良企業”だった。中国検疫当局は日本側の出資であることをあげ、「この工場の管理体制が問題」と日本が悪いかのような見解を出した。
だが、「パラチオン」「ジクロルボス」などの残留農薬とみられる薬品の検出は相次いでいる。
消費者問題研究所代表の垣田達哉氏は「これまで検査態勢がなく、スルーしてきただけで、今後どんどん出てくるだろう」と予測。「加工の途中で本来、農薬は薄まるもの。加工品から高濃度が検出されるというのは、ほとんどの食品で農薬が使われていたと考えざるを得ない。日本はなめられ過ぎている」と怒りをあらわにした。
日本では中国野菜から残留農薬が相次ぎ出たのを受け、検査態勢を強化。生鮮野菜からの検出は大幅に減っていた。そんな中、加工食品から残留農薬とみられる成分が続出した事態に、厚生労働省幹部は「検査態勢の差を理解した上で、高濃度農薬を使い生鮮野菜としては輸出できない野菜をわざと加工食品に回していたのだろう」と分析している。
垣田氏は「故意に混入したとされるギョーザ事件と違い、普通の食品から高濃度が検出されたことは事態がより深刻。中国国内で禁止農薬が堂々と使われていたことを意味している。日本は個別事件と全く異なる食の安全全体にかかわる重大な問題だと十分認識した上で厳重に抗議するとともに、中国からの輸入実態を根本から見直すべきだ」と警告している。