アルバニアの国旗
バルカン半島の小国アルバニア。この国は、モンテネグロ、マケドニア、コソボ、ギリシャと国境を接し、欧州では珍しく国民の過半数をイスラム教徒が占める国である。
日本では「欧州最貧国」の1つとして知られてきたが、この国出身の有名人は、日本ではほとんど知られていない。唯一の例外は、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサだろうか。彼女は、マケドニア出身だが、アルバニア人である。
さて、アルバニアという国のことはよく知らなくても、国旗は見かけたことがあるかもしれない。本年2月17日に、コソボがセルビアから独立した際、首都プリシュティナで旗を振る群集がテレビなどで報道されていた。実はあの旗は、アルバニアの国旗である。
本稿第5回でも述べたが、コソボでは、人口約200万人のうち9割近くがアルバニア系なのである。ちなみに、独立から1週間後の2月25日にはコソボの青い国旗が登場したため、アルバニアの赤い国旗はお役御免となったという。
日本人にとってはまさに“知られざる国”であるアルバニアは、日本と1つだけ共通点がある。かつて鎖国をしていた点だ。第2次大戦直後から半鎖国状態となり、1978年には完全な鎖国状態になった。その状態は、90年代初頭まで続いた。
前回、まだまだ階級意識が残る「格差社会」英国を取り上げたが、アルバニアは、国民全員が平等に貧しい、ある意味で格差社会の対極とも言うべき状況に、少なくとも鎖国中はあった。自給自足の社会主義体制の中、人々は「吾唯足るを知る」の精神で素朴な幸せを満喫していたという。
しかし、開国後の国の舵取りがうまくいかなかった。その理由の1つに、市場主義経済導入と同時に、「投資会社」と名乗る無限連鎖講(ねずみ講)が流行り、月利10〜35%という投資利回りに引き寄せられた人々が殺到したという。
本稿第2回ギリシャでも述べたが、ギリシャなどには大量のアルバニア系の出稼ぎがおり、本国に大量の送金を行っている。こういったお金も、ねずみ講にドッと流れたのだろう。
ピーク時には全国民の3分の1とも、2分の1とも言われる人々が参加していたという、尋常ならざる事態を迎えた。通常、ねずみ講は新しい参加者を集められなくなった時点で破綻する。だが、アルバニアのねずみ講は、なぜか何年も続いたのである。
首都ティラナのスカンデルベク広場
その理由の1つに、一説では、92年から95年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の戦争特需が挙げられよう。真相はよく分からないが、ねずみ講の経営者たちは、客から集めた金を使って、大量の武器を購入し、それを戦地に向けて高値で売りさばき、利ざやを稼いだという。ほかにも、麻薬取引などのマネーロンダリング方法として、こうしたねずみ講が活用されたとも言われている。
いずれにせよ、闇社会とどっぷり握り合って、本来回るはずのないスキームが何年も続くという異常事態に至ったわけである。投資リスクを理解する人々が多数いれば、ここまで混乱を極めることはなかっただろう。だが、長期間にわたる鎖国状態の中で、ある意味、純粋培養された人々が、盲目的に「ねずみ講こそ市場経済の証し」と勘違いしたのだろう。
しかし、95年にボスニア紛争が終結すると、突如、音楽は鳴りやみ、ねずみ講運営会社はもはや配当を支払うことができなくなり、行き詰まった。そして、97年初頭に、ねずみ講大手6社が一気に破綻した。
ねずみ講と政府の癒着を敏感に感じ取っていた国民は怒り心頭に発した。暴徒化した国民は大規模な反政府デモに走り、状況は混迷を極めていった。結局、事態の収拾に失敗した大統領が辞任することになる。
その後、紆余曲折はあったが、政治的安定を達成し、国際社会からの支援も受け、経済も順調に回復している。また、政府はEU(欧州連合)及びNATO(北大西洋条約機構)加盟を優先課題に掲げ、法整備や経済改革を進めている。汚職や組織犯罪との闘いを推進しており、2006年2月には、EU加盟の前段階と位置づけられる安定化・連合協定の仮署名が行われた。
GDP(国内総生産)成長率は98年以降平均6%以上で成長しているが、インフラ整備など、まだ遅れているため、外国直接投資の伸びにはつながっていない。このため、例えば、国有地を投資家に提供する際、「1平方メートル=1ユーロ」とする「アルバニア1ユーロ」政策を導入するなど、アルバニア政府は、外国直接投資の誘致に躍起になっている。
税制改革にも着手している。今年から、法人税率が、従来の20%から10%に下がり、また個人所得税率についても、本稿第1回ロシアで論じたフラットタックスが導入され、一律10%課税となった。ロシアのように、フラットタックスが、地下経済に眠るお金を表に引っ張ってくるかどうかは、まだ見えないが、この国に投資する欧米の投資家は少しずつ増えてきているようである。
日系企業の投資としては、本年2月にベリシャ首相が訪日した際、丸紅に対しトップセールスを行い、レアメタル(希少金属)事業投資の約束を取りつけたという。これが日系投資としては第1号になる。アルバニアは、埋蔵量世界第10位のクロム鉱石をはじめ、ニッケル、銅など、埋蔵資源の多い国として知られている。報道によると、同首相いわく、松下電器産業(6752)も投資を検討中だという。
なお、アルバニアでは、電力の98%を水力に依存しているが、施設が老朽化しており、深刻な電力不足に悩まされ続けている。この点について、支援を要請された日本政府は、首都ティラナの下水道整備計画に約111億円の円借款を供与することを決定している。
アルバニアの国章
さて、アルバニアの経験した「ねずみ講バブル崩壊」から我々は何を学べるのだろうか。
やはり、まず「知識」ではなく「知恵」の大切さだろう。「権威」と称する人々の意見や常識に対して、常に疑問を持って接する姿勢が大切である。何が本質的な問題なのか。問題だと思い込んでいた事実は、単なる現象にすぎないのではないか。
真贋、玉石混交の情報や現象の裏に潜む本質を見極める目付け。今後、ますます深化する情報化社会の中では、自らの目で見て、自らの頭で考え、最終的な判断を自ら下す力は、欠かすことのできない資質となるだろう。
英国初のユダヤ人宰相であるベンジャミン・ディズレイリは、次のような言葉を残している。
「無知である自分に気づくことが、知への大きなステップである」
ねずみ講バブル崩壊で、なけなしの財産を一気に失ったアルバニア人たちは、その失敗から何かをつかんだはずである。それは恐らく「教育重視への開眼」ではなかろうか。直近の経済の伸びを見ていると、そんな気がしてならない。