医療事故の原因を調べる第三者機関(医療事故調査委員会)の創設に向けた議論が進む中、「医師の過失は処罰すべきではない」という意見もある。日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)は、故意や悪意などの場合を除いて、事故調査委員会の報告書を刑事手続きに利用しないよう求めている。厚生労働省の審議会では「重大な過失」の場合には刑事手続きに移行することに大筋で合意しているため、過失を含めるかどうかが大きな対立点となっている。(新井裕充)
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死因究明制度、「大きな前進だ」 日本産科婦人科学会は2月29日に発表した「診療行為に関連した死因究明等の在り方に関する見解と要望」の中で、「資格を有する医療提供者が正当な業務の遂行として行った医療行為に対して、結果のいかんを問わず、“業務上過失致死傷罪”を適応することに反対する」と主張している。
同学会によると、「故意、悪意、または患者の利益に即さない目的で行われた医療等に起因する事故」は「正当な業務の遂行」ではないが、患者の利益を第一義的な目的として診断や治療などを行った場合は、「正当な業務の遂行」であるとしている。
同学会は、医療行為は人の死や傷害に直接かかわること自体が業務である「極めて特殊な分野」としている。その上で、医療行為に業務上過失致死傷罪を適用することが不合理である根拠として、(1)業務内容が持つ本来的なリスク(医療の不確実性)、(2)適正な診療の非普遍性と過失認定の困難性、(3)応招義務と善意の行為、(4)刑法の目的(応報)との齟齬(そご)――を挙げている。
■ 「正当業務行為」として違法性を阻却するか
医師が診療ミスで患者を死亡させた場合、医師の不注意の程度が軽い場合(軽過失)でも、重大な場合(重過失)でも刑法211条の業務上過失致死罪に当たる。
厚生労働省は1月31日の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(座長=前田雅英・首都大学東京法科大学院教授)で、事故調査委員会から捜査機関に通知すべきケースを「重大な過失」に限定し、軽過失を刑事手続きに移行させないことを明確にした。これに対し、複数の委員から「大きな前進だ」と評価する意見があった。
しかし、医療界や一部の法律関係者などの間では、医師の過失を処罰する考え方に反対する意見もある。例えば、急に殴りかかられたので、自分の身を守るために殴り返してけがを負わせた場合は傷害罪(刑法204条)に該当するが、「正当防衛(刑法36条)により、違法性を阻却(そきゃく)する」と説明される。
これと同様に、医師の治療行為は「正当業務行為」(刑法35条)であるから、「違法性が阻却される」と考えられている。例えば、医師が手術のために患者の体をメスで切る行為は傷害罪(刑法204条)に該当するが、「正当業務行為」として、刑法35条により違法性が阻却されるため犯罪が不成立になる。
では、医師が手術ミスで患者を死亡させた場合にも「正当業務行為」として刑法35条により、違法性が阻却されないだろうか。つまり、患者を治療する目的でなされた医師の行為はたとえ死の結果を招いたとしても、その行為自体は「正当な業務行為」であり、違法性を阻却するのではないかが問題になっている。
これに対し、厚労省の「死因究明の在り方に関する検討会」では、「重過失の場合に刑事手続きに移行するのは当然だ」という考えで合意している。
確かに、重大な過失のある行為で患者を死亡させた場合にも「正当な業務行為」とするのは、国民の理解を得にくい。
では、「許された危険の法理」によって違法性は阻却されないか。医療行為は人の死に直結する危険性を持っているが、それは患者の生命を守ろうとする善意の行為であるから、「社会的に有用な行為」として正当化されないだろうか。
この問題について、厚労省の検討会で座長を務め、刑法学者でもある前田雅英氏は、医師らの過失と違法性阻却事由(正当業務行為、許された危険の法理など)との関係について、「本来、軽過失であっても業務上過失致死罪に該当するはずだが、これを重過失の行為に限定するのが刑法35条の役割であり、許された危険の思想だ」と話している。
【許された危険の法理】
自動車の運転など、他人の生命や身体など対する危険を伴う行為は本来許されないはずであるが、その行為が持つ「社会的な有用性」を根拠に、一定の範囲内で危険行為そのものは違法でないとすること。
【日本産科婦人科学会の要望書のPDF】
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/kenkai-youbou_kourousyou29FEB08.pdf
更新:2008/03/04 10:07 キャリアブレイン
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