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2006-03-28
■[キチガイ晒し][猫猫先生]こんなんでも東大で教鞭取れるのか? キチガイ先生 小谷野敦4
(2008/03/05)小谷野敦氏よりはてなあてに削除要請がありまして、はてなも個人情報晒されたくなければ削除しろってことなんで一部削除しました。
今回の検証資料:
小谷野敦のあまりにひどい論争総括
http://amakara.tea-nifty.com/amakara/2005/09/post_674d.html
http://home.interlink.or.jp/~5c33q4rw/nikki/2002_09.htm#25
で、この小谷野敦という東大の非常勤講師、更に電波っぷりを発揮いたします。
・Round4−見苦しい東大の小谷野
・・・品性のかけらもねえです。
小谷野敦氏より <7> 2002/11/26/10:25
絶望書店さま
「2ちゃんねる批判をやめた」とはどういうことでしょうか。別にやめてはいませんよ。あなたの思考法はよく分かりません。
>「蛆蟲以下の唾棄すべき連中」というのは遊女を無闇と持ち上げる側も悲惨だと嘆く側も、両方のすべての方を指しておりますのでその点はお間違えなきようにお願いいたします。
そんなことは分かっていますが、私は酷いことなどやっているとは思っていません。
別に『世事見聞録』だけでなくても、あるいは年季を終えた娼婦を加えて平均寿命が上がったとしても、近世の娼婦、ないし明治期の娼婦が悲惨であったことに変わりはありません。
・・・全文抜粋すると長くなりすぎるので絶望書店氏の本文を参照いただくとして、ここでは簡単にまとめるとする。
・『世事見聞録』について、戦前の学者も否定してるというのは当方の勘違いで申し訳ない。
・ただし、『世事見聞録』自体明らかに偏った考え方の特定の立場の者が悪いことだけを書くぞと宣言して書いたものである。
・更に伝聞情報も含まれているから気をつけて読まねばならないということを当方は述べているが、貴重な文献であることは認識してる。
・基本的に歴史資料を読む場合はその背景を考えながら批判的に読むのは研究者のイロハじゃないのか?
・間違いよりも、研究者としての姿勢を問うている。
・『世事見聞録』の吉原に関する記述は信用できないのが当方としての認識。
更に、『世事見聞録』の具体的な内容にも言及している。
『世事見聞録』では、常連客が犯罪を犯したとき警察に突き出すのは遊郭の楼主が恩義を識らないためで人間ではないと無茶苦茶な批判をしております。とくに吉原の部分はこういう偏った考えをもとに書かれた文章であることはまず念頭に置いておくべきでしょう。
本文見たけど、確かにそうとらえることができる。つーか前提条件がむちゃくちゃだ。
以下、遊女にかんするくだりについての説明。
愛想が悪くて客が怒り出した場合は遊女は叩かれると書かれておりますが、これは客商売として当然のことであります。現在でもこんなことをすれば怒鳴られますし、殴られることもあります。遊女の仕事がなんであろうと先に金をもらって契約をしているのですから真面目に働くのは当然です。武陽隠士にとって嫌な客に愛想笑いするなんて卑しいことでしょうが、こんなことを批判されても困ります。ハンバーガー屋であろうと風俗であろうとこの点は変わりません。
そりゃそうだ。客商売しててテメエの問題で客怒らせたら経営者としても切れるわな。嫌な客に愛想笑いするのが卑しいってのなら、そいつはよっぽど苦労知らずなんだろうな。
また、悲惨派が吹聴する働きの悪い遊女は飯抜きになるということも出てきます。こんなことは釈迦に説法ではありますが、吉原というのはただヤルために行くのではなく、まず芸者や太鼓持ちを呼んで宴会を開きます。そして、馴染みの遊女を宴席に招きます。ご指名があると遊女は毎日でも御馳走がいただけたわけです。ご飯を抜くというのは単なる罰ではなく、もっと頑張って客を獲得するように仕向けるという意味もあります。ただ腹を空かせるだけならもっと愛想が悪くなって経営者も損をしますが、商売人はそんな不合理なことをするとは想えません。
