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医師が危ない
第1部・残業200時間の世界
2008年02月07日付・夕刊

 (4)“防波堤”崩壊

各消防が高知医療センターへ救急搬送した1年間の人数(高知医療センター調べ)  一昨年の夏、溝渕雅之医師(48)が辞表を出した後、高知医療センター脳神経外科の医師は二人増えた。三カ月後に県内の民間病院で勤務していた大卒後七年目の女性医師が、さらに昨年四月には、自治医大を出て十二年間、県内で地域医療に携わった内科の認定医が「一番忙しい所で自分を試してみたい」と戦列に加わったのだ。 気を取り直した溝渕医師は辞表を取り下げた。

 しかし、残業二百時間近い状況は一向に変わらなかった。なぜか。それは県東部の病院の脳外科が力を失ってしまったからだった。

 その端緒は既に書いたように、平成十六年から始まった新卒医の新臨床研修制度だ。以前のように大学の医局に残らなくても、どこで研修してもよくなった。

 「研修は好きな所で受けられるとなったら、若い人はやっぱり、都会に出て行きますよね」

 それだけでは収まらなかった。「研修医が自由に勤め先を選べるのなら、自分らも」と中堅どころが医局を飛び出し始めたのだ。仕事がきつく給料も安い公立病院の勤務医を辞め、待遇の良い民間病院に出たり、独立して開業するケースが増えた。

 人手不足に陥った各大学は、派遣先から医師を引き揚げた。その結果招いたのが、現在の全国的な医師不足である。

 県東部の拠点だった県立安芸病院も例外ではなかった。十八年三月までに、岡山大から来ていた二人の脳外科医が去った。さらに安芸郡田野町と香南市野市町の病院も、二人から一人に減った。

 そうなると戦力的に全く違う。一人では、手術中に別の入院患者の容体が急変した場合が怖い。その差は「ゴールキーパーなしでサッカーをするようなもの」と溝渕医師は言う。

 「攻めにいってボールを奪われたら、たちまち失点。だから、一人だと脳動脈瘤(りゅう)とかの大きな手術がやれない。そうなると腕も鈍る。ますます手術から遠ざかる。ゴルフだって、たまにコースに出ても、スコアが出せないのと同じです。ただ、ゴルフはミスしても挽回(ばんかい)できるけど、人の命はそうはいかんから」

 昼間は外来と入院患者の対応。そこへ夜中の緊急手術が入ると体は持たない。というわけで、県東部の脳疾患への対応力は衰退。その結果、多くの救急車が最も近い高知医療センターへ向かい始めた。

 さらに、脳外科の拠点が近くにあることで頑張っていた周囲の内科系病院も、けいれんや意識障害といった神経系の急患には、最初から腰を引き始めたという。

 「患者さんの命を落としてしまったら大変ですから。家族も大病院志向になる。ちょっとぐらい遠くても『設備が整って専門医のいる大きな所へ』と。だから、『急にどうして?』というほど患者さんが増えたわけ」

 “防波堤”を失った高知医療センター脳外科。そこへもう一つ、新たな波が襲ってきた。

 
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