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医師が危ない
第1部・残業200時間の世界
2008年02月04日付・夕刊

 (1)燃え尽きそうや

病棟の急変患者に対応する溝渕医師(高知医療センター)  高知医療センター(高知市池)に勤める脳神経外科医、溝渕雅之医師(48)と会ったのは平成十八年夏のことだった。

 「燃え尽きそうなんやから。一カ月の時間外労働が二百時間近い。もう(妻子のいる)岡山に帰りますわ」

 その十日ほど前、彼は辞表を出していた。

 高知市出身、岡山大卒。米国に二年半留学。パーキンソン病関連の論文で博士号を取ったベテラン。大阪の救急病院にもいたから関西弁が交じる。

 脳外科医として働く一方で、救命救急科にも属し、急患にも対応していた。それは彼の言葉によると「血で血を洗うような生活」だった。

 「脳疾患以外の人も救急車やヘリコプターで次々来るんやから。交通事故や転落はもちろん、包丁で胸を刺されたとか、風呂でおぼれたとか、リストカット…」

 昼間は複数の医師で対応するが、夜の救急車対応の当直医は一人。それであらゆる急患に対応するからきつい。ちなみに、救急車以外の自力で来る「ウオークイン」患者は別の当直医が診る。

 そしてもう一つ、彼の場合、特技が自分の仕事を増やしていた。

 「脳脊髄(せきずい)液減少症」という難病治療。交通事故や転落、衝突などが原因で脊髄から髄液が漏れ、痛みやしびれの出る病気。「むち打ち損傷」で片付けられることが多かったが、近年、診断・治療技術が進み、劇的に治るケースも出てきた。

 マイナー分野ながら、彼はその症例研究で世界のトップグループに属し、国際学会でも二度発表している。彼のような専門の医師は中四国で数人しかいないため、週一回の一般外来には県外からも患者が来ていた。

 難病ゆえに時間も掛かる。初診だと一時間半コース。そんなわけで外来が終わるのは夜。それから病棟を回診し、紹介状の返事書き。入院治療内容の要約を打ち、頼まれた書類を作成。さらに学会発表の準備もあったりで、帰宅は午前二時から四時になる。一般外来以外の日も、救急医として昼夜、間断無く呼び出される。そして脳外科医としての手術や検査。

 あまりの忙しさに、研修の大学生から「先生はいつ寝てるんですか。体が慣れるんでしょうか」と驚かれたこともある。

 「四十代後半じゃ体がついていかない。老眼も出てきたし」

 脳疾患はわずかのミスが命を左右するだけに、疲労困憊(こんぱい)では危険だ。消耗ぶりが激しかっただけに、彼は言葉通り、てっきり高知医療センターを辞め、岡山に帰ったものだと思っていた。

 だから一年後の昨夏、高知で再会した時は驚いた。聞けばまだ高知医療センターで頑張っていたが、事態は悪化。一般外来はやめたという。

 「急患がどんどん来始めて、このままじゃ、脳外科は皆、倒れるかも…」

 長い話を終えたのは日曜日の夜中。「これから紹介状書きとレセプトをいくつか仕上げて、寝るのは朝の四時ぐらいかな」。そう言って、彼は病院に戻っていった。

 【写真】病棟の急変患者に対応する溝渕医師(高知医療センター)

 ◇…………………◇

 十七年三月に誕生した高知医療センターでは、多くの医師が激務をこなしている。中でも一刻を争う脳や心疾患担当の医師は負担が大きく、今、全国的に医師不足が問題化している産科、小児科の予備軍とも言われる。本県は高齢化先進県。今後、脳卒中の発症増は確実なのに、肝心の医師がピンチでは大変だ。過酷な医療の現実を追った。

 
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