これも古典落語でよく出てくる話だよなあ。今でいうホステスあたりをイメージした方が近いと思う。遊女に関しては。
折檻の話も出てきますが、何度も折檻しないと云うことを聞かないような遊女はさっさと岡場所に売ったほうが合理的ですし、現にそうしていたようです。わざわざ折檻要員に金を払うなど商売人としては勘定が合いません。云うことを聞かせるために厳しい遣り手婆はいたんでしょうけど、折檻が中心と考えるのは経営的合理性から見て無理があり過ぎます。
折檻によって日常的に死人が出ていたようなことを云う方もおりますが、あまりに週刊誌のエロ記事的で、弘化の梅本屋佐吉のようにはっきりした記録のないものはあまり信用すべきではないと想います。梅本屋はほんとに経営が苦しかったようで遊女にあたるしかなかったんでしょうが、ほとんどの時代は景気の良かった吉原でここまでする理由はないと想います。
総じて『世事見聞録』の吉原に関する記述は当方はあまり信用できません。第一にどこから仕入れたか判らない伝聞情報ですし。偏見に充ち満ちておりますし。
これも見事に論破してる。凄い。
小谷野様が近世の遊女が悲惨だということの根拠に挙げておられるのは平均寿命23歳と『世事見聞録』だけだと想っておりましたが、ほかにもございましたらご教示ください。少なくとも『江戸幻想批判』にはほかに無かったと存じますが。
ここまで読んでて論破してるのがすげえな。
なお、親の借金で遊郭に売られることが悲惨であることは当然で、議論の余地はございません。当方が問題としているのは売春以外にも遊女はこんなに酷い目に遭っていたと得意気に吹聴する者が多いことでして、平均寿命23歳や『世事見聞録』はこちらの範疇に属します。偏見によって事実をねじ曲げ遊女を不当に貶める行為で、またいじめられる遊女の姿を勝手に想像して嫌らしく慾情しているとさえ考えております。こういう輩を当方は憎んでおります。
これは俺も激しく同感。結局、「弱いものに加担する俺ってかっこいいだろ」ってオナニーしてるだけなんだよね。
さて、小谷野様は江戸東京博物館がどのような資料作成をしたのか調べもしないで、平均寿命23歳は誤りで訂正するなどとまた同じ決定的な失敗をされております。一時資料と照らし合わせてみないと博物館の展示データがどういう意味を持つのかは判らないはずです。当方も問い合わせたわけではなく推測で書いているだけですので、最終的な確信を持っているわけではございません。素人の当方にも判る手順がどうしてお判りにならないのでしょうか。
平均寿命23歳などという単純なトリックに引っかかったのは何故なのかまだ理解してはおられないのでしょうか。また、こんなトリックに引っかかることが研究者としていかに致命的なことであるかも理解しておられないのでしょうか。
なお、訂正された場合は当方の名前、もしくは絶望書店の名前は出さないようにお願いいたします。そもそも、当方は訂正を求めたわけではないのですが。
統計内容はまずその背景を探るのが基本だろ。まず、全体の母集団が偏ってたら必然的に統計結果も偏るわけなんで。理系の学術論文でこんなんやらかしたら確実にクビになります。というか理系でこんなんやらかしたら大学すら単位くれないでしょう。
絶望書店氏だけでなく、それ以上のど素人である俺にも突っ込まれてるんじゃ・・・。
さすがにいくら理系じゃねえからといっても、これはひどすぎるだろ。
現在の「近松ブーム」と同じ程度、というのは、現在と当時の観客の、全日本におけるパーセンテージの違いというものを理解しておられないようですね。多くの一般読者は、近松や西鶴が、現在のように広範に読まれ、観られていたと考えていますが、それは間違いです。
「どうでもいい」とおっしゃりながら『遊女の文化史』などという駄本を立派な本と言われるのは矛盾ですね。あれは学術書として出されたのであって、全編出鱈目です。第一あの本は前にも言ったように初版2万部、以後増刷を重ねて3万部は売れているはずで、「江戸幻想批判」など3千部も売れていないでしょう。要するにあなたは、学問などどうでもよくて、江戸を美化したいだけなのですか。それならそれで、所詮私とは土俵が違います。また私の本に間違いがあると言われ、かつ「聖なる性」があったと言われ、あなたがそこまで知識をお持ちなら、インターネット上で駄文など弄していないで学術論文を書いてはいかがですか。
