3月は卒業シーズンです。美術・デザイン系の学校では卒業制作展が開催されています。ここ静岡文化芸術大学でも、学生たちが様々な提案や作品を発表しています。最近は、移動機器デザインに関してある傾向が見られます。それは、「ロースピード」な乗り物に関する提案が目につくことです。
河岡ゼミの学生、鈴木崇裕君による卒業制作作品。電動車椅子、スクーター、自転車を融合させた3人乗りモビリティー
それは海外でも同じです。英国のロイヤルアートや、米国ロサンゼルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザイン、デトロイトのカレッジ・フォア・クリエイティブ・スタディーズ、ドイツのフォツハイムなど、海外の著名な美術系大学の卒業制作展でも同じ傾向が見られます。
その背景には、グローバルなマーケットの変化があります。つまり、特に先進国において高齢者の比率が増えているということです。ベルギーの元F1ドライバーでジャーナリストのポール・フレール氏のように、90歳近くになってもレーシングカーを運転するスーパー老人も存在します。しかし、ほとんどのシニアはスピードを出して車を運転することはできません。それよりも、足腰が弱って歩行が困難になった時に、いかに町の中で安全に、かつ快適に移動するかが大きな問題となってきます。
私が教職に就いてから研究しているテーマの1つとして、「ロースピード」な生活と移動機器デザインがあります。例えば、歩きづらい、動けないといったハンディを持つ人たちのための「電動車椅子」のデザインを研究しています。
電動車椅子は、日本の道路交通法で「歩行者」として扱われています。時速は6キロ以下に制限されており、サイズは全長1200ミリ、全幅700ミリ、全高1090ミリが最大値として定められています。日本では、1974年にスズキが初めてハンドル型電動車椅子をマーケットに送り出しました。現在、電動車椅子は累計で約48万台(2006年、電動車いす安全普及協会)が出荷され、確実にマーケットを形成しています。
最近、いくつかの国の事例を見る機会がありました。ハワイのホノルル、ドイツはハーメルン、デンマークのオーデンセ近郊、フランスのパリといった所です。どの国でも、電動車椅子を使う高齢者や身体の不自由な人がかなり目につきました。私の生まれ故郷である山口県大島郡周防大島町やここ浜松でも、電動車椅子が増えているようです。それぞれ使用実態や環境が異なるので一概には言えませんが、みなさん歩行が困難なため、これがないと外出できないのです。
上2点は山口県大島郡周防大島町、下左はデンマークのオーデンセ近郊、下右はハワイのホノルル。いずれも電動車椅子の使用シーン
体力が弱っている人のための乗り物は、電動車椅子だけではありません。身体に装着して筋力を増強するロボットスーツや各種電動歩行器など、ほかにも様々な試みがあります。トヨタ自動車が愛知万博や東京モーターショーで提案した搭乗歩行型モビリティーなどは、近未来の乗り物を見せられた思いで、刺激的でした。
しかし、どんなに乗り物が補助しても、身体が悪くなったり、衰えてからの活動は限定されてしまいます。身体が衰える前に手を打ち、基礎体力を持続させることも必要です。そのための器具、つまり“事前”トレーニングを兼ねた散歩走行機器のようなシンプルなプロダクトがあってもいいのではないかと思うのですが、まだあまり見当たりません。
前田和男氏の著書『足元の革命』によると、普段から速く歩く人は一般的に長生きできるそうです。三浦雄一郎氏は、70歳という年でエベレストに登山するために、鉄アレイを足首に取りつけて毎日歩いていたと言います。一般の人がそこまでするのは無理だと思いますが、何歳になっても自力で歩けるようにするために、日頃からトレーニングをするのは大切なことだと思います。
スポーツジムにはトレーニング用の歩行マシンなどがありますが、やはり外の空気を味わいながらのウオーキングは格別なものがあります。電動車椅子にもなり、一方で、外を歩きながら歩行能力を衰えさせないトレーニングもできるような乗り物ができないかと研究しているところです。いずれ近いうちに研究の全貌と成果をお見せしたいと思います。