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医師が危ない
第2部・過酷な現場
2008年03月04日付・夕刊

 (12)薄氷のカテ手術

モニター映像を頼りに、手元でカテーテルを操作する血管内手術は神経を擦り減らす(高知市池、高知医療センター)  高知医療センター取材の五日目は土曜日。初めての週末を迎えた。世の中は休みだが、脳神経外科は正反対だった。その幕開けは午前九時。A病院から「脳梗塞(こうそく)の患者さんの血管内手術をお願いします」という連絡が入った。

 サッカー日本代表のオシム前監督や野球の長嶋茂雄さんが倒れた病だ。

 発症三時間以内の初期段階なら血栓(血の固まり)を溶かす薬の点滴投与だけで治ることもあるが、この患者は既に適応時間が過ぎていた。ごく少量の血流が残っているものの、梗塞場所が脳幹内という難所だったため、A病院では対応できなかったのだ。

 血管内手術。足の付け根から血管にカテーテル(管)を入れ、血管の狭くなった場所まで延ばしてバルーン(風船)を膨らませ、時にはステント(網状の筒)を入れて元の太さに戻す。

 通称「カテ」。日本での治療の歴史はまだ浅く、手掛ける脳外科医も限られている。高知県内で専門医資格を持っているのは医療センターの福井直樹医師(39)と、県立幡多けんみん病院の医師の二人だけ。そのため他病院からの紹介も多く、彼の年間手術数は約百回。中四国では有数の症例数で、それがまた、脳外科の忙しさを増幅させていた。

 本当ならまだ夏休み中の福井医師が呼び出され、待機当番だった溝渕雅之医師(48)が助手に入り、手術は昼前に始まった。

 ところが、頭の中の血管の蛇行が激しく、なかなかカテを導くガイドワイヤ(細い針金)が進まない。モニター画面の中でイトミミズのようにクネクネとさまよう。

 「こっちやろ? 違うか?」「ものすご斜めから入れんといかんなあ」と溝渕医師がうなる。交代した福井医師も苦戦。腕の血管から新たなルートで入れ直し、血栓の場所まで到達するのに一時間もかかった。

 実はここからが手術の本番なのだが、その前に薬を流して造影すると、血管があまりに細く、無理にワイヤを通すと血管の壁を破る可能性が出てきた。安全策を取り、血栓溶解剤を入れたが効かない。かといって、やめられない。結局、極細のカテで挑むことにした。

 「うわっ…、ワイヤ(の太さ)で詰まってしまいそうや。たまらんなあ」

 福井医師がうめく。慎重の上にも慎重な神経消耗戦。「あと一ミリ。一ミリ越えたら向こうへ行けます」と祈るようなつぶやき。手先が器用で根気強くないと、とてもできそうもない。

 ガラスの向こうの静かな闘いが三時間になろうかとした時、福井医師の悲鳴にも似た叫びがあがった。

 「ぎりぎりー! ぎりぎりー。うわー! ぎりぎりやったぁーー」

 血管が破れたのかと思ったら、その逆。カテが血管狭窄(きょうさく)部を通り抜けたのだ。やっとバルーンを膨らませることができる。だが、次の瞬間、再び叫んだ。

 「あー動かないで! すべてが水の泡になる」

 局所麻酔で意識もうろうの患者の体がビクッと動いたのだ。カテが抜けると、一からやり直しだ。運良く事無きを得たが、冷や汗の連続だった。

 「きつかったなあ。寿命が縮まりました」と笑顔の福井医師。

 しかし、脳外科のくつろぎの時間は短かった。それから五十分後、ICUに戻って入院患者の家族への説明準備をしていた溝渕医師のPHSが鳴った。

 「えー、交通事故で意識不明!? あと二十分」

 【写真】モニター映像を頼りに、手元でカテーテルを操作する血管内手術は神経を擦り減らす(高知市池、高知医療センター)

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 感想、意見をお寄せください。電話番号を添えて手紙は〒780-8572 高知市本町3-2-15、「医師が危ない」担当へ。メールはeiin@kochinews.co.jp

 
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