小谷野氏の言ってることは、街で素人つかまえて、プロテストなしでいきなりプロのボクシングのリングで試合させるようなものです。
要するに、素人が学術論文書いても、学会ではまず相手にされないわけで。そういう事実がわからないわけねえよな。曲りなりに学者なら。
「物理的にできないことをやれ」といってるわけで、世間ではこういうのはキチガイというのだが。
こいつが大阪大学追い出されたのがわかるよ。こんなの定員で飼ってたら大学の恥だし。
多分、もし、学術論文出す機会があったら、小谷野氏がほざいてる内容の検証については絶望書店氏も書けると思います。完全に小谷野氏を論破できる学術論文をね。そうしたらテメエ、学会に居場所ねえよ。
これに対する絶望書店氏の回答は以下のとおり。
まずは「近松ブーム」に対する回答。
近松につきましてはメールを拝見してまた判らなくなってしまいました。小谷野様の「近松」という言葉は「近松全体」を指しているのか「近松の世話物」だけを指しているのか曖昧で、当方にはうまく読み取れないのです。
>現在の「近松ブーム」と同じ程度、というのは、現在と当時の観客の、全日本に
>おけるパーセンテージの違いというものを理解しておられないようですね。
ということは近松以外にも現代の基準からは人気の舞台やベストセラー本はひとつも存在していなかったという意味でしょうか。
当方は同時代のほかの作家と比較して生前はトレンディードラマ並、没後は現在の「近松ブーム」並と云っているのですが。江戸時代の上演記録を見ますと近松の世話物は社寺や地方が多いものの、没後もわりと上演されています。当方は詳しくは識りませんが一人遣いの上演もあったのではないでしょうか。歌舞伎では『曽根崎心中』などもそこそこ上演されておりますし。なお、現在の「近松ブーム」で実際に舞台を観たり本を読んだりしている方はそれほど多くないと想っております。
もう一度、近松の世話物と時代物、生前と没後、絶対数と総対数を明確に区別しながら説明していただけると幸いです。最初から申し上げておりますように、内容ではなく区分けが明確でないところが問題なのですが。
まったくもって同感。小谷野氏は江戸時代の日本の都市は江戸だけだと思っているのだろうか。
当方は何度も申しますように遊女を無闇と持ち上げる側も悲惨だと嘆く側も、両陣営とも問題があると考えております。ただ、礼賛派は「礼賛」という評価のみで事実を決定的に歪めるということはあまりしていないと想います。「聖なる性交」などというのはまあ見方の問題ですし、大した話でもありません。悲惨派は「悲惨」という評価を元に平均寿命23歳などの明らかな事実のねじ曲げをいくつも犯しております。その事実を正しても小谷野様のように「悲惨」という評価を変えない方はおりますが、評価の方を変えろと云っても無駄でしょうし、とりあえず当方は事実のみを問題としているのです。
当方を詰まらない業界内の党派に位置づけようとするのはまことに迷惑千万ですのでご容赦ください。そもそも小谷野様がそんなことに血道を挙げられて、いまだに佐伯順子氏にこだわるのが何故なのかがまったく判らないのですが。
・・・この小谷野敦というセンセイ、決定的に対話能力が不自由してるというか。これで文系学部のセンセイだもんな・・・。
更に、小谷野センセイの電波っぷりは続きます。
読者に対する責任と言われますが、『遊女の文化史』などがまともな学術書だと思われていたことに比べれば平均寿命など些細なことです。じっさい今でも田中優子氏の「江戸の恋」などという駄本が売れているではありませんか。
とにかくあなたの文章はひどく品性下劣、私としては読むのが苦痛でした。メールの文章はまともなのに、なぜああいう書き方をするのでしょう。
平均寿命に関しては、いずれあなたの名前をあげて、訂正させていただきます。
品性下劣はどっちの方なんだよ。テメエの失敗を「ささいなこと」か?
