昨年は「環境」が投資の大きなテーマでしたが、今年はSWF(ソブリン・ウェルス・ファンド)が大きなテーマになっています。今や日本の株式市場は中東や中国のSWF頼みになっています。さて、アジアのSWFは日本にどのような投資をしてくるのでしょうか。
ママ 「お久しぶりにいらしたと思ったら、難しい顔をされてどうしたの? あなたのお仕事の不動産業界は絶好調だと思うけど」
お客様 「うん、凄いビジネスチャンスの話があるんだけど、あまりにも金額が巨額でどうしたらいいのか途方に暮れている…といったとこだな」
ママ 「あら、贅沢な悩みね」
お客様 「最近は中国やシンガポールからの案件が多くなっている。これ自体はありがたい話なわけだが、金額が巨額なうえに目茶苦茶なリターンを要求してくる」
夏樹 「巨額っていくらぐらいなんですか?」
お客様 「25億ドルぐらいで、年利リターンは20%ぐらいが理想だが15%ぐらいでもいいと、先方は妥協しているつもりらしいが投資額もリターンの要求もとんでもない数字だよ」
ママ 「25億円じゃなくて、25億ドル。というと2700億円じゃない!」
お客様 「だけど、そんな物件がその辺に転がっているわけないだろ」
ママ 「凄いビジネスチャンスなのにもったいないわね。なんか、こっちも溜め息が出ちゃうわ」
夏樹 「そういえば、先日も某外資系金融機関の方が日本の不動産会社やJ-REITのような不動産ファンド会社を買いたい顧客がいると言っていたわ」
お客様 「さっきの25億ドルの話もそうだけど、アジアで富裕層が増えているからといっても、最近の投資案件はケタが違う」
ママ 「何の根拠もないけれど、SWFと関係ないの? だって、今そんな高額な取引ができる資金を現金で持っているところなんてほかにあるの?」
お客様 「否定できないものがあるな。米国の投資銀行はサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の処理で体力があるとは思えないし。シンガポールや中国や中東のSWFがどこに資金を投資するのかが世界中の注目の的だ。財産権が確立している日本の土地の取得に動いても不思議ではない」
夏樹 「ウェスティンホテル東京もシンガポール政府投資公社(GIC)がアメリカのモルガン・スタンレーから約770億円で購入しましたよね。モルガンが2004年にサッポロホールディングス2501から買収した金額は500億円ぐらいだったらしいから、4年間で270億円を稼いだことになりますね」
ママ 「でも、SWFって情報開示をしないからヘッジファンドみたいなものなのかしら?」
お客様 「ヘッジファンドとは全然違うよ。ヘッジファンドは資金を借り入れて運用して投資家からもお金を集めているけれど、SWFの原資は原油やガスなどの天然資源の輸出による巨額な外貨収入や中国のように自国通貨の為替レート上昇を抑える為替介入で貯め込んでしまった外貨準備だ。だから、ヘッジファンドは1年くらいの短期で勝負するけど、SWFは何年も待てる」
夏樹 「ニュースでは、『政府系ファンド』と言ってますけど、ノルウェーを除けば、中東は王族とその一族、シンガポールはリー一族、中国なら共産党といったその国の実権を握る指導者のプライベートカンパニーみたいに思えます」
お客様 「確かに、シンガポールのGICの理事会の議長は、初代首相のリー・クアンユだし、副議長は元首相の長男だったはずだ。その長男の嫁がテマセクのCEO(最高経営責任者)だ。確かにそういう意味では、世間に情報開示をする必要もないわけだ」
ママ 「でも、SWFは豊富なオイルマネーで、先進諸国の企業を買収しようと思えばいくらでもできると思うけれど、そういうわけではなさそうだし、かといって、単純にリターンだけを追求しているわけでもないわよね…」
お客様 「サブプライム危機で経営体力が弱っている米国の金融機関に出資するのは、高度な金融技術を求めていると思う」
夏樹 「中国は上海を、中東はドバイを国際金融センターにして、今の米国のように世界の資金を集めたいんじゃないかしら。現状では、お金はあるけれど高度な金融技術のノウハウはなさそうですもの」
ママ 「中国は『世界の工場』と言われているけれど、実態は『世界の下請け工場』よね。やっぱり高付加価値があるブランド力を持つ企業も魅力よね。そういう企業を中国がSWFを利用して買収してくるなんてことがあるのかしら?」
お客様 「中国は安い製品を大量に作り続けている限り、環境汚染が止まらない。同じエネルギーと資源を使って作ったものが1万円で売れるより5万円で売れるブランド力のある企業は欲しいだろうね」
夏樹 「ブランド力も魅力かもしれないけれど、先日のニュースでは中国のSWFが国際石油開発帝石ホールディングスの株式の取得を検討していると報じられていましたね。エネルギーは絶対に必要ですものね」
お客様 「あの会社は深海の底にある油田やガス田を開発する技術を持っている。そうした技術を持たない中国やロシアといった産油国は、欲しくてたまらない。それでいて株価は割安だからなあ」
ママ 「エネルギー関連は国の安全保障にも直結するから、政治的な意図があるとしたら穏やかじゃないわよね。銀座のクラブで例えれば、自分が大事にしているお客様にほかのクラブのホステスがアプローチして売り上げを持っていかれるようなものかしら。だけど、そういう結果を招くのも結局は自分の脇が甘いからなのよね」
夏樹 「これまでのSWFの投資は反感を買うようなことはしていませんが、逆に考えれば反感を買ってまでも欲しい日本企業がないということかもしれませんね」
お客様 「SWFの背景はドル安も要因の1つで、資産をドル建てだけで持っているリスクがある。加えて、中国は2015年頃には高齢化が顕著になると推測されているのに年金はとっくに破綻している。また、中東は人口爆発が起きているのに天然資源以外に新しい産業がない」
ママ 「今ある自国の資源を最大限に利用できる技術と、将来の代替エネルギーを提供できる企業は手中に収めたいわよね」
お客様 「日本の政府はR&D(研究開発)をもっと支援した方がいいと思うけどね。日本の優秀な技術を持つベンチャー企業が中東の資本に支援されている現状のままだと、下手したら原油が枯渇するまで代替エネルギーは世に出ないかもしれないことだって考えられる」
夏樹 「日本は自分たちの個人金融資産1500兆円を有効に活用した方がいいですね。10年後に日本にとっても世界にとっても必要な技術を持っていると思える企業の株式を保有するように心がけます」