包茎チンコを1ヶ月風呂に入らずにセンズリこいて出来上がったチンカスよりテメエの方が下劣だよ。
遊女が悲惨だという実態を遊女の平均寿命の短さをソースに捕らえてるのなら、平均寿命のデータが狂ってたら論文そのものの前提条件が狂ってくると思うのだが。さらにいえばあまりにも検証するソースが少なすぎるわけだし。これで学者面して本書いてるのが信じられねえレベルなわけで。
小谷野敦氏より追伸 <8> 2002/11/26/10:56
絶望書店主人さま
ハンバーガー屋でアルバイトをするのと十年の年季証文を取られて売春させられるのとが同じになるわけないではありませんか。バカバカしい。
俺は絶望書店氏のハンバーガー屋の例えでわかったのだが、個人的には現代の例に例えるとしたら銀座のホステスとか芸者辺りが解りやすいかと。仕事内容の比較としては。
残酷な話だが、客からするとどうでもいいわけですよ。遊女の個人的事情は。仕事に対して評価されるわけで。
小谷野氏は客商売やったことなさそうだから知らんと思うけど、応対した従業員の態度でその店の品定めまでされるわけで。経営的な観点では、客にオイタしたら怒られるのは当然だと思うが。
要は、客商売としての観点で絶望書店氏はハンバーガー屋と比較してるわけで、この観点から見れば、売春の客商売的観点で比較しないと変なのでは。
だいたい「女性が自由だった」というのは性的に、ということでしょうか。その件については『恋愛の超克』の「夜這い、売春、民俗学」に書いたとおりですが、むやみにセックスをすれば女には妊娠という危険がついて回るのですから、避妊具などなかった時代には「性の自由」を楽しめたのは男だけなのです。なんでその程度のことが分からないのか。
これに対する絶望書店氏の返答は以下のとおり。
女性の自由度に関してですが、現代でも避妊をせずにいろんな相手といたしている女性は数多くおられます。こういう方はあとで困るのかも知れませんが、性的に自由と云っていいのではないでしょうか。江戸時代もあまり変わりはなかったと想っております。
もっとも、自由というのは誰とでもやるといったことではなく、妙な抑圧が少なかったと云うことなのですが。小谷野様は『世事見聞録』に出てくる自由な女性についてどのようにお考えになるのでしょうか。
遊女の待遇問題が何故江戸時代の女性の性の話になったのかはさておいて、江戸時代の女性の性の自由度について、ちょっと補足します。
・・・高校時代の教科書に柳田國男の作品が出てて、祭りの俗謡で「もし貴方が望むのなら、私は貴方のものになる」ってのがあった。国学院出身の現代文の教師が「セクシュアルですねえ」と言って教室中大爆笑したので覚えているのだが。
能動的/受動的はともかくとして、恋愛、セックスはそれなりに楽しんでたのではないのだろうか。吉原にしか女がいないわけじゃないだろうし。
ちなみに、避妊云々の話が出たので、江戸時代の避妊について説明すると、江戸時代にも一応避妊具のようなものはレッキとしてありました。
じゃあ、どんな避妊をしてたかというと、遊女の避妊方法は、主に御簾紙(みすがみ)というものを使っていて、これは薄くて丈夫な油引きの和紙でこれを丸めて、膣内に押し込み、精液が子宮口に進入しないようにしていたといいます。
いわば今でいうペッサリーのようなものです。
で、調べてみたら、江戸時代にもコンドームのルーツのようなものがあったといいます。それは「かぶと型」といいまして、鼈甲や水牛の角や革でできていて、それをチンコにかぶせたといいます。どちらかというと避妊よりも性具的要素が強いのですが。
・・・どうでもいいけど、鼈甲や水牛の角をチンコにかぶせていたしても全然気持ちよくないと思うのだがどうだろうか。
実際、川柳でもこんなのがあります。
「むざんやな かぶとのあとが ひりひりし」
ちなみに、今は避妊といえばコンドームなのですが、当時はコンドームなんてものは当然無く、国産初のコンドームができたのは明治42年といいます。
※参考サイト
http://www1.ocn.ne.jp/~yaturugi/lady4.htm
http://www.sagami-gomu.co.jp/condom/rekisi/
・・・避妊具ひとつにしてもさ、俺が5分で調べてもわかることだよ。つーか、遊女語るんだったら、その辺は最低限の基礎知識じゃねえのか?
なんでこの程度のことが調査できねえんだ?
更にいえば、江戸という街自体、男性比が異様に高いので、妙齢の女性はいわば「売り手市場」という現実もあります。
古典落語でも「紙入れ」とか不倫、間男のネタは事欠かないしね。
ちなみに不倫に対しては、一見、めちゃ厳しいです。法律上は姦通現場みたら人体分割できるぐらいなんで。ただ、何でも杓子定規にやってるわけではなく、庶民の間では、金で片つけるのが一般的でした。
金で片付ける場合は一律五両が相場というから、高いのか安いのか・・・。今の通貨だと3、40万ぐらいです。
で、小谷野センセイ、更に迷走します。
セックスは神聖なものだ、と現代でもいう人がいるのは、キリスト教の影響です。また風俗嬢を菩薩と思っている人もいるでしょう。だから佐伯氏が、現代の売春も聖なるものだ、現代のAVもそうだ、と言っているならその点に矛盾はないわけで、しかし彼女も川村邦光も田中優子も、現代の性は良くない、現代のポルノは良くない、と言っており、それは変だろうと、ちゃんと書いてあるのにそれが読み取れないというのは、どうもあなたはバカらしい。拙著「バカのための読書術」をお勧めいたします。しかしあなたのようなバカは治らないと思いますがね。
・・・キリスト教に限らず、セックスを聖なるものとして扱う宗教は腐るほどあるんだが。ちなみに日本の神道ですら、チンコ、マンコを祀ってる神社は腐るほどあるわけで。子作りとしてのセックスを神聖とする概念は神道にもあります。
どうでもいいが、いろんな人の名前が出てくるというか、出す必然性がねえ。
挙句に論破した奴をバカよばわりかよ。
むしろ、小谷野センセイのやりとり見てて、「バカの壁」を思い出したよ。つーかテメエ、百回ぐらい畜生に輪廻転生されなきゃテメエのバカは直らねえよ。
・・・見てる俺でも切れ掛かってるのに、絶望書店氏、冷静にレスを返します。
田中優子氏などが現代のポルノについてどのように考えようと、それによって江戸時代の史実が影響を受けるわけではございません。業界内の党派争いと史実との区別がどうしてできないのでしょうか。また、どうして当方をどちらかの陣営と位置づけないといけないのでしょうか。
当方は何度も申しますように遊女を無闇と持ち上げる側も悲惨だと嘆く側も、両陣営とも問題があると考えております。ただ、礼賛派は「礼賛」という評価のみで事実を決定的に歪めるということはあまりしていないと想います。「聖なる性交」などというのはまあ見方の問題ですし、大した話でもありません。悲惨派は「悲惨」という評価を元に平均寿命23歳などの明らかな事実のねじ曲げをいくつも犯しております。その事実を正しても小谷野様のように「悲惨」という評価を変えない方はおりますが、評価の方を変えろと云っても無駄でしょうし、とりあえず当方は事実のみを問題としているのです。
当方を詰まらない業界内の党派に位置づけようとするのはまことに迷惑千万ですのでご容赦ください。そもそも小谷野様がそんなことに血道を挙げられて、いまだに佐伯順子氏にこだわるのが何故なのかがまったく判らないのですが。
よろしくお願いいたします。
絶望書店主人
これ以上は長くなるので次のエントリで。
- 284 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 228 http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=hot
- 192 http://b.hatena.ne.jp/
- 125 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20060328/1143475973
- 81 http://d.hatena.ne.jp/keyword/小谷野敦
- 67 http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-26,GGLD:ja&q=及川政治 武部 堀江
- 55 http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=小谷野 f猫&lr=
- 54 http://newmoon1.bblog.jp/entry/285044/
- 42 http://b.hatena.ne.jp/hotentry?cname=book
- 38 http://amakara.tea-nifty.com/amakara/